■ Strawberry demanded that Death should help him.3

「………来る…!」
 一護がそう呟いた直後、上から重くのしかかるようにして現れた霊圧に、ルキアはつい膝をつきそうになった。
 虚でも大虚でも巨大虚でも、ましてや破面や死神や仮面の軍勢のものでもない、どす黒くて汚く、強大な霊圧だ。
 ルキアが「貴様はここにいろ」と言い残し、足早に部屋を出る。居間にいた恋次とコンは既におらず、商品を整理していたテッサイとりりん達も店にはいない。
 急いで引き戸を開けて浦原商店から出ると、雨はすっかり止んでおり、その空の下、全員が緊張した面持ちで、店の前に立っていた。
「恋次! 何だ、この霊圧は!?」
「分からねぇ! こんだけバカでけぇと、場所の把握すらできねぇよ!!」
 必死に探るが、何処も今一つピンとこない。
 霊圧の集中したところに向かえばいいのだろうが、それが分からなかった。尸魂界に連れ戻される要因の一つになるのでは、と恐れて、伝令神機を持ってこなかったのが大きな仇となった。
「この結果意を突き抜けて、これほどの霊圧とはっ…! 霊力のある方には、健康面に異常の出る方もいらっしゃるかもしれませぬぞ…!?」
 テッサイの言葉は最もだが、今は皆、学校や大学、バイト先などに散らばっていて、安全確認もできない。霊圧を感じることができればよいが、この強大すぎる霊圧のせいでほとんど判別できそうにもない。とくに心配なのは、織姫や石田、チャドらよりも弱く、しかし霊力のあるたつきや啓吾、水色、千鶴、夏梨、遊子だった。倒れたりして、そこにこの霊圧の主が襲い掛かったりなどしたら、笑えない。そもそも彼等は、戦う手段を持っていないのだ。
 …ガラッ。
「!?」
 浦原商店から、ふらりとした足取りで出てきたのは、マントを着た一護だった。
「貴様……出てくるなと言ったではないか!」
 ルキアが怒鳴るが、彼は空を見上げて、呆然と呟く。
「これは……」
「何だよ、一護!? 知ってんのか!?」
 恋次の言葉にも無反応で、沈黙する。
 心臓の鼓動が早い。汗が頬を伝う。
(何だ…この感じ…)
 一護は、右目を覆う、虚の仮面に手を触れる。
 俯いて、小さく息を吐いた。目を瞑る。

 ――――…け………

 薄く目を開いた。そうすると、体中が一度、ドクン、と激しく脈打つ。そして、自分の中から、声が聞こえた。

 ――――行け! 一護!!

「一護!? おい!!?」
「何処に行く!? 一護! 一護ーッ!!!」
 一護は走り出し、テッサイの結界をくぐり抜けて、空座町の中を駆け抜けていく。
 何処に行く、と、ルキアに叫ばれた。しかし、自分も何処へ向かっているのか、よく分からない。ただ、行かなければ、と思った。
 マントを靡かせて、滝のように落ちてくる強大な霊圧の中、走る。

 …走れ。俺。


   *   *   *

 技術開発局の中は、けたたましいブザー音に満たされていた。のっしりとした体をぐりっとひねって、フグのような顔をこちらに向かせ、技術開発局通信技術研究科霊波計測研究所研究科長・鵯州(ひよす)が面倒臭そうに言う。
「何だ? リン」
 壺府(つぼくら)リンは片手で機械をいじり、もう片手に三色団子をもって食べつつ作業をしていたのだが、今は傍らの「壺府」と書かれた自分の皿に団子を置いて、必死にキーを叩いている。
「現世・空座長に、巨大な霊圧反応を確認! でも…未登録の霊圧です! 判別できません!!」
「そんなことあるはずねぇだろ!? 俺達ゃ、死神や破面は勿論、あの地獄にいる咎人(とがびと)や、クシャナーダっつう番人も、霊圧の種として登録してあんだ! なぁ、阿近(あこん)!?」
 鵯州が、左側頭部ついている小型ハンドルを回し、左目を飛び出させて画面を睨み付けていた。そうして阿近に同意を求めるが、彼も首をかしげた。
「…いや、全部該当しねぇ。この波形に合うもんがねぇな」
「あの、黒崎一護さん絡みでしょうか…?」
 女性局員が尋ねると、阿近は肩を竦める。
「さぁな。そう考えるのが普通だが…とりあえず、すぐに涅隊長に報告…」
 ビー! ビー! ビー!
「今度は何だ!?」
 また鵯州が言うと、リンは物凄い速さで画面を切り替えていく。
「新たな霊圧、出現! 破面です! 数は一! 場所は…」
 ゴクリ、と息を呑んだ。
 そして、震えながら、振り返った。
「尸魂界の、穿界門近辺です…!」


