Re−claim





「母さん、またソレ飾るの?」
 テレビ横にそっと置いた写真立てを目敏く見つけて、雷斗が顔を曇らせた。昔、雷斗の反抗期に、アルバムと一緒に引き出しの奥へしまったものだ。今はあの頃のようにあからさまではないけれど、飾るとなるとどうも気分良くはなさそうだ。
「いいでしょ」
「まぁ……。けど、なんで今更?」
「うーん、なんとなく」
 曖昧に笑って、夏見は写真立ての縁を撫でた。
 写真の中の清四郎は、もう夏見よりも年下になってしまった。生き生きと輝く目が今どこで何を見ているのかは知らない。
 きっと大好きな遺跡を、
今も夢中で掘り返してるに違いない。
「母さんさ、それって二次元とどう違うの?」
 硬い声音に、夏見は息子を振り返った。
「え?」
「写真の中の清四郎は変わらないかもしれないけど、何もしてくれないでしょ?」
 愛した男によく似た息子は、彼譲りの怜悧な目で夏見を見つめた。
「それを今更飾るのってさ、どういう心境?」
 夏見はとっさに答えられなかった。


 清四郎に置いて行かれてからの年月は、息子の年齢に等しい。もはや夏見の細腕では抱き上げられないほどに大きく育った息子を見つめて、夏見はその長さを思い知った気分だった。
 自分ではもう抱えられないほど大きくなったのは、息子だけではない。
 不信。怒り。諦念。
 子供たちが生まれてから、一年目はあっという間だった。怒涛のように二年、三年と過ぎ、幼稚園に通うようになってからは育児と仕事を両立しなければならなくなって、もっと忙しくなった。雷斗が小学生になり、一人部屋を欲しがるようになってからは寝室も別になって、少しさみしい思いもしたけれど、それだけだった。
 この家に、清四郎の居場所は小さなフレームの中にしかない。
(今更帰ってきても、抱きしめてなんかやらないんだから)
 十年の空白。失踪届を出していたら、とっくに死亡扱いになっている時間。いっそ本当に死んでいるなら、まだいい。
(なぜ捨てて行ったの)
 これは未必の故意による遺棄だ。帰る実家もない夏見が、わずかな貯金だけで十年も暮らせると思ったのか。いざとなったら紫藤の家を頼るとでも思ったのか、二人の結婚をあんなに反対した家を。もし夏見が病気になったら、事故にでもあったら。そういった種類の心配もなにひとつせず、飾られた人形のようにいつまでも変わらないとでも思っているのか。
 そんな風に問いただしたら、きっと彼は慌てるのだろう。そんなつもりはなかったと、悪意など決してなかったのだと。そして今更になって大丈夫かと尋ねるのだ。
(そんなもの)
 大丈夫に決まってる。大丈夫だったからここにいるのだ。夏見が大丈夫にしたのだ。
 それとも、ひとりでもやれると信じたから出て行ったのだろうか。
 一人でもやれることと、それが平気であることは全く違うのに。
(家族と遺跡、どっちが大事なのよ)
 遺跡は清四郎じゃなくても掘り出せる。だが、寂しさや悲しみに埋もれてしまった夏見の心を探し出せるのは清四郎だけなのだ。
「化石になるまで放っておくつもりなら、私だって考えがあるんだからね」
 強がった泣き顔を誰にも見つからないように、夏見は静かに写真立てを伏せた。








2014.10.28




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