テラに来てから―――正確には、このブラン・バルっていう村に来てから、なんだかジタンの様子がおかしい。でも、おねえちゃんを休ませた後、ジタンは女の子に呼ばれたから、一度全員解散、ってことになった。
ボクは、何だかこの村の人たちを放っておけなかった。なんとなく、ボクと似ている気がしたんだ。拗ねているのとはまた違うけれど、自分自身のことを信じられないっていう、そんな目をしている人たちばかりだったんだ。
「ここの青い光、綺麗だよねえ……君たちも好きなんでしょ?」
村の人たちはみんな、ジッと青い光を見つめているんだ。ボクも、ブラン・バルに入ったときに最初に、綺麗、って思った。でも、
「この光は、我々に不快感をもたらす……」
ずっと話しかけていて、全く答えてくれなったのに、これだけはその人は答えてくれた。でも、表情は全く変わっていなかった。別に、不快だって顔もしてなくて。でもやっぱり、放っておけないという気持ちは変わらなかった。
そのとき、ボクは驚いた。後ろにジタンが立っていたんだもの。
「ジタン、何してるの?」
「何してるの……って、ビビこそ、何やってんだ?」
気のせいかな。青い光のせいなのかな。ジタンの顔が、青ざめているように見えた……。
「ここの村の人たちに話を聞こうと……この子なら、あんまり歳も変わんなそうだし……」
「無理だろ? そいつらに何聞いても、ロクな答えは……」
ジタンが、顔を苦し気に歪めてそう言った。声音からして、多分、ジタンは笑ったつもりだったんだと思う。でも、いつもの太陽みたいな笑顔とは、まるで違ったんだ。ボクは、ジタンがどうしてそんな顔をするのか分からなかった。
「う〜ん……でもなんだか、話せば伝わる気がするんだ……」
「へぇ……お前が、そんなこと言うなんてな」
見たことのないジタンが、そこにいた。いつもボクの身長に合わせて屈んで、優しく笑って頷いてくれたり、ちょっと肩を竦めてにんまりしたりするんじゃなくて、ジタンは堅い表情のまま、寧ろ、ちょっと蔑むようにしてボクを見ていた。
「何て言ったらいいのか……その……似てる気がするんだ……」
でもボクは、躊躇いがちに続けた。ジタンがそんな表情をするわけがないと思ったから。青い光の反射とかで、そういう風に見えるだけだと思ったから。
「似てる? どういうことだ? 俺に似てるのは見りゃわかるぜ?」
たしかに、この村の人たちはみんな、ジタンによく似てる。髪の色も、それに尻尾だって。でも、“他人の空似”っていう言葉をおじいちゃんに聞いたことがあったから、きっとそういうのだと思って、あまり気に留めてはいなかった。
「違う違う……そうじゃなくて……カーゴシップやクレイラで見た……ボクの仲間たちに」
ジタンが、驚いた顔をしていた。ボクが突拍子もないことを言ったからだと思った。
「全然、見た目は似てないんだけどね、一つだけわかるよ……」
ボクたちのような、単なる人形でしかなかった黒魔導士達のように、
「この子たちの心もカラッポなんかじゃない。もしかしたら、心がどこかにおでかけしてるだけなのかもしれない」
青い光を振り返ってボクが言うと、「カラッポじゃない、か……」と呟いて、いきなり歩き始めた。
「あれ? ジタン、どこ行くの?」
フラフラと歩いていくジタンの背中に、ボクは問いかけた。
いつもなら、元気よく答えてくれるはずなのに。ジタンは、何かに導かれるようにして、歩いて行った。何故だかボクはそのとき、ジタンの後を追えなかった。
それから割とすぐに、エーコとクイナが走ってきた。ジタンを連れてきてほしいって、おねえちゃんに頼まれたんだって。クイナも、何だかジタンの様子がおかしかったから、心配になって一緒に来たみたい。だから、ボクも一緒になって、ジタンの後を追いかけた。
“彼は自ら望んで、ガーランドの元に行ったわ”
“そう、自分の存在理由を知るために……”
“自分はガイアの敵だ……。そう言って彼は、パンデモニウムの門をくぐった……”
* * *
ボクたちは、パンデモニウムっていう複雑な構造のおっきなお城に入った。勿論、ジタンを捜すために。
途中で沢山のモンスターに襲われもして、全員で動くにはちょっと無理があった。それで、小柄なボクとエーコは戦いの隙を狙って、モンスターをみんなに任せて先を急いだ。本当に、本当に、一番奥にまでやってきて、エーコが悲鳴をあげた。
