moon and chain

トト | update : 2012.3.2
仲の悪い二人が、一つの妙な鎖により不思議な世界へと飛ばされてしまう。お蔵入り作品供養。


 少年は溜息を吐くと同時に、頭を抱えた。この現実に絶望しているのだ。
「どうしよう…どうしたら、いいんだよぉ…」
「それはこっちの科白だ」
 その少年の少し離れたところで、岩に腰掛けている青年は、彼をジロリと睨みつけた。ただ、少年が身体をブルッと震わせたのは、その視線によるものではなく、暗い森の中に冷たい風が吹き込んできたからだ。
「仕方、ないじゃん。僕だって、まさかこんなことになるなんて、思わなかったんだ」
 たしかに、好奇心に衝き動かされた自分を迂闊だとも思うが、かといって「好奇心」の一言で片付けられるほど、現状は甘くなかった。否、甘いのかすら、分からない。
「だから俺は、やめようって言ったんだ。あーあ、ふざけてやがるぜ、本当によ」
 彼の言葉は、どこまでも底冷えしている。
 近くに落ちていた木の枝を持ち上げて、折る。その動作を幾度も繰り返しているのは、苛立ちを和らげる為なのか。
 少年は懐から、日輪を思わせるオレンジ色に輝く鎖を取り出す。先ほどと何の変化もない。が、こういう状態となった根源は、紛れもないこれなのだ。
「ふにぃ」
 声が聞こえ、足にすりよってくる仔猫を見下ろして、撫でてやった。たまたまあの場に居合わせてしまった、不運な野良猫である。人懐っこくて、ここに来てしまってからずっと、周りをうろちょろしている。
「少なくとも、知らない場所なんだろ? スーザ」
 スーザと呼ばれた少年は、困惑の表情を浮かべつつ頷いた。
 すると、青年はあからさまな舌打ちをし、不快感を露わにする。
「ライも知らない…よね?」
 僅かな、ほんの僅かな期待を声に滲ませる。だが、
「馬鹿じゃねーのか」
 という言葉で、粉々に打ち砕かれる。大陸のほとんどを知っているはずのライが知らないのであれば、一体ここはどこだというのだ。
 スーザは天を仰いで、そこに月があることを確かめた。
 今まで自分が見てきた月と、同じものであることを願う。

 心から、願った。

 【時は遡り、事がおこる一日前の早朝】

 眩しい朝の日差しが目に沁みて、眉間に皺を刻みながらスーザは身体を起こした。何の変哲もない日常の、始まりである。
 ベッドの傍らに脱ぎ捨ててあった靴を足に引っ掛け、階段をおりていくと、丁寧とは言い難い皿の洗い方をしている母・メイーナと目が合う。
「おはよう。やっと起きたの?」
 半ば夢の中の状態で、曖昧に頷く。言葉を発しはしなかったが、大きな欠伸をかくために口を開けた。頭をグシャグシャと掻きながら椅子に座り、テーブルの中央に置いてある皿の上の風呂敷を取り去る。すると、皿に盛り付けられたサンドイッチの姿が露わになった。卵サンド、ハムサンド、サラダサンド、メイーナ特製・オリジナルのクリームとトマトのミックスサンド、あと昨日の夕飯の残りを使ったと思われるチーズサンド。
 スーザは暫く悩んでいたが、卵サンドを手にとって口に含んだ。
 メイーナが冷たい牛乳の入ったコップを置いてくれたので、スーザはそれを一気に飲み干した。独特な生臭さと冷たさを感じて、彼の意識が少しずつ覚醒されていく。
「今日はどこか行くの?」
 尋ねられ、卵サンドを飲み込み、次にミックスサンドに手をのばしながら、
「ん〜。ちょっと、行く」
 とだけ答え、齧り付く。意外と、トマトとクリームって美味しいんだ。味に関してはあまり期待していなかったのか、スーザは目を丸くする。そんな彼を見て、不愉快そうな顔をしてから、メイーナが言った。
「じゃあ、トマト、買ってきてくれる? なくなっちゃったから」
「いいよ」
 ごちそうさま、と言いおいて、スーザは再び二階にあがる。ベッドの柵に無造作にひっかけてある青いパーカーに腕を通す。棚の横に置かれた鞄を肩にかけたところで、
「スーザ!」
 外からそう叫ばれた。
 慌てて窓に駆け寄って、開ける。見下ろすと、胡桃色の髪を柔らかく躍らせた少女が、こちらを見上げているのが分かった。
「ツィッカ、ごめん! すぐ行くから!」
 一度、わざとらしくツィッカは頬を膨らませ、そしてニッと笑った。
 階段を駆け下りて、外に飛び出す。
 今日のツィッカは、動きやすそうなレモン色のワンピースを身に纏っており、その上から、夕日のようなオレンジのブラウスを羽織っていた。
「遅いよスーザ。先に行っちゃおうかと思った」
 スーザは申し訳なさそうに苦笑する。
 対し、ツィッカも悪戯っぽく微笑すると、
「罰として、今日の基地の掃除、スーザがやってね」
 予想はしていた罰に、彼は素直に頷いた。



