死んだ「兄貴」と元気な「俺」

トト | update : 2011.9.21
腹違いどころか、全くの赤の他人。そんな彼女と彼は、全くの血の繋がらない兄妹になる?初対面のはずだった二人の距離感が、奇妙な形で埋まって行く。


 「兄貴」なんてものは、一人っ子の俺にはどういうもんなのか全然分からなかった。そんな俺が、「兄貴」を理解することになるのは、思いもよらない出来事がキッカケとなったんだ。

 俺が「妹」に会ったのは、高校一年生のとき。まだ高校に入学して間もない頃だった。
「勇輝くん…?」
 あいつは、恐る恐る俺の名を呼んで、自分の席を離れて近づいてきた。クラスでは全員の自己紹介が数日前に行われたばっかりだったが、当然誰がどういう奴なのかなんて覚えてられないわけで、俺はその女子生徒の名前も何も覚えていなかった。
「そうだけど……」
 俺は人見知りではないが、それでも全然会話なんてしなさそうな奴に声をかけられると、ちょっと動揺する。正直、俺、あんまイケメン類じゃないし、勉強も運動も悪くなければ良くもない中途半端な奴だし、女子が一目惚れとかはまず有り得ない。
 カチューシャをつけたそいつは、俺の反応を見て、少し残念そうな顔をした。
「えーっと…あたしのこと、覚えてない?」
「え」
 覚えてない? と言われても、俺はまず、初対面だと思ってたんだが。少なくとも、中学が一緒だったら顔を見たことくらいはあるはずだ。それがないってことは、中学も違うはずだし…。塾かな、とも思ったけど、俺は塾連中とは男女問わず凄げぇ仲良しだ。その中に、こんな女子がいた記憶はない。
「…初めまして、じゃ?」
 あああああ、俺のバカ。その女子は明らかに落ち込んでいた。いくら不器用っつっても、いや女子相手に話す機会がなかなかなくて、慣れていないにしても、もっと言い方あるだろ!? 露骨すぎるだろこれじゃ。遠まわしって一番痛てぇよ、普通に“覚えてない”って言ったほうがまだダメージ少ねぇよ!
「あの……じゃあ、初めまして」
 凄げぇガッカリした顔で言われた。こんなに気まずい挨拶は初めてだ。
「あ〜…名前は?」
 もしかしたら、名前聞けば思い出すかも知れない。
「高峰千紘です」
 俺は名前を聞いて、一分くらい頭をフル回転させた。結論、覚えていない。
 すると、高峰はクスリと笑った。
「いや、あたしの名前聞いても、思い出さないと思うよ? あたし、勇輝くんに名乗ったことないし」
 なんだそりゃ。面識あるんじゃねぇのかよ。ていうか、俺のことを下の名前で呼ぶ辺り、なんか親しい関係、って感じがする。いや実際は見ての通り、全然そんなことねぇけど。
「ごめん、勇輝くん。苗字なんていうの?」
 はぁ? 苗字? 何が起きてるのかサッパリわからん。名前を覚えてて苗字がわからねぇって、こんなパターン初めてだ。
「畑岡、だけど」
「……なんか、予想と違う」
「いや知らねぇよお前の予想は」
 一体どういう苗字を予想してたんだよ。
「あのね。あたし、中学のとき、O校で勇輝くんのこと何度も見てるの」
 しかも苗字聞いといて結局名前呼びを突き通すのか。謎だらけだなオイ。
 そこで、ふと俺の頭に、高峰の口から出た学校名がひっかかった。O校っていえば、あれ? たしか、えーと。
「二ヶ月に一回は、俺、行ったよ」
「でしょ? バスケの練習試合やりに」
 そうそう…って、は?
「…なんで知ってんの?」
 俺は中学の時、男子バスケ部に入部していた。別に強豪校って訳じゃあなかったけど、バスケ部ってのは定期的に練習試合やって、強かろうが弱かろうがハードな練習を重ねていくのが常だ。
 O校は、俺のいたN校としょっちゅう練習試合をしていた学校だ。顧問が元々O校に勤めていて、N校に移ってからも何かとO校のバスケ部顧問と連絡を取り合っていたらしい。多分、そういうわけで練習試合を一番申し込みやすい学校だったんだと思う。部員にも、嫌という奴はいなかった。結構同じ位のレベルだからいい練習試合にもなったし、別にO校はそこまで遠くもなかった。電車を乗り継いで山が見える様なところまで行くよりかよっぽどマシだった。
「あたし、そのO校の、女バスのマネやってたの」
 マネージャー? しかも、女バスの? さらに分からん。たしかに女バスが男バスの練習試合を見学に来たり、オフィシャルをやってくれたりした記憶はある。だけど、その中で特別、俺のことを覚えることになるようなこと、あったっけか?