 瀞霊廷の中を、走っていく。
(もーっ…! もう少し調べたかったのに…!)
 連絡を受けたのはついさっき。隊長格で、穿界門近辺に現れた破面を迎撃しろ、ということだった。
 ふと屋根に目をやると、そこを走る小柄の死神が目に入る。
(日番谷だ…)
 走りつつも声をかけようか迷い、どうせ同じところへ向かっているのだからと思いなおして、そのまま進んだ。
 しかし、彼が屋根を蹴って下りた時、必然的に二人は互いの顔を見ることとなった。
「……結構な霊圧だね」
 結果的に一緒に走る形になったので、少し前を走る日番谷に話しかけてみる。
「そうだな。こんなときに現れやがって…」
 心底イラついている様子だ。
「“こんなとき”って…何かしてたの?」
「ちょっとな」
「ふーん」
 それから走り続け、そろそろ破面が見えるであろう辺りまでやってきた時、彼がぽつりと尋ねる。
「……いいのか?」
「何が?」
 走る速度は、緩めない。
「そんな体でお前、戦っていいのか?」
 少しの合間があり、
「………うん」
 夜光は一人頷く。
「いい」
 横目で彼女を見てから日番谷は、「そうか」と呟いた。


 夜光と日番谷がついたときには、既に元柳斎、浦原、卯ノ花、恋次以外の隊長格が集まっていた。そして上空には、見たことのない女性破面。
「なーな、はーち、きゅーう、と…」
 彼女は、隊長ら一人一人を指差して数え、腕組みをして唸った。
「ナリアとガレットに聞いてたより、少ないなぁ…」
 狛村が、大声を発す。
「貴公は何者だ?」
「何って、破面。ティファニー・リック・コムだよ。よろしくお願いします」
 茶髪でショートの女性破面は、そう名乗ると律儀にもペコリと体を曲げた。
「てめぇが、黒崎に何かしたのか?」
 日番谷が斬魄刀の柄に手を添え、ティファニーをにらみつけながら声を落として訊く。
 彼女は、灰色の瞳を瞬かせた後、小首をかしげた。
「“クロサキ”って、誰?」
「黒崎一護だヨ」
 ある種の恐怖を煽りそうな笑みを浮かべ、マユリはティファニーを見上げる。
「彼は元々、人間であり死神だ。だが、こないだ破面として、黒崎一護はこの尸魂界に現れた。私も、破面化の研究はまだまだでネ。是非聞きたいものだヨ」
 一度腕組みをして、ふと何かが思い当たったような顔で、そこに集まっている死神一同を見回す。
「ひょっとして、あなたたたちが言ってるのって、ナリアのことかな?」
 瞬時に表情を険しくする彼等を見て、「あ〜、やっぱりそーだ!」と嬉しそうに手をたたいた。しかし、ティファニーは表情を曇らせる。
「あんまり、テキトーなこと言ってナリアを苦しめないでよ。彼、ずーっと辛そうなんだよ? おかげで僕たちもちょっと今、大変なんだから」
「お言葉なんだけどねぇ、お嬢さん」
 間髪入れず、京楽が編み笠に手を触れながら歩み出る。隊首羽織の上から羽織る、艶やかな女物の着物が揺れた。
「女の子なんだから、“僕”はやめようよ。あと…」
 彼の瞳が、剣呑に帯びる。
「一護くんを苦しめてるのは、君達の方じゃないのかい?」
「!?」
 ティファニーが眉を顰める。
「…それ、どういうことかな?」
 檜佐木が、斬魄刀を抜いた。
「黒崎一護に俺達は救われた。だが、現状は黒崎の処刑をしなきゃならねぇ。そうなった原因はお前等だ!」
 切っ先を向ける。
 脱獄した、朽木ルキアを脳裏に浮かべる。処刑するなんてとんでもない、と怒鳴った彼女が、まだ目に焼きついている。
「一体何があったのか、処刑するにしても、それくらいは聞かせてもらう…! 『刈れ! “風死(かぜしに)”』!」
 檜佐木の斬魄刀・風死は、一対の鎌状に変化し、始解が完了すると同時に地面を蹴り、宙に上がった。ティファニーの真上をとり、容赦なく風死を投じる。
 彼女は無言で斬魄刀を抜くと、スッとその風死に向ける。
「あ。鎖でつながってるんだ」
