学園祭デート


 待ち合わせは11時半だった。校門前だと混み合うから、その手前にある本屋で落ち合うことになっている。
(変…じゃないよね?)
 ウインドウにうっすら映る自分の姿を確かめる。大人っぽく見せたくて気合いを入れたミュールは、おろしたてでいつもの靴より2cm高い。
 まだ残暑の日差しが肌を焼くが、空は秋のさんま雲で、3年間の一人暮らしで身についた主婦感覚で、ついスーパーのさんまの値段を思い出してしまう。今年のさんまは少々高い。
「お待たせ」
 涼やかな声に、顔を向けると彼がいた。
「乃凪先輩! ……こんにちは。お久しぶりです」
「こんにちは。しょっちゅう電話してるから、なんか不思議な感じだけど」
 微笑みながら、彼は彼女の頭からつま先まで、網膜に焼き付けるように熱のこもった目で見つめる。
「じゃあ、行こうか」
「はい!」
 乃凪が大学に進学してからというもの、毎日会っていた高校生の頃のようにはいかない日々が続いていた。
 連休や盆休み中はデートや日帰り旅行をしたけれど、亜貴の受験勉強や模試の為に予定が潰れることもままあった。
 だからというわけではないが、久々に見る恋人の姿が愛おしくて仕方ないのだ。
 少し照れながら、亜貴も乃凪を見上げた。端正な面立ちは前より少し大人びて、だが相変わらず細い。
「ちゃんと食べてます?」
「まあね。前よりは料理も上手くなったよ」
 自立という題目のもとに祖父の支配下から脱出を試みた乃凪であるが、持ち前の小器用さを生かしてなんとかやっているようだ。
 一人暮らし、というと他の心配もあったのだが、この分だと大丈夫そうだ。
 さりげなく繋がれた手の感触にドキドキしながら、亜貴は乃凪に連れられて大学の門をくぐった。



 色鮮やかなバルーンのアーチをくぐる前から伝わっていた活気が、ぶわっと眼前に広がる。結構盛況らしく、大変な人出だった。両脇に出店が並んでいるものだから、通路が殊更に狭い。
「焼きそば焼きそばめちゃくちゃうまい焼きそばだよ―!」
「エラッシャーイ!タコ焼きいかがっスかー!」
「ラーメン!ラーメンいかがですかー!」
 鉄板にソースの焦げる匂いや、焼鳥の香ばしい煙、射的やヨーヨー掬いといった縁日的なものもある。
 連れ立って歩いてはいるものの、人込みがすごくて離れがちになった。
「ねえ君、可愛いね。高校生?」
「えっと……」
 チラシを配っている青年から声をかけられ、つい戸惑う。するとぐいっと肩を抱き寄せられ、頭の上で乃凪が牽制を込めて会釈した。
「失礼。連れなもので」
 急に近づいた距離に、心臓が破裂しそうになる。そのまま促されて道を逸れるが、どこもかしこも人人人で落ち着くところがない。
「あの……さ」
 遠慮がちな声に見上げると、少し照れながら乃凪が言った。
「腕、組んでもいいかな。手を繋いでるだけだとはぐれそうだから。……さっきみたいなこともあるし」
「ええっ!?」
「ご、ごめん、嫌だった?」
 そんなわけない。首を横に振ってぎゅっと腕に抱き着くと、乃凪の背中が緊張した。亜貴の胸が当たっているのだ。腕を組む以上、亜貴の胸のサイズからしてこれはどうしても回避できない。
「あ、えっと……やっぱり……」
「行きましょう乃凪先輩!」
 誤魔化すように大きな声を上げて、亜貴は乃凪を促して歩き出した。小悪魔上等、知らない誰かにぶつかるのは不快だが、好きな人になら恥ずかしいだけだ。
 何よりせっかく縮まった距離を、また離したくなかった。









2012/09/10 up










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