The Letter For HERO.

トト | update : 2010.8.20
戦士である彼は、少年に戦士になることを否定した。そんな少年が戦士になって、彼に届けた手紙とは。


「有難うございます!」
 村人は皆、彼に向かってお礼の言葉を述べた。
 誰もが、感謝してもし尽くせないと言わんばかりに、高価な物を贈った。純金製のブレスレット、リング、ペンダント等である。中には現金で渡す者もいた。
 そして、それを受け取るごとに―――正確には、そのような行為をしてみせる彼らを目にする度に、辛く…悲しく、表情を曇らせる。

「レンドゥーナ様!!」
 彼は振り向かず、ただ、平和を取り戻し、安穏とした村の様子を、丘から静かに見つめていた。
 アタはレンドゥーナの背に飛びついて、首に手を回し、機嫌良く笑った。レンドゥーナは、アタの憧れだ。剣の腕では彼の右に出る者はいないし、多少無口だが、人柄も良い。ついでに面もなかなかときて、絵に描いたような戦士である。そしてそのレンドゥーナは、数日前、化け物使いの軍団―――後にアタは、それらが『ライト』と呼ばれる盗賊集団の一味であることを知ることになる―――から村を救った。彼は、どこからどう見ても、疑いようの無いヒーローなのだ。無論、アタ以外の子供達からも、レンドゥーナは最大の憧れとして見られている。
 ヒュウッ、と風が吹く。甘酸っぱい香り。丘の上のどこかに、林檎の木でもあるのだろうか。
「ねぇ、レンドゥーナ様」
 声変わりのしていないアタの高い声が、青空に吸い込まれていく。
「………」
 反応は無いが、耳元で言っているのだ。聞こえているだろう。
「どーしたら、レンドゥーナ様みたいにカッコイイ戦士になれる?」
「………」
「やっぱり、体、鍛えるしかない? 剣技練習した方がいい? それとも僕なんかじゃ、どーしてもなれない?」
 目を伏せ、
「……アタは戦士になりたいのか?」
 と、尋ねた。即座に元気一杯の「うん!」が返ってきた。
 少しだけ汚れ、破れたところのあるマントが、小さく風になびく。
 ここでこうして座っていても、村から景気の良さそうな商人の声が、僅かながらも聞こえてきた。
「……アタ」
「なぁに?」
「…俺はヒーローに見えるか?」
「もっちろん!」
 アタの鼻息が多少荒くなる。興奮しているようでもあるし、喜んでいるようにも感じられる。若しくはどちらもだろうか。
 ―――何が、いいんだ。
「…そうか……」
 レンドゥーナは、剣を抜いた。手入れのされた、美しい白銀の刃が、日に照らされて光る。アタはそれを見て、歓声を上げた。しかし、彼はポソリと、
「汚ぇだろ」
 と言った。アタは暫く、レンドゥーナの言葉の意味が理解できず、小首をかしげる。綺麗だよ、と言いたげにしているのが、背中越しでも容易に分かった。
「拭っても拭っても、拭い切れない。刀身が嫌ってなぐらい、血を吸っちまってる。……俺はずっと、悪者≠斬ってきた。だが…」
 柄を握る手に力がこもり、小さく震えた。
「アタ。悪者℃aれば、俺はヒーローか? 悪者≠ナも、生きてる。そいつら殺して、俺は正義を名乗れるか?」
「うん」
 あっさりと首肯され、レンドゥーナは暫し言葉を失った。
「だって、ヒーローは悪者を退治するからヒーローなんだよ? レンドゥーナ様は、僕の憧れのヒーローなんだ。そんなレンドゥーナ様だから、かっこいいんだ。大好き!」
 この、あどけない笑顔を、レンドゥーナは初めて「憎い」と感じた。この笑顔を守るために自分は戦ってきたのではないのか。格好つけるようではあるが、満更それも嘘ではない。しかし彼は、感じてしまった。感じずにはいられなかった。
「―――かっこよくなんかない…!!」
 押し殺したような、押し殺せなかったような、中途半端な怒鳴り声が彼の口から漏れた。
 いつもと違う雰囲気のレンドゥーナから、小さくもはっきりとした怒りが、滲み出ている。アタは一瞬であったが、恐怖から頭が真っ白に染まっていた。
 また、先ほどと同じ風が吹き、甘酸っぱい香りが鼻を擽った。空に浮かぶ雲は、風に従って流れていく。流れて行き、薄く延び―――やがては消え行くものもあるのだろう。
 チキ、と音がして、アタは我に返った。レンドゥーナが丁度、剣を鞘に収めたところだった。
 太陽に向かって手を伸ばし、その手を強く握り締める。まるでそこに、掴むべきものがあるかのように。
「……アタ。退治≠ニ殺す≠ヘ、似て非なるところがある。俺は退治≠フ域を超え、躊躇わず殺してきた。俺の瞳に悪者≠ニして映る者は、見境無く、全て。そしてそれが、正義だと信じていた。俺は正しかった。昔から。だから昔と同じように、裁きを下していただけ…」
 自嘲気味に小さく笑う。
「命乞いをする悪者見て、気付かされるなんて…俺はなんて醜かったんだろう」
 首にまわされているアタの手を解き、立ち上がる。尻や足についた草を払わず、アタと向き合った。徐に彼の頭に手をのせる。そして、真剣な面持ちで、
「…戦士は人より獣に近い。お前みたいな子がなるもんじゃないぞ?」
「で、でも!! 僕、本当にレンドゥーナ様を尊敬し…」
「アタ」
 目尻を緩める。笑っているのだ。ふいに涙が零れそうな、そんな感じがするのに。しっかりと、レンドゥーナは笑っていた。
「………戦士にだけは、なるなよ?」
 アタは答えなかった。レンドゥーナは尚も微笑み続け、そして、
「アタ。林檎、探しに行ってみようか」
 手招きしながら、丘を登っていく。
 小さな川が、チャプチャプと音を立てて流れていった。