「ん〜、覚えてないかな。あたしとかがオフィシャルに入ったときさ、準備中に勇輝くんがバスケットボール投げ損ねて、タイマーにぶつかったことがあったでしょう?」
 そういえば、そんなことはあったな。タイマーが激しい音を立てて机から落ちて、時間は狂うわ点数表示とかも点滅始めるわ、その挙句俺は顧問に頭を打っ叩かれた記憶がある。
「あのとき、すーっごくオロオロしてたよね」
「俺が?」
「ううん。あたしが」
 記憶を手繰り寄せる。俺が「悪い」と謝る中で、「いいよいいよ」と言いつつも涙目になってる女子生徒がいた気がした。仕方ねぇから、俺は自分の練習を中断して、そのオフィシャルの乱れを直すのに手を貸した。
「あのときね、すごく、すごく、助かったの!」
 なんか物凄い嬉しそうに笑うから、俺もつられて笑った。よくもまぁ、そんなどうでもいいようなことを覚えてるもんだ。
「お兄ちゃんみたいで!」
 ほー。そーかそーか、そりゃ良かった……ってちょっと待て。
「お兄ちゃんみたい? 俺が?」
 別に俺はお兄ちゃんキャラじゃないぞ。友達の面倒見がいいわけでもないし、あのときは俺が悪かったから仕方なく手伝っただけだし。
「何で俺が、って思ってるでしょ?」
 クスクス笑いながら、高峰が言う。
「やっぱり、お兄ちゃんそっくり」
 さて、そろそろ説明してくれねぇと、俺の頭がオーバーヒートしそうだぞ。なんだ、“お兄ちゃんそっくり”って。一体何のことだ。
「ああ、ごめんね、いきなりこんなこと言って」
 ずっと口許に手をやって、笑っていた高峰が俺を見上げる。その瞳が、妙に潤んでいることに気付いた。可愛い女子に上目遣いで見られると男子はときめくとか言うけど、正直よく分からない感覚だ。だから、それとは全く別の意味合いで、俺はドキッとした。だって、なんか泣きそうだったもんでな。
「ちょっと待て、なんで目ぇ潤んでるんだよ。笑ったと思ったら、今度は泣くのか?」
 うおぉ、俺の貴重な昼休みが。
最初はちょっと話しゃ満足してくれると思ってたが、そうもいかなくなってきた。何が起きてるのか訳わかんねぇのに、ここでいきなり泣かれたらマジで分からんし、俺が泣かしたみたいになってくる。入学早々、女子を泣かした男子として知られたくはないぞ。
「あ、違う、違うの。ごめんねごめんね」
 慌てて目を擦る。なんだってんだよ、本当に…。
「あたしね、お兄ちゃんがいたんだ。二つ年上の。すっごく優しくて、一昨年までベッタリだったの」
 ブラコンかよ。
「死んじゃった後に、勇輝くん見たから。なんか重ね合わせちゃって。ごめんね、本当に」
 あー、なるほどなぁ。俺を死んだ兄貴と重ね…ってはぁ!?
「…死んだの?」
「うん。一昨年、交通事故で」
 なんてこった! 思いのほかとんでもなくヘビーな内容だぞ!死んだ兄貴に俺が似ている!? やばいぞ、なんだこのドラマみたいな展開。
 俺の頭ん中は真っ白だ。マジで。だって考えてもみろ。今日初めて喋ったような気がしてたクラスメイトの女子に、あれこれ話しかけられたと思ったら突然涙目になられて、その後の科白が「あなたが死んだ兄に似ています」だぜ? 動揺すんのが当たり前だ。
「あ〜、ごめんね。うん。気にしなくていいから。じゃあ、これからよろしくねっ」
 早口で言うと、高峰は俺の席から離れて、女子の輪に戻っていった。鞄から弁当出してるから、あいつもこれから昼飯なんだ。女子連中にニヤニヤされながら色々話しかけられてる。多分、俺と長いこと喋ってたから冷やかされてるんだ。その証拠に、女子連中に今から弁当食う奴はいない。イコール、食い終わってるってことだ。
 俺も、食おう…。弁当を鞄から出して、蓋にくっついてる箸を外し、右手に持つ。
「付き合ってください!」
 突然、明らかな男子の裏声でそう叫ばれ、俺に抱きついてくるクラスメイト。
「っ…! 邪魔だこの野郎!」
 箸をそのまま眉間に刺してやろうと、尖端を向けた。
「うえーい尖端恐怖症なんだぜぃ! やめて勇輝様っ!」
 ビシィッと両手を真上に上げるそいつ――――真琴に、俺は呆れ顔をする。
「俺はこれから飯なんだよ。邪魔すんな。シッシッ」
「何でそんな不機嫌なんだよー。いきなり女子に話しかけられてさぁ、お前どんだけ贅沢者か分かってんの?」
「バーカ。残念ながらそういう話題じゃなかったよ」
「え、マジで。かわいそーに」
「殺すぞ」
 きゃーと逃げていく真琴を見送り、俺は卵焼きを口の中に放り込んだ。
 だから、言ったろ。俺は恋愛運は皆無なんだよ。

