うかれ猫


 赤ん坊が泣くような、甲高い声が窓の下から聞こえてくる。アルミサッシの窓枠からひょいと頭を突き出すと、白黒ブチの大きな猫が、アーオアーオと鳴いている。近くに番いになりたい美人がいるのかいないのか、むやみやたらに熱心だ。
 甘い花粉が鼻先を擽って、またたびみたいに酔わせている。恋は異なもの味なもの、人を惑わすトリックスター。彼はそれらと本質を同じくするものだ。素敵な夢を与えて奪う、甘い毒。
「おや」
 中庭に、別の仔猫がやってきたのを見て、彼はにんまりとした。黒い毛並みが艶々と極上の光を放つ、ほっそりした美人だ。彼女の侵入に、ブチ猫はさっと退散してしまった。黒い仔猫は何を探しているのか、しきりに辺りを見回している。
「何探してるの、お嬢?」
 彼のよく通る声は、向かいの校舎にわずかに反響してぶれた。降ってきた声の元を辿り損ねた彼女に向かって、もう一度声を投げる。
「上だよ。2階の窓」
 やっと彼を見つけた彼女に向かって、ひらひらと手を振る。
「どうしたの? 何か失くしもの?」
「……もの、……………で」
 彼女の細い声がうまく聞き取れない。
「ごめん、聞こえない!」
「こどもの、声がしたので!」
 頬を赤らめながら、両手をメガホンにして彼女は声を張り上げた。なかなか見れない光景だ。
「ああ、なるほど」
 くつくつと笑いながら、彼は彼女に向かって声を張り上げた。
「猫だよ。猫達が恋人を求めてああ声を張り上げるのさ。春だからね」
 しかし彼女は信じられない、とでもいう風に怪訝な顔をした。彼女からすれば猫はニャンと鳴くものなのだろう。
「誰にでも特別な人にしか聞かせない、特別な声があるものさ」
 彼は窓枠に足をかけると、猫のような身軽さでサッシを蹴った。見事な跳躍力とバランス感覚を発揮して、きゃっ、と悲鳴を上げて口許を抑える彼女の横に降り立つ。
 彼のけろりと無事な姿に、彼女は大きく息をつくと、きっと眦を吊り上げた。
「危ないことはやめてください!」
「こんな高さくらいで怪我なんてしないよ?」
「………………」
 運動神経だけは可と不可の境目をうろついている彼女は、驚きと羨望の入り混じった目で彼を見上げた。
「ねえ、お嬢?」
「土足ですよ、日生先輩」
 甘く囁こうとする彼の機先を制して、彼女は素早く防衛線を張る。
「おっと、いけない」
 悪戯っぽくくちびるを舐めて、彼は片目を瞑った。可愛い彼女を近くで見たくて、ついそのことを忘れていた。
「じゃあ土足ついでに、君の猫を探そうか、お姫様?」



 浮かれた調子で赤毛の猫は、可愛い彼女にアーオ、と鳴いた。




 






2012/02/11 up



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