クロスロード


 赤く染まったポプラの枝が、ざわざわと風に鳴いた。抜けるような青空に、風のしっぽが吸い込まれていく。
 見えないそれを追うようにして、蒼は視線を上げた。手には本の詰まった紙袋を下げている。頼まれて古書の回収をしてきた帰りだった。
 紗夜と出会った時計塔は、その指針の様に確固たる姿で屹立している。
「落としましたよ」
 ふと声に振り向くと、目の細い青年が本を手に佇んでいた。見れば、紙袋の底が破けている。穴を押さえるようにして、蒼は紙袋を抱え直した。
「すまない」
「どういたしまして。この街の方ですか?」
 肯定も否定も出来ずに、蒼は黙った。返答の根拠となるべき記憶を、彼は持たない。故に、事実だけを述べた。
「俺は今この街に住んでいる」
「なら、この住所ってわかります?」
 見せられたメモの住所は、確かにこの町だったが、書かれた番地がどの辺りなのか見当がつかない。
「生憎、道案内ができる程詳しくはない」
「いえ、こちらこそすみません」
 青年は首を横に振った。その声音は明るいが、砂の様に渇いた色をしていた。乾いてひび割れた泥の白さ。
 不審に感じて口を開きかけた、その時だった。
「おい、道はわかったのか」
 割り込んだ声は青年の後ろから聞こえた。背の高い美丈夫が、苛立ちを感じさせる早足で近づいてくる。季節には早すぎる黒いマントが風の形に揺らめき、ただでさえ目立つ風貌をさらに目立たせている。
 金と蒼の視線が交錯した。
 ――奇妙な感覚が、二人の間を過ぎる。
 口を開いたのは、男の方だった。
「邪魔をしたな」
 よく響く声でそう言って、男は青年を促した。
「行くぞ」
「はい。あ、これ」
 青年が差し出した本を、片手で受け取る。青年は軽く会釈して、男の後を小走りに追っていった。
 その背をしばし見送り、蒼は紙袋の一番上に本を乗せた。両手に抱え直して、具合を整える。
 臥待堂への一歩を踏み出しかけたその時だ。
「………蒼?」
 軽やかな声は振り返らずともわかる。蒼は首だけで振り向いた。
「紗夜」
「こんにちは、蒼。こんなところでお会いするのは珍しいですね。もしかして、お仕事ですか?」
「ああ。頼まれて古書の回収をしてきた」
「なら、私も手伝います」
「必要ない」
 蒼は淡々と断った。
「この紙袋はとても重い。お前には持てないだろう」
「……そうですか」
 頷き交わして歩き出す。紗夜がその後をついて来る。明るいオレンジの煉瓦道に二つの足音が重なって、軽快なリズムを刻む。期待に目をきらきらさせて、紗夜は蒼を見上げた。
「ところで、そこに入っているのはどんな本なのですか?」
 蒼は紙袋の一番上を覗き見た。少し汚れた本の表紙には、花の名前が刻まれていた。







2011/05/17 up









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