 深い森の中に、嘘か本当か、樹齢百年と言われている巨木がある。そこに、子供三・四人が入れるかどうかくらいの、小さなツリーハウスがあった。
 これは半年ほど前までは、そこに存在していなかった。ツィッカとスーザが「秘密基地」と称して作ったものだ。元々、華奢な体にはそぐわずそれなりの力があるスーザと、手先の器用なツィッカの二人でやれば、大人の力を借りずとも、多少の期間さえかければ完成させることができた。案外丈夫で、秘密基地(ツリーハウス)の中でジャンプをするくらいではびくともしない。尤も、二人は自分達の技術を過信していないので、何かしら支障をもたらしそうな行動は、極力控えているが。
 そもそも、この「秘密基地」を作ろうと言い出したのは、ツィッカだった。キッカケは、彼女の家出計画である。当時、ツィッカの家では、父が城の兵士の職に就くことが決まっていた。その際、この村を出て、城下町で暮らそうと母が言い始めたのだ。ツィッカは、それに反発した。自由気ままに過ごし、農作物も豊富で、村の人数が少ない故に、皆協力して日々を送るこの村が、彼女は大好きだった。その点、城下町というと、正反対のように思われた。王の支配下にあるように感じられ、人も多いから協力もしない。それ以前に、食料に関しても、村より遙に恵まれている為、その必要もないのかもしれない。さらに言うと、この村を離れると言うことは即ち、生れたころから共に遊んでいたスーザとのお別れを意味した。
 嫌、行きたくない、と駄々をこねたツィッカだったが、両親は考え直してくれなかった。「行けば便利な生活ができる」とばかり、口にした。それさえ言えば、もうじき十六になるこの少女を、まるめこむことができると考えたのだろう。しかし、両親が思うほどツィッカの思いは簡単ではなかった。
 彼女が家出を決意したのは、それからすぐのことだ。かといって、スーザの家に泊めてもらうわけにもいかないので、寝泊りできるところを捜さなければならなかった。だが村人達に迷惑をかける気は毛頭ない。そこで、昔絵本で見たツリーハウスを作ったらどうだろう、と思い、早速ツィッカはスーザに相談した。
 生まれて間もない頃から共に遊んでいた少年とて、村の中で数少ない子供であり、親友ともいえる彼女がいることを望んだ。彼は快く引き受け、二人してツリーハウス作りに没頭した。
 ところが、その作成途中で、ツィッカの父が一人で城下町に住み込むと言い出したのだ。所謂単身赴任というものである。毎晩自室で泣いていたツィッカを見て、気の毒に思ったようだ。
 そんなわけで、結局ツリーハウスは本来の目的を失ったのだが、せっかくなので完成したら、二人の秘密基地にようということでまとまったのだった。
 それからはしょっちゅう二人で秘密基地に足を運んでいたのだが、何せ入口はカーテン一枚だ。風に乗ってやってくる花粉、埃、枯葉等が隙間から入り込んで、二日程度放っておくと、内部は大変汚くなる。それで、二人は毎日交代で秘密基地を掃除することにしている。ただ、スーザが寝坊した際、それは彼に押し付ける、というのが必然的現象だ。
「うひゃ〜…すっごいな、これ…」
 スーザは思わず顔を顰めた。昨晩はたしかに、外は暴風といった様で、屋根の瓦が剥がれたという家があったとも聞いていた。それだけに秘密基地の中はすごいもので、机はひっくり返っているし、鉢植えも倒れてしまっている。寧ろ、秘密基地自体がよくもったと思った。
「まぁ、昨日の夜は凄かったものね」
 今日は掃除を彼に押し付け、自分はやらなくて済むツィッカは、あっけらかんと言い放った。
 寝坊したから、自分が悪い。スーザはそう思って、大人しく秘密基地の掃除にとりかかった。ちなみにツィッカは端にある木の椅子に腰掛けて、近くに落ちている分厚い本を持ち上げると、ちょっと表紙についた砂を手で払い、ページを開いた。
 それから何分か経った頃だろうか。ツィッカが本から顔をあげてみると、屈んで何かを見つめているスーザが目に入った。
「どうかした?」
 椅子から下りて、本を脇にかかえ近寄ってきた少女を振り向き、彼は床に落ちている鎖を指差した。
「何だろ?」
 その鎖はオレンジ色に薄く輝いており、どこか太陽のような印象を受ける。ツィッカがそれを拾い上げてみて、彼女は瞳をぱちくりと瞬かせた。
「あったかいよ。これ」
 ツィッカから受け取ってみて、スーザは頷いた。
 熱いとまではいわないが、仄かなあたたかさを、この鎖は湛えていたのである。
「契れた…みたいな痕があるね」
 またスーザは頷く。どうやら、元々は何かの一部だったようで、何か強い力で、強引に引きちぎられたような、不自然な傷が目立った。
「捨てようか?」
 一応掃除している身である少年は、そう提案した。しかし、ツィッカは考え込んでいる。
「ツィッカ?」
「……ねぇ。それ、ライのところに持っていってみたら?」
「ライのところに?」
 スーザはいかにも嫌そうな顔をした。
 彼とライは、どういうわけか、生まれたときからずっと、犬猿の仲なのだ。ライの方が五つ年上だが、スーザは昔、彼に苛められたことがあったのを覚えている。
「だって彼、古代の歴史とか伝説とか、調べてるじゃない? その鎖、もしかしたらそういうのの一部かもしれないし…少なくとも、謎が好物のライなんだから、喜んで調べてくれると思う。あたしたちが持ってるよりはだいぶ、意味があるんじゃない?」
 そういうこのツィッカも、謎が大好きだから、こんなことを言い出すのだ。どうしても、この鎖のことが気になるらしい。好奇心に手と足をつけたような娘だ。―――いや、そこに「我儘」という文字も加えておこう。
 スーザは肩を竦めてから、ツィッカの前に鎖を差し出した。
「じゃあ、ツィッカが行ってよ」
「嫌。めんどくさい」
 やはり、我儘である。
「僕とライがどんなに仲悪いか、知ってるでしょ?」
 ツィッカは、スーザの頭をポコンと叩いた。
「じゃ、罰、追加。それ持って、ライに渡しに行くこと!」
 彼は手を額にあてた。
 ツィッカが挑戦的な瞳を継続的に向けてくるので、諦めたように手をおろし、一度を鎖を見る。分かった、と項垂れたように頷いた。



