■ We never call him but he answers us.3

 隊首会会場には、未だ現世にいる恋次と、サボりの剣八、負傷した狛村、日番谷、夜光、そしてその治療を行う卯ノ花の計六名以外の隊長格が、元柳斎の前に整列していた。この緊急隊首会は、破面と化した一護について、そして彼による被害状況の全てを報告するために開かれたものなので、出席人数が少なくとも問題はなかった。
 左腕を四年前に失った元柳斎は、杖を右手で力強く握り締めた後、低く唸った。
「その破面は、たしかに現世で死して、以降魂魄が行方不明となっていた黒崎一護であった、と?」
 檜佐木ははっきりと頷いた。
「はい。間違いありません」
「類似した者である可能性は?」
 この問いには、浦原が肩を竦めつつ答える。
「それは低いっスね。アタシが見る限り、“ナリア=ユペ=モントーラ”と名乗ったあの黒崎サンは動揺しているようでした」
 砕蜂が眉を吊り上げて、
「だが、現に黒崎一護は我々に刃を剥けた。本当に裏切ったのかもしれないのだぞ」
 と、浦原につっかかる。
 元々、彼女は、夜一が尸魂界から追われる原因となった浦原に対しては大きな怒りがあり、永久追放処分の免除も納得できないでいた。
「んー、でも、彼が僕達を裏切る理由が、ないんじゃないかなぁ?」
 京楽が浦原を庇ったのを見て、砕蜂は彼に苛立ちの視線をぶつける。
 マユリは溜息を吐いた。
「呆れたことだネ。君も見ただろう? 彼の強さを」
 その言葉に、斬魄刀をいつ抜いて、いつ収めたのか分からないあの一護の姿を思い出す。瞬歩の速度も、機敏さも、申し分のないはずの隠密機動が、彼に一太刀も浴びせられずに崩れ落ちた。
「あれだけの強さを誇れば、普通敵の言葉にいちいち耳を貸す莫迦者はいないヨ。癪な話だが、十三番隊隊長の言うとおりだネ」
 言ってマユリは、浦原を睨み付ける。本当は反論したくてたまらないが、彼の言ったことは事実であり、その余地がなかった。
「では、奴が破面となったと、兄らは考えているのか」
 白哉は、浦原とマユリを見据える。
「はい。ですが、そうするといくつかの疑問が生じる…」
 浦原が腕組みをして俯くと、マユリが彼の言葉を続けた。
「黒崎一護の死亡が確認されて間もなく、行方不明になった後に破面として現れた。だが、破面化するにしてもこれほどの短期間は有り得ない。『崩玉』が“霊王”によって封印されてしまった、今ではネ」
「アタシの考えでは、現時点で虚圏にもう一つ『崩玉』が存在することになります」
「何だって!?」
 檜佐木がが思わず声を上げる。
 “霊王”が封印することでさえ、かなりの負担を強いられたものだ。それが一つどころか二つ存在するなど、とんでもないことである。
「たしかに本来なら有り得ない話っス。ですが事実、黒崎サンは成体の破面としてアタシ達の前に現れています」
「信じたくない話だねぇ…」
 編み笠を下げながら京楽が呟く。
「信じられない話でも、あるがネ」
 それはそれで、面白い。
 そう付け足し、マユリは口角を吊り上げた。
「念のために言っておきますが、アタシは『崩玉』をもう一つ開発するようなことはしてません。………ですが」
「藍染惣右介か」
 白哉の口から出たその名に、誰もが凍りつく。
 名を言った彼自身でさえ、一瞬俯いた。頭の上から耳の後ろに付ける位置を変えた牽星箝(けんせいかん)が、小さく揺れる。
「…さぁ? 分かりません。ただ彼は、開発者のアタシより長く『崩玉』を所持していた。藍染サンが四年前に何かをしておいた、と考えるのが今は有力でしょう。…そこで、お願いがあります、総隊長」
 浦原と元柳斎は、互いを真っ直ぐに見つめ合った。
「藍染サンに…会わせてもらえますか?」
 予想し得た申し出だった。
 藍染は、体のほぼ全てに拘束具をかけられ、尸魂界の奥深くに投獄されている。一万二千年間の投獄刑。大罪人として、霊力といったものを全て奪われ、早四年。かなり衰弱はしているだろうが、それでも会話をできないとまではいかないだろう。
 ただし、まず中央四十六室の許可があれば、の話だが。
 元柳斎は、目を細めた。