 言って、少し刀を傾けて、鎌の高速回転を容易く止めると、片手で鎖を一気に引っ張った。当然、檜佐木の体が大きく傾く。
 そのとき、ティファニーの正面に瞬歩で現れた京楽は、始解した花天狂骨で斬りかかった。
 仕方なく、彼女は鎖から手を放し、響転でそれをかわす。
「『霜天に坐せ! “氷輪丸”』!!!」
 下から斬魄刀・氷輪丸を振るうと、刀身から氷の竜が飛び出した。
 ティファニーは目を細めると、掌を氷の飛竜に向ける。そして、凄まじいスピードで、虚閃を小さく固めたようなものが飛び出し、相殺した。
「…虚弾(バラ)か…っ!」
 舌打ちしつつ呟く日番谷に、ティファニーは親指を立てる。
「せいかーい! さすがによく知ってるね」
「『希め! “星陰冠”』!」
 夜光が斬魄刀・星陰冠を始解し、真っ向からティファニーに斬りかかった。
 斬魄刀同士がかち合い、火花が散る。
「…勢いはあったけど、あんまり上手ではないね?」
 柄を両手で握り締めなおす。更に力をコメ、ティファニーの刀を押した。
「元々、剣の才能はないんだ。でも…!」
 パープルに彩られたレイピア状に変化していた星陰冠の全体が、改めて白く輝き始める。
彼女は眉間に皺を寄せた。
「自分の刀の使い方ぐらいは知ってる! 『踊れ、“星陰冠”』!」
 瞬間、刀身から2000の、光の針が噴出し始める。
「わぁお」
 感嘆の声をあげつつ、彼女は夜光の刀をはじくと、響転を使って間合いをとる。
 斬魄刀を振りかぶり、ポソリと呟く。
「虚閃」
 刀を振るうと、斬撃が視覚化されたような具合に、鋭い虚閃が放たれる。それは勿論、星陰冠による光の針などは容易に無効化し、威力を殺さずに迫ってきた。
 顔を顰めて、彼女は身構えた。
 そのとき、瞬歩で砕蜂が目の前に現れ、隊首羽織を脱ぎ捨てる。夜光はあわてて、その羽織を受け止めた。
「瞬閧(しゅんこう)!!!」
 死覇装の肩部分が弾け飛び、刑戦装束となった砕蜂は、霊圧を込めて虚閃へと叩き込む。
 瞬間、なかなかの爆発が発生したが、彼女はすぐに持ち前のスピードで安全地帯にまでおりてきた。しかし残念なことに、ティファニーも爆発に巻き込まれるほどマヌケではなく、その場から離れていた。
「ふー…やれやれ。大体、分かったかな」
 ティファニーが頬を掻く。
 と、その背後に、ピンク色のものが間近にまで迫っていることに気付いた。
「おっと!?」
 とっさにかわし、虚弾を撃ってそれを打ち消す。
 ピンク色のそれらは方向を変えて、きた場へと戻り、白哉の周りに留まった。彼の斬魄刀・千本桜だろう。
「びっくりした〜。すごいね」
「……解せぬ」
 険しい瞳を向け、白哉は言う。
「何故、我々を倒そうとしない?」
 ピク…。
 ティファニーが、無表情になる。
「先ほどから、我らの戦いに合わせているようにしか思えぬ」
 風が吹きぬける。
「本当の目的は、何だ?」
「余裕ぶっこきすぎじゃない?」
 強い声音で、白哉の言葉にかぶせるように放った。
 死神達が眉根を寄せると、ティファニーは落ち着いた様子で、
「ほら」
 ピッと、指先を向ける。
「後ろ、危ないよ?」
 ――――!?
 彼等が振り向いたと同時に、そこにあったのは、紅い血と、声にならない叫びだけ――。

   *   *   *

 本当に、突然であったとしか言いようが無い。
 学校に行って、気を紛らわしてきた方がいい。織姫にそういわれ、遊子は夏梨と待ち合わせ、共に登校した。
 クラスは違っていたが、夏梨も遊子のことが心配で、休み時間が訪れる度に彼女の教室に行った。兄は「死んだ」のではなく「殺された」という新事実を漏らしても、今では逆効果であるとみて、言っていない。
 鬱病の状態に近い遊子が弁当を作れるはずもなく、昼食は昼休みに、揃って購買部へと足を向けた。そして、教室でその買ったパンを食べている最中に…、