 五時限目の授業中、俺は何となく一つ列を挟んだ右の、前の方の席に座っている高峰を視界に捉えては、考え込んでいた。普段、案外授業はちゃんと聞いてんだけど、今日はなんだか耳に入ってこない。

『あたしね、お兄ちゃんがいたんだ。二つ年上の。すっごく優しくて、一昨年までベッタリだったの。死んじゃった後に、勇輝くん見たから。なんか重ね合わせちゃって』

(んなこと言われてもよぉ…)
 いつもなら、女子の言うことなどいちいち気にしたりしねぇ。だが、それにしても内容が重かった。
 死んだ兄貴に俺が似てる、ねぇ…。
 ――――カチカチカチカチカチ…
 エンドレスでシャーペンから芯を出す。俺は考え込むといっつもこうなるんだ。何かを手元でいじくってねぇと落ち着かない。
「畑岡」
 突然呼ばれて、俺はゆっくり顔を上げる。英語の先生が、こっちを見てた。やべぇ、俺あの先生とは仲悪りぃんだ…。入学式の二日後くらいの初授業で、なんか超ムカツクこと言われて、堂々と反論しちまったんだよなぁ。
「この長文、和訳してみろ」
「あー、はい。えーと、……え〜〜〜っと……」
 教科書持ち上げてオロオロしてる俺を、高峰は心配そうな顔で見ていた。元はといえば、お前のせいだぞ。
 六時限目。ああ畜生、ダメだ俺…。はっきり言って、女の涙目なんて見たの初めてだった。なんか、妙に頭に濃く残ってる。別に俺が泣かしたわけでもねぇのに、「似てる」って言われて罪悪感が。
 結局、この授業もほとんど耳に入らなくて、先生に教科書の角で頭を叩かれた。うぅ、ちょっと痛かった…。
 だから、お前こっち見るなって。誰のせいで、俺が教員に怒られてるって思ってんだよ!
 掃除の時間。机を前につめて、空いた後ろの空間をホウキで掃いていく。俺はこう見えても綺麗好きなんだぞ。お、埃だ。こういうデカイの見ると楽しくなるんだよな、なんか綺麗になるって気がして。こういう好きなことするときくらい、昼休みのことは忘れてしまおう。
 …ん?
 窓側を見ると、ベランダに出て窓を拭いている高峰と目が合う。すると、あいつは慌てて視線を逸らして、一心に布で窓を磨き始めた。…まさか。
「なぁ、高峰」
 近づいていって声をかける。
 わざとらしく夢中で磨いていた手を止めて、高峰が顔を上げる。俺が思ったより近くにいたらしく、数ミリ跳ねて後ずさった。
「ひゃう!」
「何だよ今の声…」
「ご、ごめん」
 少し視線を彷徨わせてから、小首を傾げる。
「どうしたの?」
「あのさ…俺のこと、また見てたろ?」
 ビクリ、と体を震わせると、高峰は俯いて、小さな声で「ごめんなさい」と呟くように言った。
「いやそれは別にいいんだけど。…ひょっとして、お前の兄貴、綺麗好きだったりした?」
 高峰は瞳を瞬かせ、
「どうして知ってるの?」
 マジかよ。てかあんな目で見られたら嫌でも気付くっつーの!
 うーむ。……参ったな。こんなに似てるって、高峰が俺を見るようになるのも分かる気がするし、俺もなんだか偶然じゃないような気がしてきた。生まれ変わり、とか? …まさかな。
「…勇輝くん? どうかした?」
 高峰が、不安そうな顔で俺を覗き込んでくる。そりゃあ、いきなり近寄ってきて声かけてきて、話してもいないことをピタリと当てられて、そんでその男が目の前で考え込んでる。そんなのを見たら不安になるに決まってる。
「…あのさ、高峰…昼休み、お前からあの話聞いて、正直言って意味わかんねぇって思ったんだけど…なんていうか、その…」
「“ほっとけないなぁって思った”?」
 言葉を詰まらせる。
「何だよ。また、兄貴と同じ科白吐いたのか? 俺」
 雑巾を両手でいじくりながら、高峰は困り顔で、でも頷いた。顔は上げずに、か細い声でボソボソと言葉を紡ぐ。
「お兄ちゃんと本当に似てるって、もう言わないようにしないといけないね。知らない人と重ねられるの、気分悪いよね」
 何か言ってやろう、と思って俺が口を開きかける。
そのとき、後ろから男子連中の冷やかしの声が聞こえて、ついでに女子連中の視線に気付いて、とりあえず諦めた。だから、
「帰り、下駄箱」
 ぶっきらぼうに言って、俺は掃除を続行した。高峰がどんな顔してたのか、俺は知らん。顔見ると、何だか告白するみてぇで恥ずかしくて死にそうだ。違うけどよ。