「ど、どうしたの、エーコ」
「あれ……! ジタン! ジタン!!」
エーコが指さす方向に目をやると、変な装置で崩れるようにして眠っているジタンの姿があった。ボクも吃驚して、エーコと一緒になって駆け出した。まるで、死んだみたいに……うぅん。なんか、ちょっと違うような……とにかく、そう思ってしまうほどジタンは、ただ眠っていたんだ。
何度も何度も呼びかけていると、ジタンはようやく目を開けてくれた。外傷もないみたいでホッとしたんだけど、ボクはジタンの目を見て思わず、固まってしまった。
「よかった、気が付いたのね! まるで死んじゃったように眠ってるから……」
違う、とボクは思った。違う。“死んじゃったように”じゃない。
―――“人形みたいに”、だ。
ジタンの目が、いつもと違っていた。でも、どこかで見たことのある目だと思って、思い返してみると、ブラン・バルにいた人たちと同じ目をしていたんだ。ガラスか何かのような、透明で、何も映していなくて、自分自身を信じられなくて、それで……。
……いつかのボクと、同じ目を、していたんだ。
「そうか……俺は……」
ぼんやりと呟くジタンの声で、ボクは我に返った。
ボクは何を考えてるんだ。ジタンが人形なわけない。だっていつも、ボクを励ましてくれて、悩んだときには必ず手を差し伸べてくれて。魂の抜けたような目をしているわけが、ない。ボクの、見間違いだ。慌てて、声をかける。
「心配したんだよ? 一人で行っちゃうなんて……」
ちょっとジタンも、混乱してるだけだよね?
いつもみたいに、わりぃわりぃって、笑ってくれるよね?
「……何しに……来たんだ?」
エーコとボクが、固まった。
体を起こしたジタンから発せられた声は、いつもみたいな明るい声じゃない。ざらついていて、感情がこもっていなくて、何となく機械的で、低い。
嘘だと、思った。こんなの、ジタンじゃない。ふざけてるだけだよね?
「え? そ、それは勿論ジタンを……」
「大変だったんだからね! ジタンが一人で行っちゃって……」
ジタンは変な装置からおりると、よろよろと歩き始めた。ジタンの背中は、ついてくるな、と言っていた。
「余計なことをするな……」
ジタン―――?
「これは、お前たちには関係ない問題だ……」
嘘だと……思った。こんなの、ジタンじゃない。ふざけてるだけだよね?
ふざけてるだけでしょ? ねえ。ジタン。
ジタンが、振り向かない。一回も。重い体を引きずるようにして、歩き続ける。
「またそうやってカッコつける!! ジタンだけの問題なわけないでしょ!?」
叫んだエーコに、そうだよ、とボクは頷いた。
「ねえ……ジタン。無理しないで、一緒に……」
はあ、とジタンが苦しそうに息を吐き出す。
お願い。ジタン。こっちを向いて。ボクたちを頼って。いつもジタンがしてくれていたように、ボクたちだって、ジタンのことを―――
「うるさい……」
耳を疑った。
エーコも、ボクも、息をするのを忘れた。……“うるさい”……?
「ガキは……黙ってろ……」
「ジタン!?」
ジタンは、最奥部であるこの部屋から出ると、ガシャン、と入口を閉めてしまった。これではボクたちは、ジタンの後を追いかけられない。
ジタンの体はフラフラだった。一体、ガーランドって奴に何をされたのかわからないけれど、閉めた門に一度よりかかり、呼吸を整えていた。
「ジタンってば!!」
格子の向こうにいるジタンに、エーコは声を張り上げた。
「ムチャだよ、ジタン!!」
ボクも負けずに、声を張り上げる。
こんなに沢山、こんなに必死に、エーコもボクも呼んでいるのに、ジタンは一度だって振り向かない。
「ゴチャゴチャうるせえ……ガキどもだな……」
どうして、そんなこと言うの、ジタン……。
うるさくたっていいよ……エーコもボクも、ジタンから見れば子供だよ。それでもいいよ。だから、ジタン。お願い。一人で、悩まないでよ……。
どこからか、鳴き声が聞こえた。ボクたちがジタンを追いかけてパンデモニウムに来た時、方々で見た飛ぶタイプのモンスターの声だ。
エーコとボクは焦った。だって、スタイナーのおじちゃんやおねえちゃんがいても、フライヤのおねえちゃんやサラマンダーさんがいても、そう簡単に倒せる相手じゃない。なのにジタンは、一人で戦うっていうの?