 それは、突然に起こった。

 まずは強大な霊圧が瞬間的に辺りに満ちて、霊力の高まってきていた遊子と、元々一護と同じくらいの霊力をもつ夏梨は、表情を急変させた。
 戦う術をもたない二人は、四年前、一護と一心からこう説明を受けていた。“虚は霊力の高い人間を狙って喰らう。周りの人間を護りたければ、とにかく逃げろ。そして、どんな手を使ってもいいから、その地区担当の死神が助けに来るまで逃げ切れ。その虚がどんなに弱そうでも、無茶をしてはいけない”・と。
 窓ガラスが割れ、「何が起きたんだ!?」と慌てる同級生達を見ながら、夏梨と遊子は思った。

 ――――逃げなきゃ…!

 先生に言い訳もせず、二人は恐るべき勢いで教室を出て、空座第一高等学校を飛び出し、走りつつ後ろを確認して、そこにいる「物体」に震え上がった。
 虚には見えない。首長竜とでもいえばいいのか、そんな形のバケモノが、一歩一歩、ゆっくり、しかし確実に追いかけてきていたのだ。

「夏梨ちゃんっ…!」
 泣きそうな声で遊子が言う。
 夏梨は前を真っ直ぐ見つめたまま、双子の姉の手を引っ張った。
「喋ってる暇があんなら、走れ!」
 ポケットをあさり、球状のものを取り出す。
 何かのアニメのキャラにいそうな、とぼけた顔のデザインが施されている黄色のボール。浦原商店の商品「ゼタボルたん」だ。
(…何なんだよ、あれ…!?)
 舌打ちし、もう一度バケモノを見やる。

『虚に襲われた時の一時避難! 電磁捕縛丸ゼタボルたん!!』

 夏梨は「ゼタボルたん」に霊力を少し込める。
「くそっ、よくわかんねーけど…! それっ!!」
 バケモノの方へと、力一杯投げた。
 しかしそれは、バケモノにぶつかる前に、どういうわけか粉々に砕け散った。
「うわっ! 使えねーっ!!」
 派手に毒づき、再び走ることに専念する。
 脳裏に、虚を斬って、色々なものを守っていた、死神代行の兄を思い出す。その次に浮かぶのは、同じく死神の姿で、それに白い羽織を着た小柄な銀髪の少年。
(あたしも…あれくらいの力があればっ…!)
 密かに奥歯を食いしばる。
 ドタッ!
 転ぶような音がしたと同時に、夏梨の左手が引っ張られる。後ろを見ると、遊子が転んでいた。
「遊子!!」
「…夏梨、ちゃん…! 逃げてぇ…!」
「バカ! そんなこと…!」
 そして、ハッとする。あのバケモノは、大きすぎていまひとつ距離感がつかめなかったが、予想以上にすぐそこまで迫っていたのだ。バケモノを見上げて、情けなくも恐怖心で体が震える。
 巨大な前足を振り上げたのを見て、夏梨は目をつぶる。遊子と互いに、手を握り合った。思わず、叫ぶ。
「――――っ…一兄…!!!」

 ――――ドォン!!!!!!

   *   *   *

 ピク、と指を動かす。それだけでも体から力が奪われていくようだ。
 重い瞼を持ち上げると、自分の血で染まった地面が真っ先に目に入った。周囲からも、荒い息遣いが聞こえることから、無事な者は皆無らしい。
 日番谷は、必死に腕に力を入れた。しかし、どうしても体を起こすことはかなわない。
「ぐっ………」
 視界が霞む。息をすることも、最早困難な状況だった。
 一体、何が起きた? どうしてあの一瞬で、自分達はこうも全滅している? ティファニーはどこへ消えた? そして、自分達の後ろにいた、有り得ない『アレ』は、何だ?
「…く………そ……」
 こんなところで。こんなときに。こんなことになっている暇などないのに。
 意志とは真逆に、この苦痛の中、どんどんまどろんでいく自分が恐ろしい。
 …ザッ、ザッ、ザッ…
 足音がする。近づいてくるのは、死神とは違う、何かの霊圧。破面か。だとすれば、止めを刺しに来たとみて間違いはない。
 そうはいくか…!
 思い、日番谷は必死に立ち上がろうと足掻いた。しかし、二回、三回と地面を爪で引っ掻いただけで、それきり彼は動かなくなった。

