賢者の贈り物 〜空閑風羽の場合〜


 赤と緑とイルミネーションの光が、街の景色を賑わせている。商店街のあちこちに下がったクリスマスセールの看板を見上げ、正臣は白い息を両手で覆った。
「寒いですか?」
 隣を歩く風羽が、かじかんで赤い指先を見て尋ねる。正臣は、はにかんだ笑みを見せ、ダッフルコートのポケットに両手をしまい込んだ。
「大丈夫」
 清掃活動の帰りである。斜め掛けのバッグの中身は空の水筒と、汚れた軍手。年末の混雑で人の多い商店街は、普段の倍以上のゴミが落ちていた。当然、かかる時間も倍以上だ。いつもなら昼前には終わる休日のエコ活動だが、今日はもう午後一時を回っていた。
「お腹、すいたね……」
「はい」
 こっくりと風羽が頷く。小柄な体ながらびっくりするほど良く食べる風羽である。エネルギッシュに活動している分、消費も激しいのだろう。今にも腹の虫の声が聞こえてきそうだ。
「早く帰ろう? きっと米原先生が、お昼ご飯用意して待ってくれてるよ」
「はい。とてもたのしみです」
 頭のてっぺんに反り返った跳ねっ返りの髪を一筋揺らして、風羽はこくこくと頷いた。
「そういえば、そのマフラー可愛いね」
 正臣はふと思いついて言った。風羽は目をぱちくりし、首元の軽く引っ張って頬を染める。
「家庭科の授業で作りました。あまり見た目は良くありませんが、暖かさは抜群です」
 彼女らしい、優しいアイボリー色のマフラーだ。両端のタッセル以外装飾はなく、とてもシンプルだ。他のクラスメイト達は毛糸の色を変えたり、模様を編み込んだりしていたが、初心者の彼女には難しかった。もう少し可愛くできたら良かったな、と風羽は密かに思う。だが口にするのも気恥ずかしいくて、風羽はそっとマフラーに口元を埋めた。
 正臣は少し考え込むような顔つきで、彼女を見つめていた。






 そんなやり取りから数日。
 夜、風呂上がりの風羽は居間で携帯ゲームをしている正臣を見かけた。月蛙寮は古く、各部屋には暖房がない。唯一エアコンがあるのがこの居間で、それでも他の部屋を暖める為に襖を開け放しているので効きはよくない。
 正臣は指先をさすりながら、背中を丸めてゲームをしていた。一段落したのだろう、ふうっと息をついたところで風羽に気づいた。
「あ、菅野さん。お風呂出たの?」
「はい。ほかほかです」
 風羽は正臣のそばに寄ると、風呂上がりでしっとりと温かい両手で正臣のそれをきゅっと包み込んだ。
「ほんとだ。あったかいね」
 くすぐったそうに笑う正臣の指先は氷のようだ。
「冬場はゲームとかパソコンしてると、すごく手が冷えるんだよね」
「手袋をしてはどうですか?」
「それが駄目なんだ。滑るし、指先の感覚が鈍るから」
 言う正臣の傍らには、冷えて固くなったホッカイロがあった。
 風羽は少し考えるような顔で、正臣とホッカイロを交互に見つめた。













 クリスマス当日。
 寮でのクリスマスパーティーの後、片付けを済ませて部屋に引き上げようとする風羽を正臣が呼び止めた。
「菅野さん……あの、これ」
 正臣がそっと差し出したのは、ラッピングされた小さな箱だった。
 プレゼント交換ならもうパーティーの時に済ませていた。風羽は法月出した猫の小銭入れを貰い、正臣は広瀬の文具セットだった。
「これは僕から菅野さ……風羽ちゃんへのクリスマスプレゼント」
 風羽は目を丸くして、正臣とプレゼントを見遣る。びっくりさせられたのが嬉しくて、正臣は照れたように笑った。
「……えへへ」
「良いのですか?」
「勿論……!」
「…………。ありがとうございます。早速拝見してもよろしいですか?」
「うん」
 ドキドキしながら見守る正臣の目の前で、風羽は丁寧に包装を解いた。
 ころん、と中から出てきたのは、毛糸で編まれた花がついたピンブローチだった。花芯の部分にはキラキラ光るビーズがついていて、とても可愛らしい。
 親から毎月貰っているお小遣は、あまり多くない。アルバイトをしていない正臣が使えるお金は、とても限られている。なけなしのお金を捻り出す為に、正臣はフルコンプしたいくつかのゲームを手放した。その中には気に入っていた物もあったけれど、風羽の喜ぶ顔の方が見たかったのだ。
「こないだ君がしていたマフラーにピッタリだと思って。……どう、かな?」
 だが、風羽の顔は晴れなかった。
「ごめん……気に入らなかった?」
「いいえ」
 風羽は首を横に振ると、少しお待ちを、と行って部屋の中から小さな包みを取って来た。
「これは私から正臣くんへの贈り物です。貰っていただけませんか?」
「うん……ありがとう」
 正臣は受け取り、中を開けて驚いた。そこには彼女がしていたマフラーと同じ、アイボリー色のハンドウォーマーがあった。
 風羽のお小遣いも多くはない。ゲームやパソコンで手が冷えてしまう正臣の為に、風羽は自分のマフラーを解いてハンドウォーマーに編み直したのだ。
「………………」
 正臣はごそごそとハンドウォーマーをつけた。手首と手の平を覆うタイプのものだから、指先は自由だ。しょんぼりしている風羽の手からピンブローチを取り上げると、カーディガンの胸元につけてあげた。
「えへへ、とってもあったかいよ。ありがとう、風羽ちゃん」
 心からの笑顔に、ようやく風羽の頬にも笑みが戻る。
「とても可愛らしいです。ありがとうございます、正臣くん」
 二人は互いの贈り物を手に微笑みあった。
 階段下の廊下では、さっさと部屋に戻り損ねた他の寮生達が、当てられた顔でため息をついていた。







2011/12/19 up




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