■ 隠れて離れて近づいて

 夜遅くまで薬を調合していたせいで、眠気が酷い。ただ、決して初めてのしんどさではない。前の晩に重傷者が大量に運び込まれてきたときと比べれば、寧ろしんどくないとさえ言える方だ。
 薬研藤四郎は、白衣の裾をふわふわと揺らして欠伸をかみ殺しながら足を進める。起きはしたものの、どうも朝は得意ではない。薬の調合だけでなく、短刀である彼は夜戦に駆り出されることも多いので、半ば昼夜逆転の生活なのである。審神者は「昼まで寝ていても良い」ときちんと配慮してくれているし、暇さえあれば内番に放り込むなんて無茶なこともしない。それに甘んじている刀は沢山いるし、兄弟たちも然り。しかし、薬研は必ず起きて朝餉には向かうようにしている。無論、夜戦であったから寝坊している刀を悪く思っているわけではないから、結局そこは薬研の性分なのだろう。起きて活動している刀がいるのに布団で惰眠を貪っているのは、何となく落ち着かないのだ。
 ―――それに。
 視線の先。廊下の突き当たりを右に曲がる角に、ちらりと足の先と長い髪が見え、自然と頬が緩む。
「行光。おはよう」
 声をかけると、立っていた人影が微かに震えたのが分かった。反応はただそれだけだ。隠れていた彼は小走りで離れていってしまう。
 追いかけるような真似はせず、歩く調子はそのままに薬研は進む。角を曲がると、そこに未開封の甘酒の瓶が一本、置いてあった。拾い上げる。
「流石に俺は、朝からは飲まんなぁ」
 瓶を軽く揺らすと、白濁した水が、ちゃぷりと中で音を鳴らした。
 
   ***

 本丸の中庭には、大きな桜の木が並んで生えている。青い空にピンク色の花は非常によく映えて美しかった。庭の中央にある二つの池と、その上をまたぐようにかかる赤い橋。短刀たちと、本丸で飼われている……正確には、飼い主と共に顕現した子虎と鵺と狐が、無邪気にひらひらと舞う桜の花弁を追いかけている。
 春の日差しが降り注いで、麗らかな日和。だが、全員が全員非番ではないし遊んでいて良いわけでも、自由に鍛錬をして良いわけでもない。
 風に乗って舞う桜の花弁に囲まれて、笑顔を浮かべている兄弟を、薬研は遠目に眺めた。心を穏やかにし、改めて正面に向き直る。……と、
 ――――べろん。
「…………」
 ぺろ。ぺろぺろ。べろべろべろ。べろん、べろんべろん。
「……やげん。おかお」
「分かってる」
 べろべろ。べろべろべろ。
「……いや、わかってるって」
「分かってる。……舐められてることくらい」
 先ほどの穏やかさは何処へやら。薬研はげっそりとした顔つきで正面の馬を見据える。盛大に顔面を舐められながら。
「……やげんっていっつもなめられてますよね」
「物理的にな」
 本日の内番。厨当番、歌仙兼定・太鼓鐘貞宗。洗濯当番、岩融・不動行光。畑当番、乱藤四郎・信濃藤四郎。手合わせ、日本号・御手杵。そして、馬当番、今剣・薬研藤四郎。
 今剣はよしよしと慣れた調子で馬の顔を撫でながら、顔を馬の唾液だらけにしている薬研に苦笑した。
「なんででしょうね、いつもそうなっちゃう」
「短刀は機動が高いし、馬に乗ることも少ないからなぁ、信頼関係がいまいちなのかもしれん」
「ぼくはきずけていますよ。しんらいかんけい」
 ねえ? と今剣が語りかければ、馬の方は肯定するように「ひん」と短く鳴いて、小天狗にぐりぐりと頭をすり寄せた。勿論、彼の小さな頭が、馬の涎にまみれることはない。
 ちなみに会話をしている間も、薬研の顔面には馬の舌が這っている。されるがままでいた薬研であったが、少し経った後に、ふるりと体を震わせた。
「っ、なあ、もういいか、俺は飴玉じゃあねえんだ。舐めれば舐めるほど味が出る、なんてことはないんだぜ」
 べろべろべろべろべろべろべろべろ。
「聞いてるか?」
「やげん、きゅうけいしましょうか。おわすれかもしれませんがぼくたち、どうぶつとおはなしはできないんですよ」
