ROUTE:×××××

トト | update : 2015.4.22
「もしももう一度やり直せたら……」カノとシンタローがお互いに気付く、こんなROUTEももしかしたらあったのかもしれない。


 どうしてこんなことになったんだ、と思った。それを思ったのは、きっと姉ちゃんが「あっち」に行ってしまったときから。
 ……いや、違う。もっと前。
 買い物を済ませて、留守番という大切な任務を続行しようと家に帰り、そこで、縛られた母さんと見知らぬ男を見たときからだ。そう、あのときから、僕は現実を呪いたくて仕方がなかった。
 目を「欺く」能力。母さんを代償に、僕が得た力。当時は訳が分からなかったし、生きるも死ぬも意味のあることとは思えなくて、ただ空っぽの毎日を過ごしていた。そんな中で、まさか僕と同じように「赤い目」を持つ子に出逢うだなんて、思いもしなかった。公園で見かけた少女――のちに姉ちゃんだと分かったわけだけど――と会ってから色々変化があったように思う。その変化の中で、雪降る場所にひっそりと(がっつりいたんだけど)姿を現した少女なんかは、記念すべき僕の友達第一号になったわけで、そのときだけは純粋に嬉しかったし、初めて、現実に「意味」を認めることができていた気がする。化け物、だなんて孤児院では言われ続けていたけど、強気の少女に弱気の少年と過ごした日々は、決して無意義であったとは思わない。勿論様々な障害はあったけど、最終的に僕達で、大好きな姉ちゃんに出逢うこともできたし、アヤカさんとケンジロウさん、つまり、身寄りのない僕達にまた、母さんと父さんができたことの嬉しさは当然格別だった。
 でもまた、大事な人達を奪われた僕等は、世界を憎んだ。憎むだけに留まったのは、姉ちゃんが僕等を支えてくれたからだ。笑顔で全てを覆い隠して、「大丈夫」を繰り返してくれる、本人にとっては残酷な一方で僕等にとっては暖かい、真っ赤なヒーロー。
 ひょんなことから僕は、姉ちゃんの悩みを聞くことになった。そして知る。この世界は、どうしようもなく僕等を嫌っているということを。

「世界を嫌いにならないで? きっと皆で幸せになれるから」

 世界を嫌いになるな、だなんて、最期にしては随分難しい任務を残して、僕等のヒーローはいなくなってしまった。挙句の果てに僕は、全ての元凶とも言える「目が冴える蛇」の傀儡となって、奴が消えなくても済むように良い様に扱われた。
これまで自分の表情を隠すために乱用してきたし、幼い頃はこの奇妙な能力を大変に面白がったし、場合によってはこの能力のおかげで人を笑顔にすることだってできた。しかし、このときばかりは、どうして僕がこの能力を持ってしまったんだと、泣き叫びたいほどに思った。

 世界を嫌いになるなだなんて、無理がある。母さんもいない。姉ちゃんもいない。僕が死体をでっちあげる。人を無理矢理カゲロウデイズに引き込む手伝いをさせられる。一つでも従わなければ、皆アウト。
 こんな世界をどう好きになれって言うんだ。

 あのとき、僕が公園なんかで時間を潰していなければ。
 あのとき、僕がもっと早く買い物から戻ってきていれば。
 あのとき、僕がずっと家の中にいさえすれば。
 あのとき、飛びかがる以外に男を攻撃する手段さえ思いつけば。

 あのとき、姉ちゃんに声をかけなければ。
 あのとき、楯山家に引き取られることを拒否していれば。
 あのとき、もっと僕が周りの変化に気付けていれば。
 あのとき、僕が姉ちゃんをもっとしっかり止めていれば。

 あのときあのときあのときあのときあのときあのときあのときあのときあのときあのときあのときあのときあのときあのときあのときあのときあのときあのときあのときあのときあのときあのときあのときあのときあのときあのときあのときあのときあのときあのときあのときあのときあのときあのときあのときあのときあのときあのときあのときあのときあのときあのときあのときあのときあのときあのときあのときあのときあのときあのときあのときあのとき………

























 ―――もういちど やりなおせたら―――









「俺はまだやり直したくない」

 呆けてしまった。話があるとか随分珍しい事を言ったかと思えば、引きこもりらしからぬことに散歩に誘われ、身も蓋もない会話を重ねながら歩いて来てみれば、ある公園で立ち止まった。さっさと入って行くので僕もその後ろに続く。
 ああ、ここ、あの子達を引っかけたところだ――と思い出しかけて、ぐっと奥歯を噛んだ。お得意の能力で、悔やんだ表情なんかは隠してしまう。慣れたものだと自嘲の笑みさえ浮かんでくる。
 時刻は真昼間。それも平日だ。学校に行っていない僕等しか公園にはいなかった。ブランコに彼が腰かけたので、僕もそれに倣って隣りのブランコに腰かける。錆びた太い鎖が、ぎぎっと不愉快な音を立てた。
 何が悲しくて男二人で公園にいるのだろう、それもよりによってこんなヤツと。
 そんなことを考えていたら、出し抜けに言われたのが先ほどの言葉だ。俯いたまま発せられた言葉なので、表情が今一つ見てとれない。僕は軽く覗き込むように前のめりになりながら、軽くブランコを揺らして答えた。

