代価は君のキスひとつ 商店街の軒には模造の笹の葉や、キラキラするプラスチックの星が下がっている。 もうすぐ七夕だ。 書店の軒下にも、こちらは生の笹を置いていて、色とりどりの短冊が下がっていた。クレヨンやサインペンで、子供達の願い事が書かれている。 「君も書く?」 カウンターに座っていたしげるが、笑みを含んだ声で尋ねた。さやさや鳴る音に釣られて笹を弄っていた少女は、ぱっと顔をあげると後ろに手を回した。ぷいっと顎を反らしたところを見ると、子供扱いが気に入らなかったらしい。 客がいないのをいいことに、少女を手招きすると、膝の上に座らせる。 シャッターはまだ下ろしていないから、カウンターは通りから丸見えだ。人前で甘えるのが苦手な彼女は、人目を気にしてモジモジと落ち着かない。 「しげるさん仕事」 「サボり魔の君が言うなんてね。なんなら看板仕舞おうか?」 抱き上げた彼女の膝の上で、指と指を絡ませる。しかし少女は拒むようにぱっとそれを解いた。 「七夕みたいになったらどうする?」 「七夕? ああ、織姫と彦星の話か」 天上の恋人達は、お互いを恋しく思う余りに与えられた仕事を怠け、天帝の怒りを買って引き離されてしまったという。 赦されたのは年に一度、しかも晴れれば逢瀬、雨ならおあずけ。 そんなのたまったもんじゃない。 「あれは天帝が野暮ってものじゃないかな。だって」 振りほどかれか腕を腰に回し、ぐっと少女を抱き寄せたしげるは、そのこめかみにやわらかなキスをした。 「目の前に大好きな人がいるのに、仕事なんかしてられる方がどうかしてる」 「サルか」 歯が溶けそうな甘ったるい台詞と一緒に近づいてきたくちびるに、少女は拳を見舞った。ガチンと歯をくちびるにぶつけたしげるは、痛そうに口許を押さえる。 「ひどいなあ」 「いいって言ってないし」 「それは残念」 彼はため息をつくと、腕を解いてあっさり彼女を解放した。膝を下りて逃げていく少女を、カウンターに頬杖をついて眺める。 「鰤さーん」 呼んでみるけれど、彼女は書棚の向こうに隠れてしまった。 彼のお姫様は気難しい。 しげるはカウンターの下からコピー用紙を一枚取ると、それをパタパタと折っていく。出来上がったのはカササギ代わりの白い紙飛行機だ。彼は腕を振ってそれを空へ放った。ゆるい弧を描く軌跡は天井すれすれを滑り、彼女の少し手前で落ちる。 最初は知らん顔をしていた少女だが、次から次へと飛んで来る紙飛行機に、頬を膨らませて振り返った。 「紙モッタイナイ!!」 「あとでメモにしておくよ」 鵲の橋を渡って来た男は、くしゃくしゃと少女の髪を撫でると、サインペンと短冊を目の前にぶら下げた。 「願い事を書いてごらん」 天上の恋人達より確実だよ、と、不埒な星は片目を暝る。 「君の願いなら、みんな叶えてあげる」 2012/06/28 up back |