 鳴狐が連れているお供の狐とは会話が可能だが、あれは鳴狐の一部であるからこそだ。五虎退の子虎にしても、獅子王の鵺にしても、いずれも飼い主からしてみたら「言わんとしていることは多少分かる」らしいのも同じ理由が考えられる。一見は一般でもよく知られる動物や妖怪だが、その本質は全く異なる。
 対して、戦場を駆ける際に役立つ馬は、何かしらの刀と一緒に顕現したわけでもない純粋なる動物なのだ。
 今剣に頷き、薬研は馬の顔をひと撫で。「また後でな」と言い残せば、舐めるスピードが加速した。前髪が舌で一気に持ち上げられ、そのまま頭頂へと持って行かれてしまい、前髪すべてをアップにした髪型へと図らずもシフトした。眼鏡も盛大に濡れて視界が歪んで、あまつさえ決して気持ちがよいとは言えない馬の口臭に包まれる。薬研の顔から表情は消えた。
 完全に哀れむ表情で今剣は薬研の手を引いて歩き出す。
「……こうも馬になめられるってな、俺が未熟なんかな……」
「しゅぎょうにいってつよくなってかえってきて、いまやだいいちぶたいのたいちょうをつとめるまでになっているのに、みじゅくなんてことはありませんよ」
「……じゃあ、もっと怖い顔をした方が良いのか……?」
 疲れ切った声で嘆く薬研の顔はべたついている。顎から滴り落ちそうになっているのは汗ではなく、馬の唾液だ。尋常じゃない舐められ具合は他の兄弟も困り顔で唸るほどである。
 実のところ、馬がそんなに舐めるのは薬研ただ一人であって、他の刀にはそうはいかない。信頼関係を築くことができている刀は今剣を初めとして多くいるが、馬の方の甘え肩はすり寄ってくることが最大にしてほとんどだ。歌仙や蜂須賀は馬当番を嫌うが、彼らも戦場で馬に乗ることはあるし馬に懐かれてもいる。ただ、舐めたりすると盛大に怒られる。馬とて好んで怒られたくはない。
 まあ早い話が。馬なりの一番の愛情表現かつ、じゃれやすい行動が「舐める」ことなのであって、それをしても全く怒らないのが薬研だ。つまり、馬が薬研の優しさに甘えているのである。
 尤も、本人にとっては無意識の優しさであって、「舐められたら叱りつけてやめさせる」、所謂躾ができることに気づいていないだけなのだが。
(やげんはしかったりしないですもんねぇ)
 本丸に顕現した最初から、そうだ。馬相手に限ったことではない。薬研は弟に関しても、それ以外の刀に関しても、何か間違いを犯したり失敗をしたりしても叱ることはないのだ。ただ、やんわりと窘めて、さっさとより良い方法を提示して、自分で考える時間を与えてやる。そうされた刀は皆、自然と自分の間違った考え方を改めた。「叱る」方法を頼らない、薬研の技と言える。
(うまはときに、ひとよりびんかんです。やげんのやさしさのほんしつをみぬいてるからこその、こうどうなんでしょう。よほどなついていないと、あんなになめたりしません)
 薬研は深く溜息を吐いた。鋭い男のくせに、自分のこととなるととんと理解できない様子はいっそ滑稽だ。しかも彼の憂鬱の原因である相手が馬なのだから。
 今剣は馬の躾には慣れている。だから顔を舐められそうになったときははっきりと叱ってやめさせた。動物は察しは良いが遠回りな躾は全く意味をなさない。
(でも、まあ、おもしろいしこのままでいいでしょう)
 戦場で馬が薬研に甘えてしまい、全く走ってくれず困ってしまうといった事情があるならば、大急ぎで躾の仕方を教えて改善させるところだ。
 だが実際には馬はよく走ってくれているし、戦場で困ったことはない。
「ふくもの、もってきましょうか」
「頼む……」
 今剣が尋ねると、項垂れた様子のまま薬研は頷いた。
「じゃあ、さきにおやつをたべていてくださいね!」
 そう言った小天狗はぴょこんぴょこんと小さな体を軽やかに跳ねさせながらどんどん離れていったかと思えば、一瞬にして本丸の方へと消える。今剣は、修行を終えたばかりの身だ。機動に関しては前とは考えられないほど跳ね上がっていて、未だに日常生活と戦場とで力のコントロールが上手くできていない。早いことで別段困ることもないが。