 ライの家は城である。というのも、城の中にある一角の部屋で暮らしているのだ。彼の、古代について研究する腕は、確かだった。古代文字の解読は一日あればできるし、壊れた遺跡、鉄器などの復元は序の口。かつての歴史を、まるで見てきたかのようにスラスラと語り、その根拠はひどくしっかりしていて、疑う余地がない。そんなライを王が気に入り、城で暮らせと命令を下したのだ。王もまた、古代について興味を湧かせた男であった。
 青年は、調査の設備が整っていない村での研究に腹を立てていたので、承諾したというわけだ。

 城下町を通り、城門の前まで来て、兵士二人に呼び止められる。
「何の用だ?」
 スーザは鎖を取り出して、兵士二人の前で掲げた。困り顔で笑う。
「気は進まないんですけど、ライのところに。コレを見てもらいたいと思ったので。王様のところには行きません」
 ライさんねぇ、と兵士は顔を見合わせる。彼は少々冷たい性格である上、愛想の悪い人間だ。周りからの好感度も高くないらしく、逆に彼は意図的に高めよう、とも思っていないようである。ライに好き好んで会いに行くという奇人は、滅多にいない。暫く考えた末、兵士は「通れ」と入城を許可した。この城は、基本、開放的であるので、ある程度の理由があれば通してくれる。村人や城下町の民と、親密になろうという王の考えがあってのことらしい。
 スーザは会釈すると、重い足をやや強引に、城の中へと歩ませた。



