■ 鶴が仲間を護る理由
顔面蒼白になった審神者の前で、からりと笑い手を挙げたのは、今回第一部隊の隊長を務めた鶴丸国永だ。彼の特徴といえば全身の真っ白な、まさに「鶴」と言えるような容姿であるが、今はお世辞にも「白」とは言い難かった。体中の至る所から血が流れ落ち、身に纏った全てに赤が染みている。言うまでもなく重傷で、事実、飄々と笑って見せる彼は一人で立つこと等できていなかった。両脇にいる燭台切光忠と大倶利伽羅が支えていたからこそだ。この二人にしてみても怪我をしていたが、鶴丸のあまりの酷さに妙に軽い傷なのではないかとさえ感じられるほどだった。
「つ、鶴丸」
「よぉ主」
出迎えた審神者に対して挙げていた手をゆっくり下ろし、声を発した鶴丸が、とたんに顔を顰める。声を出すだけで激痛が伴っているようだ。しかし、彼はすぐに笑顔を浮かべて軽く首を傾げて見せた。
「どうだ、紅白に染まった俺は。より鶴らしくて、めでたいだろう? 驚いたか?」
「鶴丸」
喋るな、と大倶利伽羅が窘める。次の瞬間には鶴丸は顔を顰めて歯を食いしばっていたのだから、やはりたったそれだけを言うだけでも傷に障ったのだということは傍目でも明らかだった。何とか辛うじて自分の足を地につけ歩いていたが、徐々に彼の体重が、先ほどよりもかけられていくことに気付いた燭台切が審神者に目をやる。青ざめて固まってしまっているのは、心配してくれているが故であろうが、心配するだけでは何も事は改善しない。
「主!!」
「っ! は、はい! 光忠、倶利伽羅、そのまま鶴丸を手入れ部屋に連れて行って!」
審神者の指示に従い二人は鶴丸を支えて手入れ部屋へと急いだ。先ほどまでの鶴丸が嘘のように、目を閉じてぐったりと、完全に二人に身体を預けている状態だ。手入れ部屋へ行く途中で点々と赤い血が斑点を作っているのを見て、唇を噛んだ。一体何が、と眉を顰めれば、歩み寄ってくる気配に顔を上げる。
和泉守兼定が神妙な面持ちで、すまねえ、と口にした。彼はこの本丸において、かなり初めからいる刀剣の一人だ。練度も高く、もしものときは助けてやって欲しいと、第一部隊に入れていたのだ。
「兼定、何があったの?」
「検非違使だ。あいつらが俺らの動きを読んでて待ち伏せてた」
さっと青ざめる。そういえば、資材の不足で手入れがそろそろ滞るのではないかと、似たような地域にばかり出陣させていた。それを幾度か検非違使の一部が目撃していたとすれば、待ち伏せることはそう難しくないはずだ。和泉守が悔しそうに歯噛みし、ぐしゃりと髪を掻く。しかし、そんな彼も所々には痛々しい傷が見られた。
「ごめん、私がもっとちゃんと考えてれば」
「主は悪くねえだろ。俺が庇いきれなかった。っつーか、庇ったのは寧ろ、」
「大将」
声がして視線を下に向けると、薬研藤四郎と厚藤四郎が苦虫を噛み潰したような表情でこちらを見上げていた。彼らもかなりボロボロで、髪も乱れている。つん、と血の匂いがした。
「鶴の旦那のことは俺らに責任がある」
薬研の低い声に、え、と言葉を漏らすのも一瞬。厚が審神者の腕を掴み、声を張り上げた。
「大将、鶴丸、折れたりしねえよな!? 大丈夫だよな!? なあ!?」
「お、落ち着いて、厚、大丈夫だから。大丈夫だから」
「薬研、厚!!」
声が聞こえて来て、二人が弾かれたように顔を向ける。今日は内番だった一期一振だ。彼は二人の姿を認めるやいなや駆け寄り、その傍らにしゃがんだ。
「いち兄……!」
厚が彼にしがみつき、あの薬研までもが泣き出しそうに顔を歪めている。――――と、
「審神者殿! 手入れ部屋の準備ができております!」
たん、とどこからともなく現れたこんのすけに、頷く。刀剣を手入れする以外に、何が起きたのか等を聞くことで他の刀剣たちの混乱を和らげるのも審神者の仕事だ。手入れ部屋の準備は大抵、その間にこんのすけが行ってくれる。あと必要とされるのは審神者の霊力と、その腕だ。
「第一部隊の刀剣男士は全員来なさい!」
鋭く言い放って、審神者が駆け出す。その背を一期は見送り、薬研と厚の頭をそれぞれ撫でた。この二人も手入れが必要だが、今はそれどころではないらしい。弟達の中でもどちらかというと兄の立場に位置する二人がこれほどに困惑し泣きそうになってしまっているというのも、かなり珍しい話だ。
手入れ部屋へ行こうと足を踏み出しかけた和泉守が、ふと振り返って。
「あと一歩で、こいつら折れるところだった。鶴丸に礼言っとけよ」
一期が、微かに目を見開いた。
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