 で、帰りに下駄箱行ったら、律儀に高峰は俺を待っていた。実は担任に、授業をほとんど聞かないでボーッとしていたことがバレていて、罰ゲームとしてゴミ捨てをさせられていたから、普段より下校時間が遅くなった。帰っちゃったかなーと思って来てみれば待ってた。ホッとするやら、やっぱり焦るやら。
「勇輝くん、お疲れ様」
「おう。で、あ〜…歩きながらでいいか?」
「うん」
 下校を女子と歩くなんて、小学校の低学年以来だ。あんときは男子も女子も関係なく遊んでたからな。いや実際、俺今もあんま気にしねぇけど、何か彼氏と彼女って感じだ。
「あのね、勇輝くん」
 俺の横をチョコチョコ歩きながら、高峰は頭を下げる。
「ごめんなさい、本当に変なことばっかり言って。今日も、あたしに気を遣ってくれたんだよね」
「あー…当たらずとも遠からず?」
 語尾が疑問形になったことに対して、高峰はクスリと笑う。何それ、と唇が動いた気がした。笑ってるほうがホッとするな。
「あのさぁ…まだ俺達、高校生になったばっかじゃん?」
「うん」
「入学式から一週間も経ってないのに、コレじゃん?」
「うん」
「これから、俺、お前に兄貴に似てるって言われるわけじゃん?」
「………気をつけます」
「いや無理だろ、さっきから見てる感じだと」
 ショボン、とまた小さくなる高峰に、俺は盛大な溜息を吐く。
「だからさぁ、このままだと俺変な気分になり続けるわけ。で、どうしようか決めたんだけど」
 一向に顔を上げないこいつの頭を、俺は乱暴に撫でてやった。グシャグシャッとね。
「?????」
 意味が分からない、と言いたげに、高峰は俺を見上げた。もしかしたら泣きかけてたのかもしれないんだけど、目がちょっと赤かった。俺は断じて、泣かしてねぇ。
「俺、兄貴でいい」
「へ?」
「だから、俺がお前の兄貴に似てて、そう見えるなら、俺を兄貴としてもいいって言ってんの」
 ぽかん、と口を開けている高峰。くそっ、俺はいつからこんな臭い科白を吐くようになったんだ? あれか、高校生になったからか。
「その代わり、俺はお前を妹にする。あと、俺一人っ子だから、正直言ってどうすりゃいいのかわかんないけど、それは許せ」
 ドーッ、ていう効果音でもつきそうなぐらい唐突に、しかも大量に、高峰の目から涙が零れ出てきた。
 こ、これは、泣かしたのか!? いや、断じて…、泣かしたか…。
「ぅ〜〜〜……」
「…よく分からんが、ごめん」
 自分で言ってから、なんっつー気持ちのこもってない謝罪なんだと思った。でも俺が悪いのか悪くないのか、マジでよく分かんねぇんだもん。やっぱ、高峰の兄貴は俺よりもっといい奴なのか? だったらなんとなく納得いく。それに、俺ってかっこよくもねぇし。
 すると、高峰は足を止めて、俺の制服の裾をグイッと引っ張った。
「あ?」
 何をしたいのか分からなくて、とりあえず俺は引っ張られても放っておいた。グイッ、グイッ。
「……お兄ちゃん」
 ふいに発せられた言葉。「はぁ?」と反射的に答えそうになるが、考えてみりゃ、もしかして今、俺ってこいつの兄貴なのか? 兄貴だと、えーと、呼び方は……んーと…
「何だよ。千紘」
 至極普通に呼んでみる。
 高峰は、パッと顔を上げると、はにかんだ笑顔を浮かべた。どうやら、ビンゴだったらしい。
 こうして俺は、生まれて初めて「兄貴」になり、生まれて初めて「妹」を持った。

