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 つ、着いた……。
 巨大な鉄の扉を眼前にして、敦はごくりと唾を飲み込んだ。
 太宰から託されたメモに記されていたのはとある倉庫の番号で、おそらくは児玉をここにおびき出すという意味なのだろうが、あの男がたったそれだけの理由でこんなものを寄こすはずがない。だからヒントは必ずこの倉庫内にあるとみていい。
 よし……。
 侵入した倉庫内には、船の積荷であろう木箱や麻袋が山となっており、それらを端から順につぶさに確認しながら敦が頭を捻っていれば、倉庫の扉が轟音を響かせながら吹き飛んでいった。
 来た……!
 余裕さえ感じさせるゆったりとした足取りで接近する児玉に、敦は気合を入れ直す。

「お宅はんら、武装探偵社の方ですやろ。なしてそないに首を突っ込まはるのか。都会のお人は何を考えているのか皆目検討もつきまへんなぁ。何なら依頼料はうちで払うさかい、手ぇ引いてくださいませんやろか。こちらとしても、時間を無駄にしたない」
 男の威圧感に気圧されそうになりながらも、敦は唇を真一文字に固く結んで耐える。児玉は返答がないことを初めから分かっていたかのように、
「しかもこないな場所に誘い込むなんてなぁ。屋内だろうがうちの風にはなんの障害にもならんことは、前回ので理解していただけてる思いましたけど」
「……それはやってみなければ分からないぞ」
「若いからって威勢だけでどうにかなるわけと違いますえ。……まぁ宜しい、時間が惜しいさかい、一気に片付けましょか」
 糸のような目を更に吊り上げた児玉が行動を起こす前に、敦が先手を打った。四肢を虎に変え、俊敏な動きで男の周りを移動し続けながら、あちらこちらに強烈な拳を叩き付ける。

 その闇雲にも思える攻撃に児玉も最初こそ胡乱げな眼差しを向けていたのだけれど、異能である風に砂が混入していることに気が付いて襟を正した。
「なるほど……。この短い時間でよう考えはりましたな」
「確かにお前の風は目に見えないから厄介だけど、こうして砂でも混ぜてやれば、攻撃の方向や大きさを目視することは可能だ」
 積荷に土砂が多かったことで閃いた策である。太宰の意図は確りと敦に伝わっていた。
「動きさえ分かってしまえば、後は避けるだけ。お前の風は威力こそ脅威だが、速さは僕の足のほうが上だ」
 そう言って意気込む敦に、児玉はおもむろに拍手を送り、
「良う出来ましたと褒めてやりたいところやけど――見えても避けられなければ、意味はないんやで」
「…………!」
 児玉が両腕を掲げると、これまでの比ではないほどの暴風が敦に牙をむいた。




 昨夜銃撃戦のあった倉庫街からそう遠くない路地裏で、鴻は膝を抱えて座っていた。
 人の気配どころか街灯すらない暗闇に、そうでなくとも残り少ない対抗心を吸い取られそうになるものの、傷付いた内藤の姿が脳裏を過ぎったものだから懸命に己を奮い立たせる。そして何かを決心したように腰を上げた。
 彼には自分のことなど捨て置いて京へ帰るよう言いつけてある。大体あの傷では動くことすらままならないはずだから、引き止められることもない。
 己を諭すようにそう結論付けた鴻は足を踏み出したのが――数歩進んだだけで止まってしまう。

「よう、見つけたぜ、お姫様」
 夜空をそのまま切り取ったかのような黒い外套とトレードマークともいうべき帽子を被った中也が、彼女の行く手を塞いでいた。気配を一切感知させないあたり、ポートマフィア幹部の名は伊達じゃない。
「街中での目撃情報がないんでもしやと思って探りを入れてみれば、こんな近くにいやがるとは」
 中也が萎縮する鴻との距離を詰める。
 こうして間近で目にすると益々、女の美貌は輝いて見える。しかも目線を下げればその小柄さに似合わず大変情欲をそそる体つきをしており、こんな極上の女におねだりされたら男なんて簡単に陥落してしまいそうだ。車でも家でも買い与えてしまいそうになる。
 惜しいな……。
 ここが洒落たバーであったなら迷わず中也も口説くところだが、生憎と今は仕事中。

