予定なんか案外なかなか決まらないからそれならいっそ成り行きでいい

トト | update : 2015.2.7
「劇場版銀魂 完結編・万事屋よ永遠に」の派生作品。現代組を助けに来た攘夷時代の銀さん達のお話。


「おい、さっきの、見たか?」
 縁側で僅かに残っていた酒を呷り、杯を事もなげに揺らす。
 隣―――と言っても適当な間隔は空けられているのだけれど―――で膝を立てて座り、膝の皿の上に顎を乗せる形で沈黙を保っている。それは決して無視をしているわけでもなく、自分に向けられている問いでないことが彼には分かっているからだ。答えるべきは、屋根の上で相も変わらず狸寝入りをしているあの男。
「おい、銀時」
 仰ぎ見て、再度声をかける。しかし、やはり返事はない。とくに気分を害した様子もなく、桂小太郎は肩を竦めて傍らの刀に手をやり、鞘から引き抜いた。今日も今日とて激しい戦いであったことに違いはないが、手入れをしていてもそろそろ刀身に限界がきている。
 ふと、高杉晋助が目を開けて徐に視線を上げる。
「銀時。聞こえてんだろうが、てめえ」
 意外そうに桂は隣りを見やった。坂田銀時が返事をしないのは普段からよくあることだ。それも、本当に寝ていたならまだしも、面倒だからと狸寝入りを決め込んでいたり、わざと聞こえていなかったふりをして適当に誤魔化したりすることさえある。だから桂も大して気にも留めていなかったのだが、わざわざ高杉が声をかけるところ、彼も気にしていることのようである。
「うるせぇなあ、聞こえてるよそりゃあ。ぎゃあぎゃあ喧しいんだよお前ら」
「ぎゃあぎゃあ喧しくした覚えはねえがな」
「へー五月蝿くしてたことすら分かんねえのチビ助」
 たったこれだけの会話で眉を吊り上げる短気な攘夷志士をまあまあと桂はゆるく宥めた。後ろの部屋からは未だに嘔吐いている志士の気配がして、思わず苦笑が漏れそうになる。もう少し休めば幾分、他の志士達の酒も抜けるだろう。それが次の戦いへ向かう頃合いというところか。
 舌打ちをして口を閉ざした高杉は、憮然とした顔つきでそっぽを向く。言い返さないのは、銀時の声音から考え事をしていることを察したからだろう。返事をしつつも要領を得ず、しかしふざけすぎているわけではないような物言いをするときの彼は大抵、真剣に何事かを頭の中で巡らせているときだ。それも分からないほど、伊達に長年付き合ってはいない。狸寝入りをしつつ考え事をしているときが一番、分かりにくく厄介なのだが、今回は幸い分かり易い方だ。
「坂本。お前も見ただろう?」
「んー、そうじゃのぉ」
 屋根の上、銀時の隣りで星空を見上げている坂本辰馬は、桂から相手を替えて再び問われたことに対し、口許に笑みを浮かべながらも困った様に眉をハの字にした。
「まあ、助かったっちゅうことだけは分かっちょるんじゃがの」
 辰馬の言葉を聞きながら、何気なく銀時は自分の頭の後ろに回していた片手を前に翳し、掌を見つめた。時折、戦争というだけのことはあって、鍛錬等とは比べ物にならないほどの怠さに見舞われる。とてもではないが刀の柄を握りしめることができないような、そんな、握力全てが奪われたかの如くの状態。勿論それがいつもというわけではないのだけれど、それにしたって今日の「軽さ」は異常だった。
 思わぬ援軍。見たこともない武器を用い、援軍自体も見たこともなく、戦場に相応しいとは言えない女子供までもが入り混じった者達。彼らは謎の爆発的な力を見せつけて、魘魅えんみという名の者の率いる一軍を斃した。多くの天人も倒し、今日の戦場は寧ろ相手方が心配になるほどに、「楽」だった。
「しっかし、金時。おまん、一体どういう感覚を持っとるんじゃ。儂ぁ吃驚したぜよ」
「銀時だっつってんだろ」
 起き上がり、首を回して強張った筋肉を解す。まだどことなく、体の中に酒が残っているような気がした。良い酒を持ってきてくれたことには感謝したが、あのよく分からない男もよくも全く戦争の真っ只中で酔い倒してくれたと思う。―――実際のところ、見ず知らずの男を快く招き入れてどんちゃん騒ぎをしたのは、他でもない自分達であるが、それは棚の上に上げておく。
「てめぇ知ってたのか」
「あん?」
「てめぇは、あの軍勢を知ってたのか」
 高杉の食い付きもかなり良い。あの軍勢の中にいた顔を見たのなら、当然と言えば当然なのかもしれないが。
「馬鹿言え。あんな強烈な軍勢、知ってたんならとうの昔に酒持って行って仲間に引き入れてるよ。鬼に金棒じゃねえか」
「あっはっはっはっ、ちゅうことは儂らが鬼≠ゥ! なるほど、白夜叉殿もおるしの!」
 カラカラとした笑いを空にぶちまける辰馬。
 彼の笑いが一頻り響き、落ち着いた辺りで桂が口を開いた。
「では、何故お前は、起きるなり俺達を連れてあそこへ向かったんだ?」
 酒に酔いつぶれて眠っていたのは、他の志士と同様、銀時たちも同じだった。最初に起きたのは高杉であり、彼が思わずことの現状に呆然とした姿を見た者は、残念ながら一人もいなかったが、すぐに声を張り上げて起こすことを試みた。だが、心中そこまで焦ってはいない。敵がここにまで攻め込んできていたらそれこそ一貫の終わりだが、周りに気配も殺気もないし、これだけ寝坊してしまえば、敵が攻め込む気であるのならとうの昔にここにいるはずだ。そもそも殺されていて然るべきだろう。だが今いないのなら安全だ……と、高杉にしてはかなり危うい論理―――恐らく彼も酒が残っていたと思われる―――の下での、比較的のんびりとしたモーニングコール(一部物理)となった。勿論彼のモーニングコールによって、のろのろと(二日酔いの状態で)起き上がる彼らではあったが、予想に反して跳ね上がる様に起きて立ち上がったのは、普段ならば出来る限り惰眠をむさぼり、寝起きも最悪の坂田銀時だった。この戦争に至って、警戒心も酷く強くなり満足に眠ることができていないのは違いなかったが、酒が入っている以上一番起こすのが困難なのは銀時だと、高杉は思っていた。