   *   *   *

 あれから十年が経ちました。レンドゥーナ様、お元気でいらっしゃいますか。僕は人伝に、貴方が昨年亡くなったことを聞きました。でも、僕はそれを信じていません。皆、あんなに貴方のことを好いていたのに、どうしてすぐ、そういう話を信じるのでしょうね。人間って、未熟です。僕は思います。貴方なら、周囲で陸地が吹っ飛ぶような爆発があっても、どうにかこうにか生き延びるでしょう。
 さて、本題に入る前に、僕はまず謝らなければなりません。
 ごめんなさい。レンドゥーナ様。
 僕は貴方を尊敬しています。でも、二・三年ほど前から、僕はレンドゥーナ様の言いつけを背き続けてしまっているのです。
 僕は今、戦士です。

 貴方の言うことを、信じなかったわけではありません。僕も五年前には殺す≠アとと退治≠キることの違いは理解できるようになりましたし、悪者を滅することが正義、という考え方も改めました。
 それで、どうして僕が戦士になったのか?
 あの後、数日で早々に発ってしまったレンドゥーナ様は御存知ないでしょうが、村は壊滅状態に陥りました。季節の変わり目に竜巻が来るのは毎年のことなのですが、今年はあまりに巨大すぎたのです。死傷者こそいなかったものの、畑や田は勿論、商人の家々が並ぶ辺りも荒れ果ててしまいました。もし、近い内に僕の村を訪れることがあるなら、村の復興を手伝ってください。お願いします。
 話の趣旨がずれてきてしまいました。すみません。
 食べ物も飲み物も、全て竜巻のせいで無に等しくなった僕らは、途方に暮れていました。
「レンドゥーナ様がいれば…」
 村の皆はそう零していました。頼れる人が村には皆無だったからです。貴方に、頼りすぎてしまったのが仇となりました。皆この緊急事態、どうしたらいいのか皆目見当もつかないのです。このときは僕自身無力であることを呪いました。
 貴方の知っているとおり、僕のいる村は、城下町に住み切れず溢れてしまった人達が身を寄せ合って出来たものです。
「城下町には、まだ沢山の食料があるんだろうなぁ」
「そうだね。あそこには絶えず商人達が物を売りに来ていたしね」
 大人の会話も捨てたものではありません。僕はその言葉を聞いて、城下町で食料を分けてもらえばいい、という決断に至りました。
 とはいえ、未だに外では悪党がうろついています。化け物だっているのです。少なくとも少しの剣技の腕は必要でしょう。城下町に行く為に、僕は鍛錬を繰り返しました。レンドゥーナ様、今更ですけど、剣を持つとき片手の方がいいですか? 両手の方がいいですか? 機敏さをとるか、力強さをとるかで僕は今でも迷ってしまいます。幸い、レンドゥーナ様の相手をしたような凶悪な者とは一度も戦っていないので、体術だけで全勝していますけど…あ、また、すみません。貴方にとっては不愉快なだけですよね。ただ、『ライト』の一味とかに見つかったら、また大変だなぁと思って…。とにかく、それでそこそこの腕になったら…ごめんなさい。さっきから謝ってばかりですね。その頃には既に、餓死する人も少しずつ出始めていました。
 剣とマントと、最低限の食料と水を持って、僕は城下町に向かいました。両親には言っていません。言えませんでした。それはともかく、僕にとっては小さな旅の始まりでもありました。

