■ 夜の月

 飛空艇の整備のために、一晩はリンドブルムで過ごすことになった。クイナは城の食べ物をたっぷり食して心地よい眠りについているようであったが、声の出なくなってしまったガーネットや、黒魔導士達の本当の気持ちに不安を覚えている様子のビビはなかなか眠ることができないようだった。その二人を、ジタンとフライヤが寝かしつけていた。エーコも寝かしつける側に回ってはいたが、彼女とてまだ幼い。無理に余裕を振舞っているようで、最終的にはフライヤに抱き付いたまま眠りについた。
 皆がだんだんと眠って、次第に静かになり始める宿屋の中、サラマンダーがぽつりと、「狸寝入りの下手なやつだ」と呟いたときにスタイナーは、自分のことだな、と微かに苦笑した。普段は、こうして固い床に布を敷いただけでも、盛大な鼾をかいている彼が静かなのだ。誰もが彼の寝ているフリには気付いていただろう。「さっさと寝るんだな」と付け足された言葉にも、スタイナーは起き上がって答えるという行為はしなかった。ただ、あれだけ最初は仲間といることに疑問を持っていた彼が仲間を思いやっているという事実に、驚きはしたが。
 それからどれほどの時間が経過しただろうか。ふと、スタイナーは目を開けた。僅かではあるものの、頭の中枢が麻痺している。短時間とはいえ、寝ていたらしい。ゆっくりと体を起こして、暗い部屋の中を見回した。ベッドの上で丸い体を横たえ熟睡するクイナ、扉のすぐ近くで座って寝ているサラマンダー、椅子に座って寝ているフライヤ、その膝の上で寝ているエーコ、一つのベッドの中で寄り添うように眠るガーネットとビビ。スタイナーは、まだ真夜中なのだなと溜息を吐いた。どうにも、柄にもなく色々と頭の中で考えてしまい、それほどの深い眠りにつくこともできず、妙に夜が長く感じた。
 何気なく、窓の方を見る。月の光が見え、黒く長細い影がゆらゆらと揺れており―――
(……影?)
 なんでそんなものが見えるのだ、とスタイナーは首を傾げた。それに、あのゆらゆらと揺れる長細いものは、どこかで見た記憶がある。
 暫く無言で記憶をたどってみて、ハッとする。もう一度、部屋の中を見回した。
 ………一人、いない。
 音を立てないように立ち上がって、静かに窓の方へと近寄る。そっと開けると、ベランダの柵に腰かけて月を眺めている、盗賊の姿があった。
「………ジタン?」
 尻尾が、ゆらりと動く。別段驚いた様子もない。彼は気配には敏感だ。とうの昔から、スタイナーが起きていることには気づいていたのだろう。
「……寝ないのであるか」
 問いかけてみれば、盗賊は軽く肩を竦めただけだった。ただ無言で、月を見上げているだけだ。
 返事ぐらいするのである、と眉を顰めながら、スタイナーも柵に腕を乗せ、彼のマネをするように月を見上げた。丸い月が、美しい光を放っている。闇夜を照らす、唯一の自然の光。
「……明日、朝早くから黒魔導士の村、行くんだぞ」
 初めて、ジタンが口を開いた。
「……寝たほうがいいんじゃねえの、スタイナー」
「……貴様に言われたくないのである」
 暫くの間、二人はそのまま沈黙を守った。しかし、その沈黙を再び破ったのは、またジタンであった。
「………おっさん、ごめん……」
 何を突然、この盗賊は謝っているのだろうか。スタイナーは目を丸くした。
 ずっと月に向けていた視線を、落とす。
「……ダガーの声が出なくなったのは……俺の責任だ」
 ガーネットは、アレクサンドリアが破壊されたことによるショックからか、声が出なくなってしまった。今では、彼女の歌を聞くことができない。狩猟祭があったあの頃に聞かせてくれた歌を、今のガーネットでは歌えない。
 ブラネが死んだということ、彼女の力ではアレクサンドリアを守り切れなかったこと、数知れないストレスが、声を出せないという事態に直結したのであろうというのは、トットの意見だ。それは的を射ているし、実際そうなのであろうとは思う。しかし、リンドブルムの周囲にモンスターが出たと聞いて軽く倒しに行ったときでさえ、精神集中もままらないガーネットを見ていると、口で言うことができるような域をとうに超えた心の傷があることは、一目瞭然であった。
 ジタンはショックだった。自分がいながらも、結局ガーネットに深い心の傷を負わせてしまったことが。何があっても自分が護るという信念が、彼女が王女となることでぶれてしまった事実に、腹立たしくなった。自分がもっとしっかりしていれば、ガーネットをこんな目に遭わせなくて済んだのではないか。ブラネが死なない方法も、見つけることができたのではないか……。
 自責の念に駆られて、仕方なかった。夕方にも、敏感に気付いたフライヤが少し元気づけてくれたものの、大丈夫と返したものの、本当はそうでもない。寧ろ、罵倒してほしかった。
「……自分に、貴様を怒る権利はない……」
 しかし、その罵倒してくれるものと思っていたスタイナーからの返事は、予想に反して静かなものだった。
「……自分は、戦争の苦しさを知っている。戦うこと自体の重さも、辛さも、誰よりも知っているつもりである」
 彼は戦災孤児だった。アレクサンドリア兵に拾われてからは、アレクサンドリアの兵士を目指して必死に鍛錬を続けてきて今に至るが、幼いころの記憶はそう簡単にぬぐえなかった。時折、どうして自分は人殺しの剣を持っているのだろうかと、己の腕をへし折りたくなることさえある。
 だが、ガーネットのためならばと思うことで、任務を遂行することで、彼は立ち上がることができた。立って、どんなに罵られても、剣を捨てようとは思わなかった。この剣は殺すための剣ではなく、護るための剣なのだと。
「……リンドブルムで、姫様がジタン達にスリプル草を盛ったとき……本当は、止めるべきであった」
 ガーネットに必死に頼まれ、頷いてしまった自分。
 自分一人がいれば、彼女を護ることはできるという、自信とプライド。
 結果的に、皆がいなければガーネットは死んでいた。自分があのときに頷かなければ、ゾーンとソーンに召喚獣まで奪われてしまうことはなかったかもしれない。今更ながら、バクーの「自分、自分と言いながら、自分のないやつだ」という言葉はかなり堪えた。
「………今回のことは、自分にも責任があるのである」
「……………」
 ジタンは俯き、眉根を寄せた。
 足をぶらぶらと、落ち着きなく揺らす。
「そのような顔をするな! ジタン・トライバル!」
 ふいの大声にジタンが全身をびくつかせた。
 スタイナーの方を見ると、彼は呆れ顔でこちらを見上げていた。
「……貴様には感謝している。頼りにも、している。……だから、旅の間……自分と共に、ジタンにも姫様を守ってもらいたいのである」
 脳裏に、ゾーンとソーンの姿が、クジャの姿が、浮かぶ。
 今からでも、できることはある。
「………当たり前だろ? おっさんよりはずっと俺の方が強いしな」
 にんまりと笑って、柵からベランダに下りると、手を頭の後ろで組み合わせ、そのまま部屋の中へと戻っていく。
「貴様っ……! 自分を甘く見るなっ! 自分は貴様なんぞよりもずっと……! こら! 聞いているのか!!」
「うるせぇな、みんな起きちまうだろー?」
 喚きながら、部屋の中へと戻る、盗賊と兵士。
 二人のいたベランダは、月光によって暗闇の中、ぼんやりと浮き上がっていた。





fin.


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