■ 独りじゃない

 ――――ジタンと一緒に旅をしてて、ボク、強くなれたと思うんだ……
 ――――ムチャだよ、ジタン!!
 ――――人にはお節介やいといて、てめえは自分だけで全て解決か?
 ――――ジタンが私たちを見ていたように、私たちもジタンのことを見ていた!
 







 ――おきてよ、ジタン!!――


「ん……っ」
 重い瞼を持ち上げると、空というにはどこか青すぎるような色が視界に入った。
 初めはぼやけていたが、何度も瞬きをするうちに鮮明になる。頭の芯がクラクラする。体を起こして、少年は顔を顰めて額に手を当てた。それでも世界が回っているような妙な感覚で、幾度か頭を振る。
 ゆっくりと顔を上げ、周囲を見回した。自分から少し離れたところで、額に傷をもつ青年が座っており、空を見上げていた。
「スコール……?」
 ピクリ、と肩を震わせて、こちらを向いた。
「……目が覚めたか?」
「俺……何で……」
「この次元城で、俺とバッツに会ったのは覚えてるか?」
 記憶を手繰り寄せると、たしかにそうだ。
 自分はバッツと共にクリスタルを探していた(厳密には、どちらが先に見つけられるか競争をしていた)。ところが、途中でバッツがカオス軍の罠にかかり、何処へと飛ばされた。そのあとスコールに会い、共にバッツを探しに行った。無事にバッツを見つけたまではよかったが彼を利用した新たな罠のために、今度はジタンが一人、別の場所へと飛ばされたのだ。その先に、クジャがいて――――。
「……そうだ。クジャを倒して、俺は二人に再会して……」
 しかし、ジタンには以降の記憶がなかった。
 スコールが肩を竦める。
「再会してすぐ、倒れたんだ」
「そうだっけ……」
 倒れた、と言われてもピンとこない。それに、なんだか妙な夢を見たような気がした。
 それはまるで、かつての記憶が顔を覗かせたかのような。
「……悪い。迷惑かけちゃったな……」
 ジタンが顔を俯かせて言ったが、スコールは何も答えなかった。
「それで、バッツは?」
「水をとりに行った」
 こんなところに水があるのだろうか、と甚だ疑問であったが、彼が言うからには本当なのだろう。バッツも、何かと奇跡でも起こして水を持ってきそうなものだ。
 壁にもたれて息を吐いた。次元城は、いつでも不思議な空間だ。
 目を覚ましたジタンの傍で、スコールはただ黙って空を見つめ続けた。独りを好む彼が、無言でも近くにいてくれていることに、少年は感謝した。
「………疲れでも、出たんだろう」
 思い出したように声をかけてくれるところも、スコールの不器用な優しさだ。
 小さく頷いて、ジタンは何気なく芝に手を這わせる。
 僅かな沈黙が広がったが、それを壊したのは、水をどこからか汲んできたバッツだった。
「おーい、スコール!」
 走ってきた彼は、小さな筒の中に貯めた水を得意げに見せた。
「どーだ、水だって探せばあるんだぜ!」
「…………」
 どうでもいい、と言いたそうに首を振るスコールに、バッツは唇を尖らせる。しかし、ジタンに目をやって表情を一変させ、顔を輝かせた。
「ジタン! よかった、目が覚めたんだな!」
「お、おう……さんきゅ、バッツ」
「いーって、いーって!」
 笑いながら筒を差し出し、飲むように促した。従ってジタンは中の水を飲む。思っていたよりずっと冷たくて、心地よく冷水が喉の奥に触れる。
 ジタンの正面にしゃがんで、一人、頷く。
「うん。顔色もそんな悪くねえし、大丈夫そうだな!」
「ああ……」
 相変わらず無言であるスコールは、バッツが戻ってきたからといってどこかへいなくなろうとはしない。彼なりに心配してくれているのだろう。
 ふいに、口を開く。
「……魘されていた」
「え?」
 ジタンが瞳を瞬かせると、青年の首がこちらに向いた。
「……気を失っている間、ひどく魘されていた」
「ああ……」
 そうかもな……。
 なんとなくそんな気がしていたジタンは、曖昧に笑って見せた。
「いや……そんな、嫌な夢じゃねえと…思うんだけど、な」
「どんな夢?」
 バッツが尋ねてきて、少年は手を顎にあてた。
 よく、思い出せなかった。思い出せなかったが……、
「……顔も名前も、場所も、何も思い出せねぇけど……」
 言葉を選んでいる様子の少年を、スコールとバッツはただ黙って見つめた。
 何も、思い出せなかった。思い出すという言葉を使う時点で、かつて経験したことがあるようなものと断言しているようなものであったが、たぶん合っている。あの夢は、自分の記憶だ。きっと、コスモスとカオスとの戦いが繰り広げられている、この世界に来る前の――帰るべき、約束の場所での。
「俺は……独りじゃなかった」
 切なげに細められた目に、一瞬、二人は面食らったような顔をした。
 しかし、バッツは優しく微笑む。
「……そっか。じゃあ、いいじゃん」
「うん……」
 立ち上がったスコールが、ジタンに歩み寄った。
「離れていても、独りではない。……俺たちも」
 彼らも、心のどこかでは思っている。
 コスモスとカオスの戦いの輪廻で、自分たちはいつからか、ずっと戦い続けている。けれど、きっとじきにこの戦いにも終わりが来て、その際には、自分たちはそれぞれの世界に帰ること。そして、この世界で彼らと出会ったことも、コスモスやカオスのことも、きっと、忘れてしまうこと。
 しかし同時に、わかっている。覚えていることだけが絆ではない。その人の近くにいることだけが、「一緒」ではない。
「……うん」
 また、小さな頭がコクリと動いた。

『独りって、寂しくないか?』

 スコールが独りで行きたい、と言ったときに、即座にジタンが返した言葉だ。
 ジタンは、女好きで明るくて、ついていけないところもいくつかある。しかし一方で、物事を独りで背負い込む。独りを恐れているのは、ジタン本人だ。
「ジタン、約束するぜ!」
「っ!?」
 バッツが、スコールの腕を引っ張り、彼の大きい手で少年の手を包み込ませた。その上から、バッツ自身の手を覆い被せる。
「お前は独りじゃないし、俺たちも独りじゃない。俺たちはずっと一緒なんだ」
 何を不安に思っていたのか、わからなかった。
 倒れてしまった原因も、もしかしたらクジャとの戦いがあったからかもしれない。クジャを憎み切れない自分がいることを、ジタンは知っている。クジャとのことは覚えている。悲しみがもちろん伴っているが、それだけではない。負の感情だけでもない。
「……ありがとな、バッツ。スコール」
 バッツは白い歯を見せて笑った。
 スコールはしかめっ面で顔を慌てて背けたが、不快に思っているわけではないだろう。
「俺たちは、独りじゃない」
 念じるように言って、ジタンはようやく、彼らしい顔になった。
 先ほどまでの気弱そうな気配を払いのけ、勢いよく立ち上がった。
「じゃあ、全員クリスタルは手に入れたわけだし、一回戻るか!」
 二人の顔を順繰りに見て、ニッと笑う。





 ――――みんなでな!!





fin.


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