「え、やり直したくないってさっきのボードゲームの話?」

 へらりとした笑顔で全てを隠す。
 僕等は先ほどまで、アジトで簡単なボードゲームをやっていた。セトに買ってもらった雑誌についていた双六なのだが、これが付録とは思えないほどなかなかのボリュームだった。マリーがそれを皆でやりたいとせがんだので、最初はキド、セト、マリー、そして僕の四人でやろうとしていたのだ。が、エネちゃんの安眠妨害と強行によって珍しくお昼前からアジトにやってきたシンタローくんも加え、結果五人で双六をやっていた。
 だが、やはり質は「おまけ」程度でしかなく、無駄に「〜マス戻る」というマス目が多く、結構な時間、皆が格闘した。運に嫌われたら最悪スタート地点近くまで戻ることになるという理不尽な作りだったのだ。そして、驚異的な運の無さを発揮して見せたのは、他でもないシンタローくんだった。彼の幸薄さには恐れ入る。

「負けることが楽しかった感じ? うわー、シンタローくんもしかしてマゾ気質だったり」
「まだ終わりじゃねえから」

 被せられた言葉に、思わず言葉を止める。
 顔を上げたシンタローくんは、僕の方を見るでもなく真っ直ぐ前を向いていた。その目に何が映っているのか、僕には分からない。

「もしかしたら、『ここ』は『アタリ』かもしれない。だから俺はまだ、『ここ』に賭ける。勿論確証は何もないし、『ここ』も『ハズレ』なのかもしれない」
「ちょっと待って、シンタローくん何言ってるの? とうとう頭いった?」

 もう一度やり直せたらどんなにいいか。
 そんなことは今までに何回も、何十回も、何百回も思ったことだ。でも、さっきボードゲームをしているときに、何度もマス目を戻って行く様を見て、こんな風にコマを後ろにやるだけでやり直せたらいいなぁ、と思ったことは否定しない。否定しないし、心から思ってしまったから、自然と口から零れてしまったのも覚えている。ズルはダメ、とマリーに睨まれてしまったから苦笑で逸らせばいいだけの話だったが。
 シンタローくんが片手で拳を作り、その拳をもう片手で包むようにして被せ、ギュッと両手の力を込めるのを見た。少し肩がすぼめられるし、力の込め過ぎで手が少し震えているのですぐに分かった。

「カノ、お前はさっき、『もう一度やり直せたら』って言っただろ」

 何を言っているのか分からない、という表情に欺く。キミには関係ないだろ、如月シンタロー。姉ちゃんを、僕等のヒーローを、助けられなかったくせに。

「うん、言った言った。ほら、僕なんてゴール目前にして何度も後ろのマスに戻されちゃってさぁ、やり直したくもなるでしょ?」

 だからこれ以上踏み込むな。

「……『やり直せたら』なんて思う現実はごまんとある。けど、どこかでそれは、終わらせないといけない。『やり直せたら』なんて思ってたら前になんか進めやしないんだ。だから俺は、『やり直さなくていい』現実が欲しい」
「シンタローくん、いよいよわけわかんなくなってきた。ボードゲームでそんなに思いつめちゃった?」

 シンタローくんが目を瞑る。そして、僕の方をやっと向いた――― 
 ――――赤い目で。

 思わず僕は息を呑んだ。
 何で? どうしてシンタローくんが? だってキミだけは、僕等とは違って、ただ引きこもっていただけの、

「…『ここ』では俺は、『覚えてた』んだ。今までのこと、全部」

 自分を嘲る笑みが、僕と似ていることに気付いてしまって、愕然とした。分かりたくもないのに、目を合わせて喋ってくれると、シンタローくんの気持ちが手に取る様に分かってしまう。いずれも、僕と同じような感情だった。

「ははっ…冗談じゃねえって、ほんと。…最初に、『これ』に気付いたとき、頭おかしくなりそうだったわ。いくら俺の頭でもキャパオーバーだよ。情報量多すぎだ」

 泣き出しそうに笑うシンタローくんを前に、僕の目が妙に熱くなっているのを頭で感じる。そう、使いすぎて忘れそうになっていたが、これが「能力を使う」ということなのだ。

「……何回やり直しても誰かしら死ぬ。いや、全員死んでるのか。ほんと自分の無力感に腹立つ…って、俺も毎度死んでるんだけど。こうしてられるのはマリーのおかげだな」

 僕の方も、頭がキャパオーバーを迎えかかっていた。
 どうしてシンタローくんがマリーの事情まで知っている? 何回やり直してもってどういうことだ? 
 必死にシンタローくんの言葉を自分なりに整理しながら、口を開く。喉から出て来る声がつっかかるように出にくくて、情けないほどに震えている。もう余裕がなくて、ブランコを無造作に揺らしていた足は完全に止まっていた。