 内番をある程度進めて良い頃合いになってくると、厨当番が何かしらの甘味を届けてくれる。自然に加わったこの本丸での習慣だ。馬当番の場合は、馬屋の傍に休憩用のベンチが備え付けられているので、大抵そこにラップをかけて置いてある。
 汚いと分かっていながらも白衣の袖で申し訳程度に顔を拭きながら、薬研はベンチへ向かった。
「………ん?」
 だが、ベンチに来てみると、思っていたのと少し違う様子が目に飛び込んできた。
 今日の甘味は三色団子と桜餅。四本と二個なので、今剣と分けて二本と一個ずつといったところだろう。それは、良い。甘味が乗った大きめの皿とは別に、水の張られた桶と、真っ白のタオルが一枚、丁寧に畳まれて置かれていた。
 思わず、薬研は目をぱちくりと瞬かせる。何故こんなところに、都合良くあるのだろうと思う反面、薬研の中には思い当たる刀がいた。初めの頃なら、ただひたすらに疑問を抱くだけだったが、伊達に「彼」が顕現してから何ヶ月も過ごしてはいない。
 心の中で感謝の言葉をつぶやき、眼鏡を外して白衣についているポケットに引っかけた。桶の前に屈むと、ばしゃばしゃと顔に水をかける。水は冷水ではなく、ほのかに温かいので、気を遣ってくれたらしい。それにすら頬が緩んで、鼻先から水を滴らせながらタオルを手に取る。真っ白の綺麗なタオルで馬の涎を拭うというのも気が引けたが、思い切ってそこに顔を埋めた。
(……いつもの香りと違うな…)
 ほんの数日前までは花の香りだったように思うが、どちらかというとこれは果物に寄った香りだ。香り付きの柔軟剤を変えたのだろうか。
 ――――今日あいつ、洗濯当番だったっけ。
 そう考えたところで、桶とタオルとを抱えた今剣が駆け戻ってきた。既に洗い立てのタオルに顔を埋めている薬研を見て、目を丸くする。
「あれ、まちきれなくて、じぶんでとってきたんですか?」
 タオルから顔を離し、いや、と首を横に振る。
「置いてあった」
「?」
 不思議そうに大きな赤目を瞬かせて、思案顔をしていた今剣であったが、やがて合点がいった様子で頷いた。呆れたような、面白がるような。それでいて、困ったような、そんな笑顔を浮かべる。普段から舌足らずで、他の短刀よりも幼いイメージが付随する今剣だが、こういうときはとても大人びて見える。
「また、ようせいさんですか?」
妖精さん
 薬研の身の回りに起こる不可思議な現象。分かっている刀には分かって、分からない刀には分からないまま、純粋な意味としてそう称されている。
 今剣は、「分かっている刀」なのだろう。だから妙に含みのある言い方をするのだ。
「そういうことだ」
「まいにちまいにち、おせわになっていますね」
 皮肉混じりな物言いに薬研は苦笑を返すしかない。
 執務ばかりで疲れたと感じたときには、部屋に戻ると金平糖の入った瓶が鎮座していたことがある。あとで片づけようと思って、多くの刀が出払っているのをいいことに広間に服を脱ぎ散らかしていたら、いつの間にか洗濯されていたことがある。縁側でうたた寝をしてしまったとき、目が覚めたら肩に布が掛かっていたことがある。泥だらけの戦場で戦った次の日、薬研の靴を初めその部隊に組み込まれていた刀が履いていた靴が綺麗に磨かれていたことがある。安眠できない日々が続いて苦しんだとき、部屋の前にお香が置いてあったことがある。
 他にも挙げていったら、きりがなかった。この現象はもはや本丸内に知らない者はいない状態だ。
「あとは姿を見せてくれりゃあ言うことねえんだがなぁ」
 お礼の一つも言わせてくれない。妖精さん≠ヘ頑なに、薬研の前に姿を現すことはない。しかし、意識的なのかは定かでないが、妖精さん≠ヘ充分すぎるほど存在を主張してくる。
「じゃあ、つかまえてしまえばよいのではないですか?」
 行き場を失った桶とタオルをベンチの端に下ろして、小天狗は顔を覗き込み問いかけた。
 顔を拭き終えて、首にタオルをかけた薬研は、ポケットから眼鏡をとり、かける。
「さてなぁ」
 空を見上げる。
 あの刀は、この空を「高い」と言っていた。たまたま言っているのを見て、聞いただけで、泣き出しそうな顔で言っていたような気がするし、そこまで感情は籠もっていない平坦な声だったような気もする。
