歌を聞かせて



 図書館は閑散としていた。
 それもそのはず、今は授業中だ。
 普段は入口に詰めているはずの司書教諭は、生憎席を外しているようで、空のカウンターの前を俺は素通りした。


 特に本が好きなわけでもない俺は、図書室なんて、あまり来る場所じゃない。ただ、ひとりになる場所か欲しかっただけだ。 整然と机を並べた教室で、無機的に授業を聞いているクラスメイトの姿に嫌気がさす時がある。昼休みや放課後の個性やキャラクターは仮初で、色分けしてはいるけれど、元は同じ型の人形みたいだ。だからこそ俺も居やすいのだけれど。



 暇を持て余したままふらふらと、本棚の隙間に潜り込むと、目についたのは海外の小説の棚で、オーヘンリーやディケンズなんかが並んでいた。
 俺は、賢者の贈り物を美しいとは思わない。美しく思うのは綴られた言葉がそうであるだけで、行為は愚かだ。気持ちで救われるのは、一時の感情だけなのだから。
「………あ」
 ふと視線をずらすとエンデがあった。時間泥棒から時を取り戻したモモ。彼女のようには、俺はなれない。
 代わりにその隣にあった物語のテーマ曲を口ずさんだ。有名なファンタジー映画で、子供の頃は憧れた、いや、たぶん、今も少しは。
「歌がお上手ですね」
 不意に聞こえた声に、俺はぎょっとして旋律を喉に詰まらせた。振り返ると頭ひとつ分下の当たりに、ビスクドールの様な端正な顔がある。
 意外なサボり仲間の登場に、俺はほっと嘆息した。
「お嬢……驚かさないでよ」
 うっかり素で呟き、俺は素早く唇の両端を引き
上げた。甘くやわらかな王子スマイル。誰もが気を許すはずの。
「失礼。読書の邪魔をしてしまったかな」
「ええ」
 すっぱりと彼女は頷き、だがほんの微かに目の奥を和ませた。
「でも、つい聞き惚れてしまいました」
「……そう?」
 聞き飽きた褒め言葉だったが、何故か少し気恥ずかしく感じられた。彼女だからだろう。紗夜の言葉は率直で、余計な色がない。ひねくれた胸にも素直に届くから、俺は彼女に興味を持った。
「もう少し聞かせてくれませんか?」
「え?」
「とても綺麗な歌でしたから」
 予想外のおねだりに、心臓が小さく跳ねる。彼女は透明な視線で俺を見上げた。
 授業を抜け出して、二人きりの図書室で、やるのがアカペラコンサートとは。
 俺は苦笑して、たったひとりの聴衆に深くお辞儀した。
 初めての発表会みたいに、ドキドキと頬が熱くなる。
「リクエストをどうぞ、お姫様?」
 歌くらいなら、いくらでも。


 千の薔薇より妍麗で空疎な言葉を君にあげる。








2011/05/17 up










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