「昨晩は運よく窮地を脱したようだが、今夜はそうはいかねぇぞ。見たところ足を怪我して、歩くのもやっとみたいじゃねぇか」
「貴方、ポートマフィアの方ですか……」
「ご明察。昨夜はおたくの組長の能力を計るためとはいえ、銃なんか使っちまって悪かったな。まぁ、そのおかげであんたも捕まらずに済んだわけだし、おあいこか」
「露葉を敵に回すなんて……」
「生憎、うちはあんなヘボ組織にやられる程、柔じゃないんでね」
 中也は片方の眉を器用に上げ、
「あんた、これ以上被害を出さねぇために露葉へ戻るつもりだったんだろう」
「それは……」
「悪いことは言わねぇ、諦めろ。うちの首領があんたをご所望だ」
「ポートマフィアの……?」
 鴻がじりっと後ずさった。

「詳しい理由は俺も聞き及んじゃいねぇが、別に殺そうってわけじゃねぇだろう」
「……お断りします」
「おいおい、勘弁してくれよ。俺に女をいたぶる趣味はねぇし、首領にも極力穏便に事を進めるよう仰せ付かってる。それでなくともあんたほどの美人を追い掛け回すのは気が引けるんだ。お互い、友好的にいこうぜ」
 中也にしてはかなり下手に出た提案だった。
 とはいえ可哀想だがその後のことは彼も与り知らない。これだけ類まれな美女なら利用価値は多分にあるだろうし、すぐに始末されるということはないだろう。何なら自分が願い出て、身柄を引き受けたっていい。
「さぁ、そろそろ決めろ。黙って俺に着いてくるか、力ずくで攫われるか……。これは俺のお節介だが、大人しく従っておいたほうが後々のためだぜ」
「…………」
 中也の忠告は殆ど脅迫に近い。
 ぎゅっと胸の前で白魚のような両の手を握り締めた鴻は必死に逃走の糸口を探すが、退路は既に中也の部下によって塞がれているためどこにも逃げ道はない。

「ほんっとうに中也ってば、女性の扱いがなってないよね。そんなだから背も伸びないし、もてないのだよ」
 暢気な男の声が、緊張感を孕んだ雰囲気をぶち壊した。
「……んな、クソ太宰?! 手前、どっから入ってきやがった!」
「そりゃあもう、正々堂々と正面からに決まってるじゃない」
「そんなわけあるか! 俺の部下が見張ってたはず――」
「ああ、そういえば珍しく独活の大木が群生していたっけ。今頃、揃って冬眠中だと思うよ」
「手前……!」
 中也はぎりぎりと歯軋りしながら、
「いや、それよりもだ。何だって手前がここにいやがる!」
「そりゃあ勿論、勇者たる私が大魔王からお姫様を助け出すためさ!」
「誰が大魔王だ!」
 吼える中也に太宰が受信機をちらつかせた。どうやら前回どさくさに紛れて、鴻に発信機をつけていたらしい。
「女に発信機つける奴が勇者とは、世も末だな」
「恐怖に震える儚げな美女を厳つい男が寄って集って追い詰めるのは、まさに魔王の所業だね」
「うるせぇよ!」
 軽口を叩きつつも手堅く背後を取った太宰の一挙手一投足に、中也は細心の注意を払う。

「積もりに積もった手前への鬱憤をここで晴らすってのも一興だな」
「ええ、そんな何年も前のことをまだ根に持っているなんて、中也ってば女々しいんだから」
「言ってろ! 女を守りながら戦うのは、手前だって分が悪ぃぞ」
「そうだろうねぇ」
「ああ……? 何だよ、随分物分りが良いじゃねぇか」
 拍子抜けする中也だったが、太宰は気にも留めず、
「だって戦う必要がないもの」
「何だと?」
「君は捨て台詞を吐いて何もせず帰る」
 宣言する太宰にその手には乗らないと中也は能力――汚れつちまつた悲しみに――を発動したのだが、電話が着信を知らせたことで中断を余儀なくされた。
「誰だよ、こんな時に……!」
 悪態をつくも表示された番号が首領直通のものだったため、中也の背筋は自ずと伸びる。内容は任務中止を報せるもので、一方的に指示だけ出すと彼が返事をする前に切れてしまった。
「あれ、どうしたの、やらないの?」
 おそらく太宰は電話の内容を理解した上で挑発し、茶化している。
 額に幾本もの青筋を立てた中也は覚えてろよ青鯖と吐き捨てて、ぶつける先のない怒りを地面で発散しながらいなくなった。

「やれやれ……」
 息つく太宰の腕の中では、緊張の糸が切れた鴻が気を失っていた。


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