 どうして妖精さん≠ノなったのか、何となく分かってはいるのだ。だから此方も今の距離感を保っている。薬研自身納得しているし、別に今の状況を辛いと思ったことはない。ただ、迷いはある。
「捕まえて喜ばれると思うか?」
 薬研は今剣に問い返した。
「うーん……やげんが、つかまえたいとおもってつかまえてくれたら、うれしいとおもいます」
「それは何でだ?」
「だって、かくれんぼもおにごっこも、おにがそうしたいとおもって、みつけてくれないと、つかまえてくれないと、なんにもたのしくないですもん」
 そうして今剣はベンチの上の皿にある桜餅に手を伸ばし、いただきまぁす、と雑に告げてから、大きな口を開けて頬張った。
 なるほどなぁ、と言いながら、薬研も小天狗の動きに倣った。


「なあなあ。不動ってさぁ、薬研のこと嫌いなのかな」
 厚藤四郎は相手の手札を暫しの間睨みつけ、熟考の末四枚の中から一枚カードを選んで引く。数字が揃うことはなく、眉を顰めてから今度は自分の手札を左隣の彼に差し出した。
「何故そんなことを思うんです?」
 差し出された手札を一瞥し、一番端のカードを引いた宗三左文字は手際よく手札から二枚を捨て、五枚になった手札を弟の方へ差し出した。
「……不動は僕たちとは喋っても、薬研とは喋りたがらないから……」
 小夜左文字は兄が差し出してきた手札を一枚ずつ丁寧に瞳に映し、真ん中にあるカードに指を添えた。が、引っ張れども引っ張れども抜くことはできず、小夜が思わずきょとんとした顔つきになる。対して宗三は涼しい顔。仕方なくその隣のカードを引くと、数字が揃ったので二枚捨てた。そしてまた、厚に差し出す。
「そーそー。みんなで遊ぼうぜって誘いに行くと、薬研がいるときはぜってぇ断るし。いないときは渋々でも付き合ってくれるんだけどなぁ」
「でも、そっと、薬研の役に立つものを届けてるのも、知っているから……よく、分からない……」
 残り二枚となっている小夜の手札から、厚から見て左のカードを引くと、やっと数が揃ったので二枚捨て、宗三に差し出す。
「そんなことですか。嫌っているわけではないですよ。ねえ、長谷部?」
 宗三が上半身を捻って、文机に向かっているへし切長谷部に声をかける。
 すると、声をかけられた彼はこれ見よがしに溜息を吐き、
「―――というか貴様等は何故俺の部屋でババ抜きをしているのかを先に説明してもらえるか……?」
 鬼の形相で振り返った。目の下には濃い隈が浮かんでおり、どことなくやつれている。今度はどれだけの量の仕事を請け負っているのだろう。いくら審神者の負担を軽くしたいと言っても、どう考えても仕事を肩代わりしすぎである。
「長谷部、いっつも部屋に籠もって一人で仕事してっからさ! 寂しいかと思ってよ!」
 ぐっと親指を立てて見せる厚にすかさず長谷部のこめかみに青筋が浮かぶ。
「仕事をしている部屋で遊ぼうというお前たちがどういう神経しているかの方を俺は疑う」
「何が遊びなものですか。真剣勝負ですよ」
「弟に頑なにババを抜かせないお前のどこが真剣勝負だ」
 額に手を当てて、他にも言いたいことが大量にあるのだろう長谷部は、すべてを堪えるように眉間に皺を寄せた。筆を置いて厚、小夜、宗三の三人に向き直り、胡座をかく。基本的に書き物をするときや審神者の前にいるときなどは正座をしているが、結局最も楽なのは胡座なのだろう。
「……あの不動が薬研のことを嫌うわけがないだろう」
「何でそんなことが言えるんだよ」
「昔を知らないと信じられないかもしれませんが、昔はあの二人ほど仲の良い刀は他にはいませんでしたよ」
「不動が、薬研と……?」
 思わずといった様子で、小夜が背筋を伸ばした。言葉少なな彼がこういう反応なのだから、よほど驚いた証拠だ。
 無理もない。顕現してから不動は薬研とほとんど言葉を交わしていないし、あからさまに不動が彼のことを避けている場面も何度も目撃されている。それで「仲の良い刀だった」とは、俄には信じられないだろう。往々にして、昔の縁があれば伊達の刀のようになかなか良い関係が築けるものである。