「庶民がよく、お粗末な格好で城にまで来れたな。お前なんかと、また会話することになるなんて思わなかったけど……まぁ、いい」
 仕方なさそうに、戸口に立つスーザに向け、ライが手招きをする。ただし、その顔は決して好意的なものでなくて、汚い何かを見ているようなものである。
 スーザとしては不愉快極まりないわけで、さっさと彼に背を向けて帰りたくなる衝動に駆られるが、それでは来た意味がないので、ぐっと堪える。ゆっくりと、青年に近づいていった。
 奥には大きな暖炉があり、中で炎が赤々と燃え上がっている。部屋の中は適度に暖かく、周囲には、鳥の羽の装飾が施された額縁に入れられた、油絵が見られた。その絵は、地獄絵図ならぬ天国絵図とでも言うべきものだ。白くやわらかい光が空から降り注ぎ、光を受けた小鳥と植物が、生きた瞳で天を見つめる。朝露が反射して輝きを放ち、その情景はいっそう明るく見える、そんな絵である。
「王様が勝手に飾られたんだ。俺の趣味じゃあない」
 スーザの見るものに対し、ライは明らかな舌打ちをした。まぁ、城に住まわせてくれてるのには、感謝してるけどね。そう付け足して、近くに来た少年に、改めて焦点を合わせた。
「で? 何しに来た?」
 一瞬、本気で帰ろうか迷い始めていたスーザは、はた、と自分の目的を思い出す。溜息を吐き出しつつ、彼の前に鎖を出した。
 本来ならば光を放つはずのないものが、仄かな明かりをともしているのを見て、ライは目を丸くした。
「どうしたんだ、それ」
「見つけた」
「どこで?」
 スーザは肩をすぼめる。
「さあね」
 とぼけて、誤魔化すように笑った。
 秘密基地のことは、誰にも話さない。ツィッカとの約束だ。だから両親にも話していないのだが、ライにはとくに話したくなかった。
 彼の場合、勝手に秘密基地に侵入して荒らす、などという陰湿な嫌がらせをする心配は要らないのだが、幼稚なものだとからかってくるだろう。それがスーザは嫌だった。十六にもなって、秘密基地を作るのは幼稚かもしれないが、それでも真剣に作ったツリーハウスだ。それをたったの一言や二言で汚されるのは、耐えられない。
 二人は元々、正式に問答ができるような関係ではない。気にした様子もなく、ライは浅く頷いて鎖をじっと見つめた。どうやら、彼の好奇心が、これに揺り動かされたようだ。
「………おい。スーザ」
 ライはスーザの手から、鎖を取り上げる。
「これを貸せ。調べ終わったら、返してやる」
 ニィと笑うライの言葉を、頭から信用する気はないが、首肯しておいた。スーザとて、不思議に思わなかったわけではないが、初めに捨てることを提案したのは彼だ。つまりは、ツィッカやライほど、興味はそそられていなかったのである。ライが返してくれようか、返してくれなかろうか、大した感情は抱かないだろう。
 どちらかというと、青年の相変わらずな性格に、呆れていた。



 パンをかじって、再度夜空を見上げた。
 パン屋の傍らにある柿の木。その、上にある太い枝は、木登りの得意なスーザの特等席だ。パン屋の主人が植物好き、というのもあるのだろうが、この柿の木の育ちは異常によく、その高さは二メートルと半分ほどの高さがある。
「うわっ!!?」
 慌てて両手で、枝にしがみつく。木が揺れたのだ。
 地震とはまた質の違う揺れに、スーザは不審げに下に目をやった。そこには、腰に手をあてて、片足を幹にあてたままこちらを見上げる、ライの姿がある。
「……ライ…?」
 ぽかんとしながら、名を呟く。青年は、仏頂面のまま、片手を少し挙げて、それに答えた。一瞬の沈黙の後に、我に返って、
「な…何するのさ! 危ないじゃん!!」
 いつものように怒鳴り返した。
 鎖を夕方に預けたときから、彼はスーザに調査結果など伝えてくれないだろうな、と思っていた。意地悪なライは、またあの鎖を、当たり前のように自分の所有物にするだろう、と思っていた。仮に伝えてくれるにしても、城の兵士を使いによこすだろう、と思っていた。
 それだけに、驚きが大きい。彼は自らの足で村まで来た。まだ半日しか経っていないのに、もう調査が終わったということなのだろうか。
 手慣れた動きで、するりするりと降りていく。そして、少年が地に足をつけたと同時に、鎖を突き出してきた。
「返す」
「……」
 ひょっとして、調べるのさえ面倒になったのだろうか。
 ライなら有り得なくもない、と思って、諦めた様子で受け取った。
 すると、青年は踵を返した。
「スーザ。来い」
 端的に言って、歩き出す。
 本当は彼なんかと一緒にいるのは死ぬほど嫌なのだが、一応大人しくついていった。あのライが、わざわざ村に出向いてきたことに、少し意味があるような気も、したのだ。



