鰤☆誕


 盆休みが明けて2日。
「あちい」
 蝉の声も焦げつくような油蝉から名残惜しげな蜩に変わりつつあるが、窓から差し込む日差しは強烈で、解きかけの数学の問題集を放り出したまま、少女は床の上に転がっていた。
「あ〜ぢ〜い〜〜〜」
 何か冷たいものが欲しくて、カパッと明けた冷蔵庫のドアは軽い。それもそのはずで、中には空になった麦茶のボトルと、余ったカレーのルゥとか萎びた玉葱半分とかしかない。
「…………」
 少女は冷蔵庫を閉めて、携帯を探した。アドレスからぱぱっととはるにメールを打つ。
『ペピコ食べたい:*:・。,☆゜'・:*:・。,(//////),。・:* 』
 だがいつもならすぐに来る返信は、いつになっても返ってこない。
「……むー」
 頬を膨らませて同じメールを綾瀬やほしほ、アジュコにシュウ、厳馬やしげるにも送りつける。
 しばらくしてバイブが震え、ほしほから着信。添付ごと開くと、うまそうにペピコをくわえたほしほがピースしていた。
『オレンジ味UMEEEEEEEEE』
「ほしほのばかちん!!」
 少女は思いっきりあっかんべーをしてから携帯をクッションへ投げ捨てた。
 夏休みに誕生日なんてつまんない。
 誕生日なのに、いいことなんてなんにもない。
 なんにもないから水道水だけかぷかぷ飲んで、口を拭って床に転がる。
 ゴロゴロゴロゴロゴロゴロ。
 ゴロゴロゴロゴロゴロゴロ。
 ゴロゴロゴロゴロ――……。







「おい、刺身」
「!?」
 気がつくと目の前にシュウがいた。いつの間に来たのだろう?
「ペピコだ」
「おおー!!」
 ずいっと差し出されたのはキンキンに冷たいペピコだった。嬉しいが、シュウとペピコ、意外な組み合わせにモジモジしていると、バン!と背後でドアが開いた。
「おい寒鰤!ペピコ買ってきたぞ!」
「ぶりちゃ〜ん、はいペピコ!」
 ガサッとコンビニ袋いっぱいのペピコが目の前に突き出される。
「櫻ちゃん、とはるくん!?」
 ドサドサと床にも置かれて、とても冷凍庫に入らない量だ。困っていると更に誰かがやってきた。
「ペピコのチョロギ味とかwwwwwwマジキチwwwwww」
「わはは私のペピコも食べたまえッ!」
「はい、鰤さん。鰤さんの願ったペピコだよ。さぁ、口開けて?」
 ほしほや厳馬やしげるもやってきて、見たこともない色やパッケージのペピコをドサドサと置いていく。たちまちアイスの冷気で辺りは真冬みたいに冷えこんだ。
「もういいし!こんなに食べらんないし!寒いし!!」
「お〜い鰤さぁ〜〜ん!」
 カッと閃光が走ったかと思うとビームで屋根が吹っ飛んだ。白っぽい空からいつか見た銀色の宇宙船がふよふよとやってきて少女らの頭上に停止する。
「アルユラ星のペピコですよ〜〜はいどうぞ!」
 声と共に色とりどりの、にょろんとした触角付きのペピコが雨あられと降って来る。
「わあああん!!」
 少女は逃げ回ったが、玄関までの道も全部ペピコで埋まっている。必死で掻き分けるのに、ペピコは後から後から湧いて少女の体を埋もらせていく。
「寒いよぅ、冷たいよぅ……ペピコこわいペピコこわい」







「………ピコこわい、ペピコこわいぃ……うーんうーん……」
「こら起きろ寒鰤!」
 ビシッとおでこを弾かれて、少女はぴゃっと叫んで目を覚ました。床に寝転んでいたのを、上半身だけむくりと起こす。
「む……? あれ、櫻ちゃん!?」
「このバ寒鰤! ガンガンにクーラーつけたまま寝たら風邪ひくだろうが!」
 怒鳴られながら、冷えきった少女は剥き出しの両腕をさすった。と、ふわりと肩に綿のカーディガンをかけられる。
「ぶりちゃん、だいじょうぶ? さむい?」
 カーディガンと一緒に、体温の高いてのひらで温めるように肩を抱くのはとはるだ。
(ナニコレ夢の続き? それとも夢がホントの現実?)
 見回すと、夢で見た面子が勢揃いだった。滅多な事ではテントを出ない黒猫までもがここにいる。
「なんでみんないるの? 玄関のカギは?」
「ドアは施錠されていなかった。つまり鍵はかかっていなかった。鍵のない錠前に意味はあるのか? そもそも錠前は存在――……」
「めっちゃ無用心やし。いっくら田舎でも女の子なんだからちゃんと鍵かけろ?」
 シュウの後を引き継いだほしほが嗜め、厳馬がうんうんと頷く。
「左様ッ! 夏休みとはいえ空き巣強盗など不埒な輩が闊歩している場合だってあるのだよッ!」
「夏休み関係ないし。無断で押し入った立場で説教するのもどうなの」
「君が率先して開けたのではなかったかい、しげる?」
「ふふ、なんのことかな」
 ぽかんとしながら辺りを見回すと、ピンと立った触角を揺らしながら、アジュコが嬉しげに両手を突き出した。
「はい、鰤さん! ペピコですよ!」
「ピャアアアア!!!」
 突き出されたパッケージに、少女は恐れ慄いた。
「ま、まさかみんなもペピコ……」
「だってお前全員に送ったしwww」
「そんなにたくさん食べ切らないし!」
「夏休みじゃあないかッ!! 今日も明日もペピコ祭だぞッ!!」
「ピィィイイイイ!!」
 ほしほが手にしたビニール袋をごそごそやる。恐怖のチョロギ味が出てくるかと、少女は身構えた。


 が。


 ―――パン!!
 ―――パパパパン!!


 小気味よい破裂音と共に色とりどりのテープと紙吹雪がいっせいに弾ける。
 びっくりして閉じた目を恐る恐る開くと、ドヤ顔でみんなが笑っていた。してやられた悔しさに、ぷいっと拗ねて顔を背ける。
「クラッカーうるせ」
「ご、ごめんなさい」
「まぁまぁww」
「刺身」
「ぶりちゃん」
 続けてみんながそれぞれに少女の名前を呼ぶ。袋の中身はそれぞれに用意した、心ばかりの贈り物だ。


「お誕生日、おめでとう!」


 うるさいくらいの大合唱に、照れ屋な少女はツンと口を尖らせた。
「夏休みなんて大嫌い!」







2012/08/17 up



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