『おい、行くぞ、お前ら』

 実にきっぱりとした口調で、突然、刀を携えて歩き出す。『お前ら』に一体誰が含まれているのかは、すぐに分かった。

『行くってどこにだ?』

 アルコールのために痛むのかモーニングコールで痛むのか分からない頭に顔を顰めつつ、桂が尋ねる。
 銀時は、またきっぱりとした口調で言った。

『戦場』

 辰馬が頭を振りながら、益々怪訝そうにする。

『何でまた……ああ、たしかに敵さん待ち惚け食らってそうじゃけど、別にそんな気ぃ遣う相手とは違』
『いや』

 振り返った銀時に、酒の酔いが残っているとは到底思えず。
 彼は、こう言う。

『護らなきゃいけねえもんを護りに行く。付き合え』


 ――――ったく、勝手な野郎だ。
 声に出さずに刀を持ち、高杉は銀時の後を追いかけ、一拍遅れて桂と辰馬も顔を見合わせて後に続いたのだ。
 あのときの銀時の言葉は、あの軍勢を知っていたとしか思えない。そうでなければ言えない言葉だ。そして、半信半疑でついて行ってみれば、何だかよく分からないが大変なことになっていることは遠目でも分かった。空を這うように広がって行く不気味な文様。その発生源かと思われる、赤い光。戦場に慣れた身体は、自然と、アレを斃せと急き立て、思うより先に走り出す。