ふらついたまま、ジタンはホルスターからオリハルコンを抜いた。
「ガキには分からねえ……オトナの世界ってもんがあんだよ……」
モンスターが襲い掛かってきて、ジタンは宙返りをしてかわした。でも、その一つ一つの動きでさえおぼつかなくて、何度も鋭利な嘴がジタンの体をかすめていく。
「ど、どうするの、ビビ!! このままじゃジタンが! ジタンが!」
「そ、そんなこと言われても……」
ボクだって、ジタンを助けたい。隣ではエーコがすっかりパニック状態だったけど、どうしたって門が開かなければ、ボクたちには手段が何もない。格子の隙間から魔法を放っても狙いが定まらなくて逆に危ないだけだった。
「ぐあ!!」
ジタンが派手に弾き飛ばされて、地面の上に転がった。
「ジタン!!」
「ジタン、ここを開けて!!」
ボクは必死に叫んだけど、やっぱりジタンはこっちを振り向かなかった。
どうしたらいいんだろう。ボクはジタンに沢山沢山、大事なものをもらったのに。ボクは何もしてあげられないの? ねえ、ジタン。
「苦戦しているようじゃな」
そのとき、馴染みある声がして、エーコとボクは思わず顔を見合わせた。次の瞬間、モンスターから苦しそうな声が漏れる。高く高くジャンプして、落下の衝撃を利用したこの技は、フライヤのおねえちゃん以外いない。
フライヤのおねえちゃんはジタンの傍におりると、すかさず、持っていたポーションをふりかけてくれた。
でも、それでさえジタンは、迷惑そうにフライヤのおねえちゃんを見返したんだ。何でいるんだ、という目だった。
フライヤのおねえちゃんが来てくれたとはいえ、やっぱり二人でもかなり辛い。と思っていたら、今度はモンスターの羽を背後から引き裂いて、一人の大きな男の人がジタンの近くにやってきた。
「世話の焼ける奴だぜ、全く」
サラマンダーさんだった。サラマンダーさんも迷惑そうな顔をしてたけど、ジタンのとはちょっと違った。
三人がかりでモンスターを倒した後、フライヤのおねえちゃんとサラマンダーさんがジタンを見た。それでもやっぱり、ジタンは二人を振り向かない。エーコやボクへのものと同じだった。
「一人で行くなどと……無謀にも程があるのではないか?」
少し、フライヤのおねえちゃんが詰るように言った。でも、ジタンは何も答えない。
「人にはお節介やいといて、てめぇは自分だけで全て解決か?」
呆れた口調のサラマンダーさんに、ジタンはほんのちょっぴり、肩を竦めた。やっぱり、振り向かないで言う。
「助けてもらわなくてもあのくらいの敵、一人で何とかなるさ……」
「待たぬか、ジタン!!」
ジタンは、フライヤのおねえちゃんとサラマンダーさんのことも振り切って、目の前で通路のドアを閉めてしまった。
「ジタン!」
門の向こうから叫ぶと、フライヤのおねえちゃんとサラマンダーさんが近づいてきてくれて、門を開けてくれた。
「エーコ、ビビ、おぬしらも……」
「ジタン……全然、あたしたちに頼ってくれない……」
エーコが、今にも泣き出しそうになりながら小声で言った。
ボクは試しにジタンの後を追いかけてみようと、通路のドアを叩いてみたけれど、しっかり閉ざされていて開きそうになかった。
「あの大馬鹿者め……!」
フライヤのおねえちゃんも、悔しそうに呟いた。
張りつめた空気の中、ボクは小さく首を横に振る。それを、サラマンダーさんが、フライヤのおねえちゃんが、エーコが、怪訝そうに見つめてきた。
「……大丈夫。ジタンは強いから。だから……」
ボクは、自分に言い聞かせるように頷いた。
「だからきっと、戻ってきてくれる……!」
ねえ、ジタン。ジタンなんだよ、ボクに「信じること」を教えてくれたのは。
ねえ、ジタン。そうだよね? 戻ってきてくれるよね? だって、みんな、ジタンのこと待ってるよ。それで、みんな思ってるよ。
ジタンのこと、助けたいって。
『ガーランド……悲しいな、お前は……。俺たちは知っている……完全じゃない俺を、助けてくれる仲間がいる……。それだけでも、十分に生きてる意味があるってこと!!』
fin.
「独りじゃない」イベントのビビ視点でした。ビビは、かなーり序盤からジタンと一緒に旅をしてきたわけで、途中で一度も離脱しません。意図的に外そうとしない限りずっと一緒にいます。そんなビビにはジタンのイメージがこの頃には確立してる頃かと思うんですが、そこでジタンが今までにない行動を起こしたら「えっ」てなると思うんですよね。
ただ、だからといって「そっちが本性かよ」ってならないのがビビだと思います。ビビってジタンの表面だけじゃなくて、ちゃんと内面も見てるイメージ。だからこそ無茶してるって分かってるし助けたいと思ってるから、あんなに奥まで迎えに来た。
幼い分、必死に頭を巡らすビビが。可愛くてたまらんです(これが言いたいだけ)