別れの空
アイビーの緑が絡み付く白い墓石の前には、枯れた花束が置かれたままの形に残っていた。トレヴィルはそれを脇にやり、新しく持ってきた白い薔薇の花束をそっと供える。
目の覚めるような青空だった。隣でそれを見守っていたダルタニアンが、折を見て静かに尋ねた。
「どなたのお墓なんですか?」
耳に優しく響くその声に、トレヴィルは微笑んで目を伏せた。
「四百年前に生きていた、私の大事な人の墓さ」
常人には妙に聞こえる答えに、ダルタニアンは聡明な鳶色の瞳で墓石を見つめた。
――コンスタンス、ここに眠る。
古びた墓石には、薄れかかった文字でそう刻まれていた。
「ご家族ですか?」
「え……?」
「あ、ご先祖様と言ったほうが正しいですよね。四百年も前のことなんですから」
ダルタニアンは慌てて言い直した。振り返ったまま、トレヴィルは目を細める。
静かな午後だ。遠くで鳥が鳴いている。
「先祖ではないよ。私は天涯孤独の身だからね。けれど」
曖昧に彼は笑った。
「家族になりたかった人かな」
彼女はそれ以上聞こうとはせず、ただ黙って手を握ってくれた。彼も無言でそれを返し、抱き寄せた。金褐色の短い髪に顔を埋める。いい匂いだ。とても落ち着く。
不思議なことだが、どの彼女の肌からも同じ匂いがした。この匂いを嗅ぐ度にどうしようもなく愛しくて、抱きしめたくなるのは、多分本能なのだろう。
「ッ、先せ……トレヴィル」
甘い香りに引き寄せられて奥襟にキスをすると、ダルタニアンは絡めた指を引っ張って彼を咎めた。
「大事な人の前でしょう?」
「大事な人の前だからさ」
トレヴィルは悪戯っぽく笑い、恋人のくちびるにキスをした。見つめ合った瞳が、仕方のない人、ど呆れるような甘やかすような色を湛えて瞬く。
「幸せにするよ」
「はい」
微笑む彼女に翳りはない。国を思う故の懊悩も、復讐の為の涙や怒りも。
「幸せになりましょう」
何のてらいもなくそう言って笑うダルタニアンの手を繋ぎ直し、トレヴィルはくるりと踵を返した。
「行こうか」
四百年前よりくすんだ分だけ、優しい色になった空に、飛行機が一筋、白い雲を引いた。
2012/06/09 up
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