 深い森に近づいていくにつれて、徐々にスーザの脳内を支配するものが変わっていった。初めは、ただひたすら無言に歩き続けるライに対して疑問を抱いていたのだが、今は、まずい、と思っている。
 このまま深い森に入って、さらに奥まで行くなら、高確率で秘密基地が見つかってしまう。それだけは避けたくて、慌てて言った。
「ラ…ライ! ちょっと待って! 僕、忘れ物…」
「忘れ物なんかねぇだろ。鎖がありゃいい」
「せ、せめて、ほら! 夜だし、母さんに言わないと!」
「お前ん家、放任主義だろ。言う必要もねぇ」
「一緒に鎖(それ)見つけた、ツィッカも呼んでこないと!」
「あの子なら、今頃風呂だろ。裸の女を家から攫うつもりか? 最低なヤツだな、お前」
「違っ……そうじゃなくて…!」
 はぁー、と長い溜息が聞こえた。
「何だよ? さっきから」
「いや…その…」
 いっそ、ライの後頭部でも殴って、気絶させてやろうかという案が浮かぶが、正常な頭がそれは無理であることを理解していた。スーザもライも、運動不足改善のために、昔から剣を習っていた。が、ライの方が一・二年のキャリアがある。それ以前に、「剣」はただの護身用にすぎない。背後から近寄ってくる獣や、金目当ての悪党を倒すためではなく、自分を護り、追い返すことを目的としているのだ。倒すのは、城の兵士や、戦士として旅をする者達によってということがほとんどである。
 ぐちゃぐちゃと口の中で呟いてみるも、上手いことその一つ一つが言葉を形成することができず、結局は不満そうに顔を顰めるくらいしか出来ない。
 そんな少年を眺めて、ライは軽く頭を掻くと、
「言っとくけどな。ツリーハウスなら、もう見た後だぜ」
 その言葉に、スーザは目を見開く。こちらをライが見ないので、表情までは分からないが、きっと馬鹿にしたような顔だろう。それを思うと、腹が立った。
「あれ、大人たちに手伝ってもらったのか?」
「まさか」
 吐き捨てるように、言った。大人など、一度も頼っていない。
「よくできてんじゃん」
「本当は、馬鹿にしているくせに」
 つんと顔を背ける少年に、ライは口をへの字にする。少し沈黙して、
「……そーだよ。相変わらず幼稚なのな、お前」
 ライの放った言葉に、スーザは怒りから体を震わせる。だが、「幼稚」と言われたからといって、殴りかかるのは何とか押さえ込んだ。すぐに怒り、暴力に頼るのは、弱者のすることだと、ツィッカにも言われていたからだ。