「『ここ』は…何回目?」

 彼の赤い目が細められる。淡々と告げられた数字は、ちょっと想像が出来ないほどに夥しい数だった。
 それからシンタローくんは、軽くだけど説明をしてくれた。八月十五日が、何度も何度も繰り返されていること。メカクシ団が殺されていく様を、何回も何回も目の当たりにしていること。僕は拳銃で殺されたり素手で絞め殺されたりと色々あったらしい。そう言っているシンタローくん自身も、拳銃で殺されたり素手で絞め殺されたり、自殺することもあるのだという。
 一体どういう巡り合わせで、僕は彼とこんな話をしているのだろう。
 そこで、ふと彼の赤ジャージが目に入ってくる。
 赤は僕等にとって思い入れの深い色。ヒーローの色だ。姉ちゃんの色だ。

「もう今更なのは分かってる、だけど…」

 シンタローくんは最後に言った。姉ちゃんを助けたい、と。
 『ここ』にいるシンタローくんは、世界の在り様を既に『覚えて』しまっている。彼が言うには、その繰り返してきた世界を知っていることこそが能力であり、「目に焼き付ける蛇」の能力らしい。だが、世界が新たに廻ってくる度に、一度は「目に焼き付ける蛇」の存在すら忘れてしまう――つまり、能力を閉じてしまうらしい。だが、「焼き付けた」こと自体はなかったことにならないので、ふとした瞬間に全てが甦ったりする可能性があるのだとか。
 そんなわけで、早い段階から「覚えている」ことを自覚した『ここ』は、かなり稀なケースのようだ。全てが分かった上で、きっと対処法を見つけられるはずだと、『ここ』に今望みを賭けているらしい。それを皆に伝えないのは、伝えたことによって世界が乱れ、あっという間に『ここ』が壊れてしまうことを防ぐため。

「…って、じゃあ何で僕には言ったのさ?」

 決まりが悪そうに頭を掻くと、ぽつりと一言。

「お前だって、限りなくカゲロウデイズに近いところにいるから」

 あと「やり直したい」なんてとんでもないことをサラッと言ってるからムカついた。そう付け足されたものの、彼は全てを「見て」きた、全てを「覚えて」いる。それを聞いたばかりなのに、ここまで言い切られてしまうと苦笑いしか漏らすことができなかった。キミなんかに理解されたくないんだよ、とでも言ってやりたい。
 ただ、それを一人で背負い考え続けていたという姿が、ある日の姉ちゃんと重なって見えたなんてことは、死んでも言ってやらない。
 そう、恐らくシンタローくんの言い草から、『ここ』はこれまでと明らかに違う。ましてやシンタローくんの能力が既に開花している時点で変化は明らかだ。ただのヘタレヒキニートというわけではない。『ここ』なら、もしかしたら―――

「ああ、見つけた」


 一回の瞬きにかかる時間は何秒程度だろうか。声が聞こえて、僕とシンタローくんは二回、瞬きをした。
 一回目の瞬きをして見えたのは、黒い影。二回目の瞬きをして見えた――違う。感じたのは、顔面への圧力。
 みしみしと嫌な音を立てている。顔面を鷲掴みにされていることを認識するのは、案外言うほど難しいものではなかった。隣りのシンタローくんもくぐもった声を微かにあげているので、似たような状況なのだろう。


「見つかって良かったよ」


 引き笑い。嘲笑。耳障りな声が、黒い蛇に形を変えて耳の穴に侵入してくるかのような気持ち悪さと異物感、そして全身を締め付ける様な圧迫感が、いっぺんに襲ってくる。呻き声のようなものすら出すのを許されない。首に纏わりついた蛇が、細い舌を震わせて獲物を待ち構えているかのような―――

「では、また。次の『世界』で」





 ぐしゃっ。




>>>>BAD END



fin.


本音を申し上げますと、私はハッピーエンド以外書けません。でもそれですとあまりにバリエーションがないと言いますか、ちゃんとバッドエンドも書ける立場でありたいと思い執筆に至りました。はっきり言います。書いてて物凄く胸糞悪かった。だめだ。私だめだバッドエンド。多分バッドエンド作品はこれが最初で最後になるかと思います。シンタローもカノもごめんね、二人とも好きだよ。この二人には、いがみ合わないでちゃんとわかり合ってくれたら嬉しいですね。
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