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 時は少々遡り、場所はヨコハマのとあるオフィス街。
 以前は何らかの事務所が入っていたことを窺わせる小さな一室には、デスクやロッカーがそのまま残されており、普段は鍵のかけられたその室内で二人の男が顔を突き合わせていた。

「こんなところに呼び出して、本日は一体どういったご用件です。太宰君」
「久しぶりに会ったっていうのにつれないねぇ、安吾」
「僕は出来ればお会いしたくありませんでしたからね。毎回、あなたの都合に合わせられる程、こちらは暇じゃないんですよ」
「まぁまぁ、私と君の仲じゃない」
 軽妙なやり取りとは裏腹に、険悪な空気を纏った二人の視線が交わる。

 坂口安吾は内務省異能特務課という国の秘密機関の中でも重要な立場にあり、その護衛として優秀な部下たちが武器を片手に外に控えている。そのため太宰が安易に仕掛けることはないのだけれど、過去に生じた両者の因縁は決して時間が解決してくれるような生易しいものではないのだ。
 しばし耳に痛いほどの沈黙が流れるも、安吾のため息によって再び動き出す。

「……まぁ、何となく予想はつきますが」
「それなら話は早い。関西の寺社仏閣を籠絡する闇組織の弾圧を強化して欲しい」
「露葉組がヨコハマ入りしたことから何らかの関係はあるだろうと推測してはいましたが、また飛躍しましたね。詳しくお伺いしても?」
「動向は掴めているわけだね。では、彼らの目的は把握出来ているかい」
「ええ、逃亡した組員を追ってと報告は受けていますが」
「ううん、間違ってはいないんだけど……」
 どうやら特務課も全貌までは掴みきれていないらしく、仕方がなく太宰は鴻や内藤のことを手短に教えてやった。

 一言も言葉を発することなく全てを聞き終えた安吾は眉間に皺を寄せて、
「それはまた、厄介事に巻き込まれたものですね。疫病神でも憑いているんじゃないですか、貴方」
「美女なら大歓迎なのだけど」
「相変わらずですね……」
 こんな時でも変わらず道化を演じる太宰を安吾は軽く受け流し、
「しかしですね、それとこれとにどういった繋がりが?」
「関西――特に京都の現状は君も知るところだろう。法治国家日本にあって治外法権が通ずる街。現行の規制だけでは裏社会の抑圧には限界がある。だから犯罪者を取り締まるための警察機関、果ては軍部にまで癒着や賄賂が横行するんだ。被害に遭った人々は泣き寝入りするしかない」
「ですがその一方で、彼らは歴史的価値のある建造物や絵画、古文書といった文化財の保護にも力を入れています。裏の悪行を隠すための悪策ではありますが、その恩恵に与ることでなんとか維持できている団体や施設が多いことも事実。持ちつ持たれつですよ」
「だからっていつまでも目を瞑っていて良いわけじゃあないだろう。京都の人間は歴史と文化を守る。これまでも歴史ある偉大な寺社仏閣にだけはその矛先を向けてはこなかった。それが暗黙の了解だったからだ――。ところが二年前、露葉組が破ったことでそれも瓦解が始まってきている。君たち特務課だって、京都の情報を集めるのは一筋縄ではいかないはずだ。これに乗じてポートマフィアのような外部組織と繋がりを持たれたら、さらに手に負えなくなるよ」
 太宰に痛いところを突かれて安吾は渋面を作り、

「うちは異能犯罪を取り締まるのが仕事ですからね、本業のほうをどうにかしろというのであれば考えますが、貴方の要望を叶えるには根っ子の法律ごと正す必要がありますよ。法律の改正だなんて、議員への根回しや関係各所の説得など、それこを国を動かすようなものです。そもそも特務課は内務省直轄。法律は管轄外ですよ」
「それは重々承知しているよ。だが私たちがつつがなく彼女を助けたところで、闇組織の手綱を握ってくれる何かがなければ同じことの繰り返しになる。これから似たようなことが起こるとも限らない」
「それはそうですけど……」
 安吾は難色を示すが、太宰はどこまでも本気だった。
「司法省を黙らせるいい機会じゃないか。今まで特務課をウォッチャーと嘲笑してきた連中だって、結果として悪事を黙認してきたわけだろう」
「組織間の確執を引き合いに出されても困りますよ」
「元より”タダ”でとは言わないさ」
 太宰がここである取引を持ちかけた。



「危なかったぁ……」
 独りごちた敦が砂だらけの地面へへたり込んだ。未だあちこちで砂埃は舞っているが、そこから意思のようなものを感じることは出来ない。
 体さえ吹き飛ぶあの爆風を、彼は地面の穴に身を忍ばせることで何とかやり過ごしていた。
 己の勝利を疑わない児玉は風から大量の砂を除くために一旦能力を解除、ついでに少年の遺体を確認しようと近寄ったところを下方から一発お見舞いされ、防ごうにも異能発動が間に合わず、そのまま彼方へ吹き飛んでいったというのが事の顛末だ。
 ちなみに敦が隠れた穴は土砂の入った麻袋を壊した際、偶発的に産まれたもので、一度ならず二度までも太宰の入れ知恵に助けられたことになる。
 まさか、ここまで考えてたとか……?
 あの人ならあり得る、と敦は仲間内ながらも太宰の深慮遠謀に薄ら寒ささえ覚えた。

「どうやらこちらも終わったようだね」
「太宰さん!」
 際どいところだったとはいえ大役をやり遂げた敦のところに、渦中の太宰と意識のない鴻が合流する。ちゃっかりお姫様抱っこしているあたりが太宰らしい。彼女にも取り立てて目立った外傷はなく、心なしか表情も穏やかに見えた。
「露葉組やポートマフィアの手に渡らなくて良かったですね」
「そうだね」
「お疲れ様でした」
「ああ……」
 敦の労いの言葉にも太宰はどこか素っ気無く、終始眠り姫に注がれる視線から心底彼女を気遣っているのが分かる。

 もしかして、ほんとに惚れちゃったとか――?
 邪推する敦だったが、それよりもまず帰って診てもらうほうが先だと太宰に帰社を促したところ、
「やぁやぁ、どうやら上手くいったようだね、敦君」
 私の的確な助言のおかげかなと自画自賛しながら、悠々とこちらへ近づいてくる太宰の姿がある。
「……だ、太宰さんが二人?!」
 敦は我が目を疑い、しかしすぐに何かの間違いだろうと両者を見比べた途端、鴻を抱いていたほうの太宰が淡い橙色の光を放ち始め――それが収まる頃には内藤に姿を変えていた。
「はぁ……?! な、な、なにっ……」
 気が動転して開いた口が塞がらない敦のことを、太宰が腹を抱えて笑った。


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