 それから数十分歩いて、丁度森の中心辺りに来て、漸くライが足を止める。
「―――………」
 そこは、紛れもなくツリーハウスの作った場所の、巨木だった。ツリーハウスがばれる、ばれないの問題でなく、まず第一に、目的地がそこだったのだ。
「……この木が樹齢百年ってのは、さすがに知ってるよな?」
 ライの問いかけに、スーザは浅く頷く。
「事実なのかはともかく、一応」
「多分本当だ。この木のこと、文献にも載ってたからな。で、まぁいろいろ伝説があんだが…」
 スーザに向き直り、少年の握っている鎖を示す。
「その中に、その鎖と関連がありそうな話があった」
 ライが言うには、夏の鎖≠ヘ草木を育てる力があるらしく、世界樹に限っては、成長を促進させる以上の効果を発揮するという話があった。美しい河のある世界に導かれるとか、童話のようなかわいらしい家に行けるとか、空から宝石が降ってくるとか、色々説があるらしい。
「……すっごく……胡散臭いよねぇ…!?」
 思わずそう言うと、ライも首肯した。あまりに非現実的だ。
「だから俺も、そんなに期待はしないでここに来た。調べるって言ったからには、ちゃんと調べるつもりだったしな。…で、胡散臭いことに変わりはねぇが、ちょっと妙なことに気付いてな」
「妙なこと?」
 眉を顰める。
 ライは巨木に近づくと、ツリーハウスの方に目をやり、その斜め下を顎でしゃくった。
 スーザもそこを見てみると、何かを無理矢理幹に埋め込んだような後があり、その先端部分が僅かに突き出ている。その色は、オレンジ色である上、何か引きちぎられたような痕が見られた。
「これって…」
「埋め込まれた状態のまま、俺なりに解析してみたが、一つ言えることは、俺の知識にはねぇ成分でできてる金属だ」
 調べた結果を話す彼の瞳は、真剣みに帯びている。
「そして、おそらくその鎖と同じもんだ。こうなると、この巨木と無関係、とはいえねぇだろ」
 それに、と言いながら体を反転させ、幹に向かうとそこに触れた。
「長いこと触って、よっぽど注意深くしてねぇと分かりにくいけど」
 手を離し、隣りの普通の木の方へと歩み寄って、同じように幹に手を添えた。
「この巨木も、実は他の木と比べて、若干熱を帯びてる。普通の木じゃねぇってことは、たしかだな」
 たったの半日で、そこまで調べたのか。
 普段はライに対し、反感ばかり覚えるスーザであるが、彼の研究の腕に関しては舌を巻く思いだった。
 踵を返し、少年の顔を見やって、ライはニヤリと口角を吊り上げる。両手を頭の後ろで組んだ。
「とまぁ、こんな感じだな。満足か?」
 スーザは、幹に埋め込まれた謎の金属に近づき、鎖を見下ろした。
「……近づいただけで、少し熱くなってる…」
「共鳴ってやつかね」
 近辺の木の後ろから、縞模様の仔猫がひょっこりと姿を現した。首輪をないので、野良猫らしい。近くにきたので、ライは何となく観察していた。
「ねぇ、ライ。ここに鎖、もっかいくっつけたら、何か変わるかな」
 提案すると、青年はとたんに酢を飲んだような顔をする。
「やめとけ。文献には、そんな良いことは起こりそうにないって書いてあったしな。素人は結果聞いて、満足すりゃいいんだよ」
 素人、という言葉に、カチンとする。
「僕は依頼人だろ」
 こういうところですぐに張り合いたくなるのは、自分の悪い癖であると自覚していた。しかし、止まらない。
「いいよ。ライには迷惑かけないから。僕がこの後は自分で調べるよ。ツィッカも気になってたみたいだし」
 口許を歪める。
「これで僕がいい研究したら、ライなんか追い抜いちゃうかもね」
「馬鹿。お前なんかに抜かれるわけねぇだろ」
 聞き流し、鎖をギュッと握り締めた。肌に感じられる熱に、妙に心臓が高鳴る。それが、果たして何を予期してのものなのか、分からない。
「て、おい。ちょっと待て。やめ…」
「ライは帰っていいよ。ありがとう、調べてくれて」
 トゲのある声で言い放ち、そっと、鎖を、幹にある金属へと近づけていく。幹自体が、薄く輝いた。
「やめろって!」
 慌てた様子で、ライはスーザに近寄り、彼の腕を掴んだ。足元で、にゃあ、と声がする。足にすりよってくる。しかし、気にしている暇などないと思った。文献で見たものともし同じようなことが起きるとしたら、この上なく面倒なことに――――。
 カチン。
 しかしスーザは、制止を聞かずに、鎖を金属と接触させた。
 瞬間、光が急激に強まる。それは、スーザを、ライを、仔猫を飲み込み、そしてツリーハウスをも飲み込んだ。

 そして、目覚めた時。二人は、見知らぬ場所にいた。

 ライは、気付かない。
 自らの研究で、自身の運命を、悉く捻じ曲げてしまっていることに、まだ。
 スーザは、気付かない。
 自らに課せられた大きなものの歯車を、わざわざ動かしたのは、自分自身であることに、まだ。


 気付かない。動かない。このときは、まだ、誰も。





fin.


厨二病をこじらせたもので、文芸部に提出する……ことができなかったお蔵入り作品です。いかにも続きがありそうな空気ですがありません。着地点が見えなくなってお蔵入りにしたものです。
話自体はドラクエ寄りです。DQ7の小説を最初に読んだときだったから多分かなり影響されてます。きっとこれから彼らは世界を救う旅に出るんでしょう。頑張れ。そしてツィッカ途中から何処に行ったんや。そこまでキャラクターづけしてあげてるのに何故いなくなってるんや。

色々謎が残っている作品です(/・ω・)/キニシナイ
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