クラークの空


 きちんと手入れのされている古書は、開くとバニラのような甘い薫りが仄かに立つ。
 脚立の上に腰かけた姿勢で、蒼は古い文庫のページをめくった。タイトルは『2001年宇宙の旅』。アーサー・C・クラークによるSFの名著、なのだそうだ。最初、蒼には宇宙という概念がよくわからなかったので、旅とついていた事から紀行文の棚に仕舞おうとした。それを見つけた紗夜が慌てて、それが創作された物語だと教えたのだ。
「2001年なら、過去の話ではないのか」
「今となっては確かにそうですが、この本が書かれたのはもっとうんと昔の事で、その頃は21世紀になったらきっと人類は宇宙を旅してると思われていたのですよ」
「今は宇宙には行けないのか?」
「可能ですよ。といっても、まだ一部の人々だけですが」
 紗夜は小首を傾げて微笑んだ。
「宇宙飛行士っていう、特別に訓練された人達が調査や実験の為に行くことはあるけれど、こんな風に旅行できるようになるのはまだまだ先だと思います」
「そうなのか」
 不思議がる蒼に、紗夜は嬉しげに頷いてその本を差し出した。
「クラークの理想には間に合わなかったけど、いつかきっとこんな風に宇宙を旅してみたくなりますよ」
 そうして目を通してみると、成る程たしかに興味深かった。夜空の先の世界。何故人はこんなにも、未知の世界に憧れるのだろう。
 しかも、手渡されたのは、一冊ではなかった。
「続きがあるのか?」
「はい。他にもこういうSFならたくさんありますよ。それとも、他の物語にしますか? 地上を舞台にしたものも異世界を舞台にしたものも、色々ありますよ」
「…………」
 蒼は眉間に皺を寄せた。波瀾万丈のストーリーは、あらゆる困難を彼の前にたたきつける。
「人間とは、タフなのだな」 少なくとも、死神よりはずっと。






2011/05/17 up










 
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