「ええ。薬研は魔王の懐刀として。不動は森蘭丸の懐刀として。お互いの主が傍にいることが多かったせいか、自然に二人の距離も近くなりましてね」
「暇さえあれば不動は薬研の背中を追っかけていたな。よく覚えてる」
「途中でいなくなりましたけどね、あなたは」
「何故いちいちつっかかってくるんだ貴様は」
 厚はさらに腑に落ちない様子で首を捻る。その間に小夜は持っていた手札が揃い、二枚を捨てて手札は零。あがりとなっていた。
「じゃあ、何で本丸では仲が悪いんだ?」
「だから、仲が悪いわけじゃない」
 長谷部は頭を掻きながら面倒くさそうに答え、「?」を頭上に複数浮かべる厚を見て難しい顔をした。
 厚の手札からカードを一枚引き、揃った二枚を捨てて手札を減らしながら宗三は肩を竦めた。
「不動は薬研を好いているんです。だからこそ、距離を置いている」
「えええ……全然わかんねえ……だってさ、好いてるなら普通、距離は縮めたくなるもんだろ?」
 宗三が残り二枚、厚が残り一枚。相手の手札を真剣に見つめ、厚はえいと右のカードを引いた。そこに描かれている道化師の絵に、思わず表情が引き攣る。
「厚。あなたは、薬研が焼失していることを知っているでしょう? それは不動も同じなんです。失ったと思った刀が目の前にいて、まだ信じられないんだと思います」
「じゃあ、薬研を幻か何かだと思ってるって?」
「怖いんじゃ、ないのかな」
 ふいに、あらぬ方向から声が飛んだ。
 捨てられていったカードの束を取った小夜が、ぽつりと言う。
「……その。……僕は、綺麗なものとか、触るのは、怖いって思うから。僕みたいな、復讐の刀が、綺麗なものを触ったら、汚してしまうような気がして、怖いから……」
 不動も、そうじゃないかなって。
 小夜は恐縮したように体を縮めた。小夜左文字という刀は決して汚くなどないし、後の人間も認めた名刀であることに変わりはない。けれど、本人は自分の背負っているものから、どうしても自分を「そう」とは認めない。誇り高い刀を、一歩離れたところから眩しそうに見つめるのだ。
「……正解だ」
 長谷部が藤色の瞳を細める。宗三も優しい笑みを称えていた。
「あいつは薬研と関わったら、薬研が消えてしまうのではないかと恐れている」
「そんなわけねえじゃん、不動が疫病神なわけじゃあるまいし」
「でも僕たちは不動自身から直接聞いているんですよ」
 顕現して、薬研がいることに驚いた不動は、最初は素直に再会を喜んでいた。だが、数日経ったある日のこと、宗三と長谷部に話をしに来たのだ。
 この本丸にいるのは、本当にあの薬研藤四郎なのか。
 どうして焼けていなくなったはずの刀がここにいるのか。
 自分はまた薬研と関わっても良いのか。
「無論、同じ本丸にいる刀として、仲間として、関わって良いに決まっている。そう言ったが……まあ、あいつの性分じゃ割り切るのは少し難しかったという話でな」
「ひっそりと、薬研に役に立つものを届ける。あれが精一杯の不動の今の言葉なんですよ。直接話したりなんかしたら、壊れてしまうかもしれないのを、あれは恐れているんです」
 シャボン玉のようなものだ。七色の光沢を宿しながら、ゆらゆらと浮かぶその様は美しいが、手で触れるとぱちんと弾けて、あっけなく消えてしまう。そうなることが、不動は恐ろしいのだ。
 やっと、厚は頷いた。そっか、と呟く。自分の手札に視線を落としていると、宗三の指が道化師ではない方のカードを捉え、さらっていく。手札が同じ数字のものになったので、彼は手札を捨てた。手札は、零枚。厚の手札には、不格好に笑う道化師の絵のものだけが残った。正直なところ、笑っているのか、それとも泣いているのかよく分からない絵だった。目は三日月型になっていて、口もちゃんと口角はあがっているのに、なんだか寂しそうに見える。
「……臆病で……優しいのかぁ……」



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