 夜中に、俺はある夢を見た。
 神社みてぇなとこ…多分、今日送ってったから合ってると思うけど、高峰の家だ。そこの石段に、一人の男が腰掛けている。外見、なかなかの美青年。
『こんにちは』
 美青年に挨拶され、反射的に俺も頭を下げた。
『ここんとこ、本当に、ありがとうございました』
 ああ、どうも。と頭を下げて、俺は眉間に皺を寄せた。…なんで初対面の奴にお礼言われるんだ?
『すんません。俺、あんたの体ん中にちょっと隠れさせてもらってました。どうにも、妹が心配で』
 ……悪い、何言ってんだ、あんた?
『嗚呼…自分、高峰透といって。あんたのクラスメイトの、千紘の兄貴です。今は霊体ですけど』
 俺は自分の額に手を当てた。夢とはいえ、本物の兄貴を見ることになるとは。俺相当疲れてるな。
『千紘は、元々体が弱くて、なんでもかんでも俺が付き添ってました。だから、その俺が死んで、暫く引き篭もりになってたアイツが忘れられません』
 たしかに、体が弱そうな感じする。それでバスケのマネージャーって、それはそれでハードな気もするが。
『そりゃ、俺もバスケ部だったからですよ。千紘は俺の影響受けて、マネをやるようになったんです』
 また共通点発覚。ほとんど俺と一緒じゃねぇか。
『でも、あんたの中から妹見てて、ああもう大丈夫だって、今日思いました。だから漸く旅立つ気になれました』
 …夢にしては、上手く出来すぎてる。大体、俺の中にいたってどういうことだ。ひょっとして、俺が「兄貴」に見えたのには、そこに原因があるんじゃあ…。
『勇輝。妹を、よろしく』
 そして、高峰の本物の兄貴は消えていった。随分と、妙な、ホラーな感じの夢だったな。そういえば、俺、高峰…じゃなかった。妹の千紘を、明日の朝迎えに行かないといけねぇんだ。昔は、兄貴と登下校してたって聞いてたし。…体弱いから、そんな付きっ切りだったのか? でも、所詮夢だし…考えるだけ、無駄かもなぁ。
 俺はそんなことを考えながら、夢の世界から出て行った。

 千紘を迎えに行った朝。俺は真っ先に「妹」に、尋ねてみた。
「高峰の兄貴ってさ、バスケ部で、名前が透だったのか?」
 これで外れてくれりゃ、ただの夢だ。気にする必要はない。俺はユウレイとか、信じない主義なんでね。
 高峰が、ゴクリと息を呑んだ。
「………どこで聞いたの? それ?」
 …前言撤回。ユウレイとか、信じます。
「いや、別に。行こうぜ、千紘」
 弾けるような、笑顔を浮かべる。
「うん! お兄ちゃん!」

 なぁ、高峰の兄貴よ。俺、ちゃんと「あんた」になれてるか? 俺じゃよく分からねぇから、なんかぎくしゃくしちまうよ。学校連中にも、入学から間もないのに付き合い始めたって評判になっちまったし。本当は「カップル」になったんじゃなくて、「兄妹」になったのに。高峰はいつも嬉しそうに、俺のことをあれから「お兄ちゃん」て呼ぶようになったよ。俺も満更じゃないから、高峰を「妹」とできているのが、何となく嬉しい。一人っ子って、淋しかったし。
 なぁ、高峰の兄貴よ。俺、ちゃんと「あんた」になれてるか? できたらでいいからさ、俺と千紘が一緒にいるの、天国から眺めててくれよ。そんで、俺が「あんた」っぽくないことをやりかけたら、すぐに止めてくれねぇか。

 俺は、「妹」を、絶対に泣かせたりしねぇって、「お兄ちゃん」として誓うからさ。





fin.



現代を舞台にした死ネタは初めてだったんじゃないかなと。文芸部提出作品です。血が繋がっていない兄妹、と言い始めると、腹違いの兄妹とかを想像するとは思うんですが、敢えて本当に、赤の他人の二人を兄妹の立ち位置に立たせたらどうなるのかな、と思ったのが執筆のきっかけ。
何も考えないで書いていた部分も勿論あって、割と暗中模索だったのですが、この千紘と勇輝が予想以上に勝手に動いてくれたので、存外書きやすいものでした。自分で書いた作品の中でも割と好きな部類に位置するかなと思います。
BACK

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -