ひと目ひと目の恋模様


 木枯らしが庭木の葉をみんな落としてしまう季節になり、月蛙寮ではコタツを出した。普段ならテレビのチャンネル争いに次ぐ熾烈な争奪戦が行われるのだが、休日の今日は珍しく誰もいなかった。広瀬は塾、法月はバイト、空閑はイベント、葉村は風邪でベッドで寝ている。戸神はいつも通り戸神だ。
 そんなわけで、美咲は自由にテレビとコタツを独占するという贅沢を満喫していた。掃除も洗濯物も終わってしまったので、溜まっていた繕い物に精を出す。
 月蛙寮の面子は9割が男である。シャツのボタンや靴下の穴くらいは自分達で繕わせるが、セーターのひっかけたのだとか、手袋の穴だとかは流石に難しい。美咲はちょいちょいと編針を動かして、それらを上手に直していった。法月の手袋は似た色の毛糸で補修をする。
 事前に家庭科教師に指導を仰いだとはいえ、無駄に器用な男である。
 誰もかまってくれる人間がいないので、美咲は昼のワイドショーを見ながらの手慰みに編物の練習にと習った花のモチーフを余った毛糸で編み始めた。4つの花びらのついた単純な花の形で、5cm径ほどのものをいくつか編む。
「ただいま帰りました」
 ガラガラと玄関の戸が開く音がして、涼やかな声がした。足音ではなく、気配だけ。月蛙寮の紅一点は、野生動物のように足音を立てない。
「おかえり、菅野」
 散歩から帰ってきた風羽は、買い物をしてきたようで、何か大きなビニール袋をぶら下げている。
「寒かっただろう。手洗いうがいをしっかりして来なさい。そしたら美咲ちゃん特製ホットココアを淹れてあげよう」
「はい」
 風羽は顔を綻ばせると、買ってきた荷物を一旦置いて、洗面所へ向かった。素直な背中に、美咲は小さく笑みをこぼしながらコタツから立ち上がる。
 彼のココアはちょっと一手間かける。冷蔵庫から牛乳を出し、ミルクパンに移して火にかける。次に食器棚から大きめのマグを二つ取り出し、バンホーテンのココア(お徳用パック)をそれぞれ二さじと、森永純正ココアをほんのちょっぴり。そこにまず給湯ポットのお湯を大さじ2くらい淹れて、スプーンで練るのだ。お湯の温度はできるだけ熱く。紅茶や煎茶と違って、ココアは熱いほうが香りが立つ。艶が出るまで練ったら、沸騰寸前の牛乳をゆっくり注ぎ、かき混ぜる。ココアとミルクの甘い香りがふんわりとたちのぼり、美咲はうっとりした。
「おっと」
 うっとりしている場合ではない。美咲は戸棚からマシュマロの袋を取り、白くて丸いマシュマロを竹串にいくつか刺した。それをコンロの火でささっと炙る。そのままいれてもいいのだが、軽く炙ったほうが美咲は好きだ。香ばしい香りがカカオの香りとマッチして、それだけで幸せな気分になれる。
「おまたせしました」
 手洗いを済ませて荷物を部屋に運んだ風羽が戻ってきた。
「お、タイミングばっちりだな。座るのそっちでいいか?」
「はい」
 コタツに膝を潜らせた風羽の前に、美咲はホットココアのマグを置いた。
「どうぞお召し上がりくださいませ、お嬢様?」
「ありがとうございます。いただきます」
 行儀よく両手をあわせてから、風羽は小さな両手でマグを包み込んだ。ふーふーと息を吹きかけた後、一口飲んで、ぷは、と幸せそうな吐息を零す。
「おいしいです」
「そりゃあ良かった」
 美咲は笑った。嬉しかったのもあるが、溶けたマシュマロが風羽の上唇にちょんとついているのが可愛かったからだ。気づいた風羽は、恥ずかしそうに赤い舌先でぺろりとそれを拭った。
「先生は編物もなさるのですか?」
 ココアを飲みながら、視線を巡らせた風羽がふと尋ねる。出しっぱなしの編針とモチーフに目を止め、美咲は軽く頷いた。
「ま、セーターとか大物は無理だけど、マフラー位ならなんとか編めるぞ。なんだ菅野、俺のお手製マフラーもらってくれたりする?」
「いえ、マフラーは祖父が送ってくれたものがもうありますので」
 スパンと漢らしく風羽はぶった切った。
「それより、それはなんですか?」
「ん? ああ、これか。暇つぶしに作ったやつだけどな」
「可愛らしいです」
 美咲は花を片手で寄せ、ふと思いついてそれを幾つか重ねてみる。真ん中のあたりを安全ピンでまとめると、簡単なコサージュになった。それを、風羽の胸元に軽く当ててみる。
「似合いますか?」
「おー。いいんじゃないの?」
「ほんとうですか?」
 明るいの色のカーディガンだから、ベージュの白がよく映える。先が刺さらないよう気をつけながら、美咲はそれを風羽の胸元に留めてやった。風羽はそれを嬉しそうに指先でくすぐっている。
「か…………」
 可愛い。などとうっかり言いそうになった、その時である。
「ま〜い〜ば〜ら〜先〜生〜〜〜〜…」
 地獄から這い出してきたような低い怒声に、美咲と風羽はぎょっとして振り返った。
 そこには風邪とココアの甘ったるい匂いにやられて息も絶え絶えの葉村が、青ざめた顔で倒れていた。
「………………吐く」
「菅野、洗面器! 大至急!」
「はい」
 素早く風呂場へ向かう風羽を見やり、美咲はほっと胸をなでおろした。
「…………今のはぎりぎりセーフ、セーフだよな……?」
 葉村の背中をさすりながら、美咲は風羽が来るまで往生際悪く呟いていた。
 







2011/12/13 up









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