『ちっせぇのよろしく』

 言うが早いか、また銀時は一人で駆け出し、崖を蹴り、凄まじい爆音と土煙を上げている壊れた船へと身を躍らせた。それからの判断は早かった。残った三人はそれぞれが赤い光を追って散り、謎の軍勢に赤い光が猛威を奮うより早く、刀で鋭く断ち切った。次の瞬間、崩壊した船の底からもまた激しい音がし、そこから、よいせよいせと戻ってくる銀時は、とてもではないが先ほどまでと同一人物とは思えないほどにただの一般攘夷志士だった。彼のオン、オフの違いには、毎度ながらも恐れ入る。
 ちなみに、謎の軍勢が不思議なことに順に消えて行ったのを、丘の上より見届けてからの一度の帰還途中、二日酔いで全力疾走した彼らは、各々のペースで嘔吐したとかしなかったとかの話は割愛する。
「何故って言われてもなぁ……」
 言葉を濁す銀時は、しかし知らないと言うよりも言いたくないという気の方が強そうに思えた。
 辰馬が、ふと目を細める。
「………気のせいかのう、儂ぁ、あの軍勢の中に、金時とヅラを見た気がするんじゃ」
「ヅラじゃない、桂だ。わざとか」
 すると、高杉も微かに口の端を吊り上げる。
「俺も見たぜ。あのアホ面は銀時とヅラくらいしかいねぇ」
「ヅラじゃない、桂だ。アホとかけたつもりか。面白くないわ貴様」
「あのヅラも平和そうだったな」
「ヅラじゃない、桂だ。便乗してるが俺と同じ立ち位置だぞ」
 少しの沈黙が生まれ、桂がやれやれと息を吐く。
「……では、あれはもう一人の俺と銀時ということになるが。じゃああれは天人の術か何かか?」
「さあな。そうかもしれねえしそうじゃないかもしれねえ」
 おや、と辰馬が銀時を見る。
「おまんも知らんっちゅうことか」
 先ほどの言いにくそうな様子から、そういった事情も彼ならば知っているのかと思ったが。
「あるいは――――俺達の未来の姿」
 思わぬ人物の思わぬ言葉に、桂が隣りから凝視し、銀時と辰馬が虫の様に這って屋根の上からコウモリよろしく頭を逆さにして顔を覗かせ、凝視した。
 あまりに視線が飛んでくるので、思わず高杉も表情が硬くなる。
「な、なんだよ………言ってみただけだ。そんな夢物語、あるわけがない」
「そうだぞ。それに、もしそうなってしまえば、未来では俺達は一緒にいないということになってしまうではないか。高杉、俺はお前が犬死したなどと認めたくない」
「おいヅラぁ、何で俺が死んだの前提になってんだ」
「そうじゃぞ、滅多な事は言わん方がよきに、ヅラ。ひょっとすると、儂と一緒に空に行ってるのかもしれんぞ」
 たしかに、時折辰馬が「空へ行く」と軽く口にしているのは聞いたことがあるが、それはそれでどうなのだろう、と高杉に眉間に自然に皺が寄る。
「そんなの、考えるだけ無駄だと思うけどな、俺は」
 やる気のなさそうな声に、彼らの視線が同時に動く。屋根の上から顔を覗かせるのをやめており、桂と高杉からはもう顔は見えない。しかし、声音から屋根の上で、また頭の後ろに手を回し横になっているのだろうことは簡単に想像できる。いつものことだ。
「未来なんか、元々よくわかんねえもんだ。今までもこれからも。俺達が一緒にいられるかどうかなんてそんなこと、分かりゃしねえよ。だからあいつらも必死だったんだろうさ」
 空に瞬く星が、消える寸前までぎゃーぎゃー喚いていた騒がしい連中を思い出させる。あそこにいる自分も、仲間に恵まれているらしかったのは、嫌と言うほど目に焼き付いた。
 後半は、誰に向けるというわけでもなく、思いにふける様に言った銀時。そこで三人は察する。やはり、あの軍勢は全て、未来の姿なのだろう、と。
 桂が腕組みをする。
「いーや、俺はそれでも認めんぞ。未来でも、俺はこいつらと共にいられると信じている!」
「俺ぁ御免だがな」
「あっはははは! 相変わらず素直じゃないのう!」
 気の好い仲間が、未来にもいた。そして、今の俺にもいる。自然と頬がほころんだ。