   *   *   *

 風を切る音がする。体が宙に浮く。
 痛みは…ない。
「「…え…?」」
 夏梨と湯子は、恐る恐る目を開いた。
 自分達は、先ほどいた場所にはおらず、離れた場所にいた。人間の走るスピードでは到底成しえない距離を、あの目を瞑った一瞬のうちに移動していたのだ。
 それはそうだろう。実際に移動したのは、夏梨でも遊子でもない。今、彼女等を抱えている、「彼」なのだから。
 二人は、目を疑った。
「一……兄…?」
 顔にある、右目を覆い隠している割れた仮面と、死神とは正反対の白い服に、違和感を覚えたが、見間違うことなど有り得なかった。
「お兄ちゃん……?」
 遊子が、混乱した様子で小さく言う。
 一護は、彼女等に目をやると、ゆっくりとその場におろした。そして、二人を背に、あのバケモノと対峙する。
「お前、どうしてこの人間達を狙った?」
「グゥゥゥ〜…」
 唸り声。
 彼は溜息を吐くと、バケモノを見据えた。その瞳には、静かな光が灯っている。
「俺と霊質が似てたからか? だからとりあえず、紛らわしいから潰そうとしたのか?」
「グゥゥッ…!」
「お前は俺を捜しに来ただけだろ? バートンはいっつもそうだ」
 一護が、斬魄刀を抜いた。
「悪りぃけど、俺、まだ虚圏には戻れねぇ。そんな気がすんだ」
 だから、と付け足す。
「お前に、“俺が現世にいた”ことをばらされるのは、正直、カンベンしてほしい」
「グゥ〜…」
「っつっても…無駄だよな」
 響転で、バケモノの目の前に動くと、斬魄刀をゆっくりと差し上げる。
「許せよっ……!」
 間際にそう呟き、刀を振るった。

 先ほどまでの強大な霊圧が、嘘のように消え去った。あのバケモノは、一護の攻撃をまともに受けて、あっという間に霧散した。
 後から追いかけてきたルキアと恋次が、足を止める。
「夏梨……遊子…」
 二人も振り返り、夏梨が呆然と言う。
「あ……ルキアちゃん……恋次…」
「あの…あれって…お兄ちゃん…なの…?」
 遊子の指差す先には、一護が一人、立っている。丁度、手にもっていた斬魄刀を鞘におさめているところだ。
「一護が…おめーらを助けたのか…?」
 恋次の言葉に、頷く。
 信じられない。何せ彼はまだ、記憶を取り戻してなどいない。妹のことも、分かっていないはずなのだ。
 そんなことを思っていると、一護はマントを翻し、彼等のところに近づいてきた。夏梨と遊子の正面にまでやってくると、腰をかがめる。
 二人は、やはり違和感のある兄に対し、警戒心があるのだろう。少し、戸惑った様子だ。
「わっ!?」
「きゃっ!?」
 しかし、次の瞬間、一護は二人をまとめて抱きしめた。
 それを見ている恋次とルキアも絶句である。彼の突然の行動に、意図が読めない。また、抱きしめられた二人は苦しいのか、幾度か腕の中で身じろぎをした。
「……お兄ちゃん…?」
 そこで、ふと気付く。兄の肩が、小刻みに震えていたのだ。
 苦しそうに、声が漏れる。
「う………あ……!」
 抱きしめる手に、力が籠もる。
 夏梨と遊子を自分の腕の中におさめたまま、深く俯いて、震える声を発す。
「ああっ……うあぁ………!」
 暫くはされるがままの二人だったが、やがて、夏梨は呆れたように微笑み、抱きしめる彼の腕の下から、自分の腕を何とか通すと、広い兄の背を、赤ん坊をあやすような具合で、ポンポンと叩く。
「何…泣いてんだよ、一兄…」
 分かった。
 一護は、自分達を「妹」だと認識することはできていない。でも、安心しているのだ。ただ、彼は、訳もわからず、自分達が無傷であったことに対し安堵し、意味も分からず泪を流している。やりようのない感情を、押し殺すようにして。
「お兄ちゃん………」
 戸惑うばかりであった遊子も、夏梨と同じようにして手を回し、一護の背を軽く叩く。事情をほとんど知らない彼女なりに、現状を受け止めたらしい。そして、彼が本当に、自分の大好きな兄である、ということも理解できたようだ。
「泣かないで…? ね?」
 ギュウッ…
 さらに二人を強く抱きしめ、一護は感情の全てをさらけ出すように、
「っうああああぁぁぁ………!」
 破面になって初めて、ただ、泣いた。


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