浴衣美人もいいけれど


 駅に向かう人波に、ひらひらと揺れる浴衣の袂が目に涼しい。
「可愛いなぁ……」
 目移りしたのは俺ではなくて、彼女の方だ。すれ違う少女らの華やいだ姿を、彼女は横目で羨む。
「今日って、近くで花火大会でもやるのかな」
 呟いた俺に視線を戻し、彼女は小さく笑った。今日の彼女はグラデーションが綺麗な藤紫のサマードレスで、白いレースのカーディガンの下に滑らかな肌の色が透けている。
「うーん、どうでしょう。南青瀬の花火大会は8月だし……でも週末だから、きっとどこかでやるんじゃないですか?」
 南青瀬の花火大会の日も、デートの約束はしてあった。去年は沢登と内沼のせいで散々だったが、今年隣にいるのは彼女だ。
「依藤さんは浴衣は着るの?」
 誘惑に負けて尋ねると、彼女は嬉しがるより、少し困った風に小首を傾げた。
「持ってはいるんですけど、その……似合わないんです」
「そうかな? きっと綺麗だと思うけど」
 彼女は髪が長いから、アップにしても似合うだろう。日本人が一番色気を感じる部位はうなじだそうだが、俺もその例に漏れない。
「あの、そうじゃなくて」
 彼女は恥ずかしそうに視線を反らすと、もじもじとカーディガンの裾を弄った。
「私、がさつだからすぐ着崩れちゃうんです。……それに、タオルいっぱい巻くから暑いし」
「……ああ、そっか」
 鈍い俺はようやく気づいて赤くなった。体の線が際立つサマードレスが似合う彼女のプロポーションでは、平面的な構造である和装を着こなすのが難しいのだ。
 頷いて、うっかり彼女の輪郭を辿りそうになった視線を引きはがす。視界を余所に向けても頭の中で再現してしまうのは男の性というもので、俺は後ろめたい気持ちで繋いだ手を緩めた。ともすれば絡めた指の感触から、続きを想像してしまいかねない。
「でっ、でも!」
 何を焦ったのか、彼女は緩んだ俺の手をぎゅっと掴んだ。
「花火の時は浴衣着て行きますから!」
「え……」
「だから、その…………」
 ちらっと上目遣いで見上げてくる。これが意識的にやってるのだったら死ぬな、と内心で苦笑いしつつ、俺は繋いだ手を握り返した。
「俺も浴衣着たほうがいいかな」
「えっ」
「君の隣に立つなら、それなりにしたいしね」
「ほんとですか!?」
 目を輝かせた彼女は、とたんに嬉しそうに頬を緩めた。乃凪先輩の浴衣、乃凪先輩の浴衣と呪文のように繰り返している。
「そんなに大したものじゃないだろうけど」
「そんなことありませんよ! めちゃくちゃ楽しみです」
 スキップでもしそうな勢いに、照れ臭くなったが仕方ない。
「俺も期待していいかな」
 さらりと言うと、彼女はぴたりと足を止めて、日に焼けない白い耳朶を真っ赤にした。
「……はい」
 浴衣美人もいいけれど、恥ずかしそうに頬を染めた彼女が一番可愛い。
 そう臆面もなく思うあたり、俺の頭も熱さにだいぶ溶けているのかも知れなかった。






2012/07/28 up









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