「―――銀時」
「あ?」
 既に桂と辰馬は寝入ってしまっている。時間も時間だ。長々と話すのは体力にも差し支えるし良くない。しかし、何となくもう少し星を眺めていたくて屋根の上に居続け、やっと下りて来たと思えば、そこに高杉がいたのだから驚いた。彼は自分よりもよほど頭が良い。非効率な事は避けるはずなのに。
「どしたぁ、何かまだ文句でもあんのかよ。明日は今日みてえに楽じゃねえぞ、きっと。さっさと寝ろや。寧ろ奴さん、謎の軍勢に恐れをなして、もういねえってのに重装備で来るかもしれねえしなぁ、そしたらその尻拭いしなきゃいけねえのはいい迷惑な話で俺達―――」
「まだ答えてねえ質問があったはずだ」
 頭を掻きながら部屋の中へ行こうとしていた銀時が足を止める。志士達の寝息が聞こえて来る。
 振り返ると、月を背にした高杉が、もう一度、問いを重ねた。
「何でてめぇは、あの軍勢を助けに行かなければいけねえと思った?」
「――――――」
「どうしててめぇには、それがわかった?」
「随分と食い付くな」
 高杉は溜息を吐いた。
「……別に。何となくだ。悪いか?」
 何で俺はあそこにいない―――なんて、思ってるのかは分からない。思ってたら嬉しいな、なんて、勝手に思う。銀時は肩を竦めた。
 言っただろう、未来は不確定なんだって。未来なんて分かっていいべきもんじゃねえのさ。
 ――――まあ、未来も、一緒にここで戦った仲間がいたらいいなとか、ちょっとくらいは思うけど。
 銀時はこっそり嘆息した。


「夢見ただけだ。それ以外俺は知らねえよ」


 その夢の中で、俺は。
 変な言葉遣いする恐ろしいほどの大食いな餓鬼と、真面目そうででも影の薄そうな餓鬼と、常識外れにデカイ白い獣と一緒にいて。

 こそばゆいほどに楽しい連中と日々過ごしてた。

 ―――っつう、今の俺からしてみれば、本当にくだらなくて、本当に有り得ない夢物語。


 合点がいかない様子で、高杉の眉間の皺は深まるばかりだ。



 ―――僕等は、こんな未来望んじゃいない!!
 ―――嫌だよおおおおっ!!!

 嗚呼、もうこれ以上の説明は望めそうにない。





 
 自分てめぇ自分てめぇに「行け」って言ったのさ
 そんなら行くしかあるめえよ なあ 坂田銀時未来のクソ野郎






fin.



「劇場版銀魂 完結編・万事屋よ永遠に」が名作すぎて書いた作品です。まさか攘夷戦争時代の彼等が出てくるとは思わないじゃない、すっごい美味しいところ持っていくなんて、思わないじゃない……!!(大興奮)
歴史を変えたとはいえ、あの時代で「万事屋をやっている銀さん」たちを助けた「攘夷戦争に参加中の銀さん」たちには、そのまま記憶として残るんじゃないかと。

そして、あのタイミングで助けに来てくれたあの人たちは、やっぱりほかでもない自分が来たから、直感的に、仲間を守りたい気持ちで来れたんじゃないのかなと思いました。

でもこれを書いていて思ったのですが、高杉がいないって、本当に見ると辛いですね…本当は一番仲良しなのにね、銀時とね……。
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