 僕は、まだまだ未熟者です。あれほど、死にたい、と思ったことはないでしょう。大体、竜巻は僕達だけを襲ったわけではなかったのです。あれは、激しさを増して城下町に迫ったようでした。しかも、それから『ライト』が攻めてきたと、ごく一部の子供達から話を聞きました。竜巻が襲ったのをいいことに、今まで兵士で『ライト』の行動を制限してきた城に対する怒りを爆発させたのです。
 かつての華やかな通りの面影は一切なくして、いつの間にかそこは、僕のいる村とは比にならないほど、治安が悪くなってしまっていました。
 勿論、城下町で食料を乞うことはやめました。いえ、やめざるをえなくなった…という方が正しいでしょうか。今にも刃物で襲い掛かってきそうな、奇妙な殺気を周囲から感じたのです。さしずめ彼らも食べ物を僕から奪おうとか、その辺りではなかったのでしょうか。彼らも生きるのに必死なのです。
 肝心の城ですが、これこそ信じ難い事実でしたが、半分以上の塔が倒壊し、城のところどころも酷く傷ついていました。王様や王妃様が無事か心配です。
 結果、僕は何も得られませんでした。でも、まだ少し、持ってきた食料も、水も、残っています。だから足をのばして、遠くの町に行ってきます。僕は本当に、かっこつけるわけでなくて、ただ、村の皆を救いたいって思ったのです。
「もし死んだらどうするんだ!」
 レンドゥーナ様はきっと、僕に対し声を荒げ、僕を想って、早急に村へ帰ることを勧めるでしょう。大丈夫、僕は「もし」というくらいなら、死ぬことは考えません。必ず生きて、必ず食料を持って、必ず、村に帰ります。

 今思ったんですけど、この手紙、もし本当にレンドゥーナ様が読んでくださっているとしたら、こんな偶然はありません。するとこれは一体どういうことなのでしょうか。必然、でしょうか。瓶に入れて川に流したものが、貴方に届くなど、偶然なんかで起こることもないでしょうし…するとこれは、神のお力とでも、言いましょうか。…ちょっと、笑っちゃいました。貴方ならきっと、
「神等いれば、人は何故こんなに苦しむ」
 と、嘲笑ったことでしょう。貴方を信じる僕が、軽々しく「神」というのもおかしな話です。けれど僕は、もし、神がいるなら心からお礼を述べたいと思います。その神のおかげで、僕はレンドゥーナ様にお会いできたのですから。
 レンドゥーナ様と食べた林檎が美味しかったな、と思い出します。貴方は林檎が好きでしたね。丘の上で食べた林檎の味、きっと一生忘れないと思います。無論、あの林檎を食べる直前に、僕に「戦士になる」ことを貴方が否定したことも覚えています。

 レンドゥーナ様。僕は今、戦士です。そして、旅人です。
 再び出会うとき、僕が剣を携えていたら、貴方は僕を叱るでしょうか。
 一度だって血を見たことのない剣を携えていても、やはり叱るでしょうか。
 
 嗚呼。レンドゥーナ様。
 僕、やはり貴方にお会いしたいです。


   *   *   *

 そろそろ持ってきた食料も水も、切れてきたな…。
 生命の危機を感じながら、ふらつく足取りで坂を登る。空はすっかり闇と化して、砂糖みたくキラキラ輝く星が、黒の絨毯に散りばめられている。
 なかなか町を見つけるのに苦労しているアタは、ただ大きくて目立っている坂の上の巨木に向かって歩いていた。夜となると方向も掴みづらく、何処かで一夜を明かすことができれば、なんだって良かったのだ。それに、割と高い場所に位置していたので、朝になれば広範囲を見渡し、容易に町を見つける事もできるかもしれない。故に坂の上の木、というのは、アタにとって都合が良かった。
「…村の皆…大丈夫かなぁ…」
 誰にでもなく、小さく呟いた。村を捨てて逃げたとか、誤解されていないだろうか…。不安が次々とこみ上げ、必死に堪えながら坂を登りきる。
「あ……!?」
 アタは目を見張った。巨木の幹の許、闇夜の中、月明かりを反射する小さな物体。駆け寄り、腰を屈めた。

 ――――「中身が空っぽの小瓶」。

 そして、その小瓶の隣りには、芯だけの林檎が置いてあった。
 恐る恐る顔を上げ、目を凝らして、木に生っている実を見つめた。暗くて、何の実なのかよくわからない。
 次に、アタは立ち上がって、周りを見回した。
 アタ以外の生き物がいる気配はない。
 冷たい夜風が、何処からともなく吹いてきた。夜は少し寒い。

「お腹空いたぁ………」
 甘酸っぱい香りが、風に乗ってやってくる。





fin.

未だに好きな作品です(真剣)
今までにない小説の書き方をしたいなあ、というところから、手紙形式の小説に挑戦したものでした。どうやら私はファンタジー作品が好きなようです。で、これも文芸部に出した作品でした。先輩からもなかなかの好評価を頂けて嬉しかった記憶があります。
自分の中でとくに好きな一文は、最後の締めに書いた「甘酸っぱい香りが、風に乗ってやってくる」というもの。自画自賛ですが!!

でもレンドゥーナは、アタのもとには現れません、今後もきっと。いかにも来そうなのにね(笑)戦士になったアタと、戦士であるレンドゥーナは、顔を合わせることはありません。それが何故かはご想像にお任せ致します。
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