 四番隊綜合救護詰所のベッドの上で、日番谷は大人しく横になっていた。その傍らの椅子には乱菊が座っており、二人とも会話をすることなく、無言だ。
 追加の治療で、四番隊副隊長・虎徹勇音が彼の下腹部に両手をかざし、暖かい光を注いでいる。
 彼女は躊躇い勝ちに、二人に語りかけた。
「あの………日番谷隊長、乱菊さん、大丈夫ですか?」
「……疲れただけだ…」
 日番谷がぶっきらぼうに答える。
「ね、勇音。あんた、どう思う?」
 突然の乱菊の問いかけに、勇音は些か戸惑った。
「一護のこと」
「あ…」
 言葉が発せず、俯く。
 勇音も、数回一護とは言葉を交わしたことがある。
 嘗て、彼が現世の者を連れ、旅禍として尸魂界に現れ、藍染の本性が明かされ、そしてその彼に、腰から下が切り落とされる一歩手前までの重症を負わされたとき。四番隊に運び込まれ、織姫の力を借りて、自身も幾度も彼の治療にあたった。
『あのさ…』
 まだ声を出すこともしんどいはずなのに、治療中で一護は勇音に声をかけた。喋れば傷が開く。勇音は、喋っちゃダメです、と注意したが、彼は苦笑し、続けた。
『…悪かった。痛かっただろ』
 初めは何のことか分からなかったが、どうやら双極の丘で、拳で腹を衝いたことを謝罪していたらしい。
『あんたは女だから、ちょっと緩めにしたつもりだったんだけど、やっぱキツかったよな』
 ――――あなたは一番優しく衝かれたようですが、まだ大人しくなさい。
 卯ノ花が、目を覚ました自分に言ってきたときは本当だろうか、と疑ったが、それは事実だったらしい。
 自分は女で、だから意図的な手加減をした。
 人の顔を覚えるのが苦手な彼が、勇音を覚えていられたのはそのためだろう。
 気にしてないです、と言おうとした矢先、一護は苦しそうに顔を歪めたので、焦った。このときはまだ、彼の傷が深刻であることに変わりはなかったのだ。
 だが、治療を施しながら、思った。一護はとても優しい人なのだろう、と。考えてみれば、瀞霊廷の死神達は彼等を殺す気で挑んでいったのに、一護は誰一人として殺さなかった。一角など、逆に命を救われたというくらいだ。良く言って果てしなく優しい、悪く言ってとんでもないお人好しだ。だが、それが彼の良いところであることは、言わずもがなだった。
 その認識は、皆共通するもので、故に今回の、破面となった彼からの襲撃のショックは大きかった。
 カチャ。
「?」
 勇音が、扉の開かれる音に、振り向く。
「雛森…?」
 意外そうに呟く日番谷に、病室に入ってきた雛森は苦笑した。
「あの…隊長、来てないかな?」
「隊長って…瑠璃谷のことか?」
 雛森は徐に頷いた。
「水が欲しいって言ってたから、取りに行ってて…病室に戻ったら、いなくなってたの。狛村隊長のところにもいないから、ここかなって思ったんだけど…」
 夜光の額の傷は、狛村との派手な衝突により生じたものだったので、深刻なものではなかった。だが、彼女が軽い脳震盪を引き起こしていたし、頭の怪我は侮れない。そういうわけで、ほんの一日だけは大事をとって入院という形になっていた。その病室は日番谷の病室の一つ先の部屋だ。
 ちなみに、虚閃によって少々傷を追った狛村も念のためにと入院させられており、その病室は日番谷の病室から二つ先の部屋、つまり夜光の病室から一つ先の部屋だ。
「なんかあれから、ずっと隊長、様子がおかしいんだ…」
「おかしい?」
 乱菊が首を傾げる。
「はい。“吊星”で隊長を受け止めたとき、傷から滲んだ自分の血が掌についたのを見て、言ってたんです」

 ――――……変われてないじゃん…………

「何のことなのかは、分からないけど…」
 彼等が心配そうに顔を覗き込んできていることに気付き、慌てて顔を上げると、両手をパタパタと振った。
「あ、え、えっと! じゃあ、お邪魔しました! 他をあたってみます! 日番谷くん、お大事に!」
 早口で言うと、雛森は素早く踵を返した。しかし、彼女が歩き始めるより早く、乱菊がその肩を掴んだ。
「雛森、あたし隊長を看てるの、疲れちゃったぁ。代わってくれない??」
 あまりに突然で、彼女は狼狽えた。
「え、で、でも…」
「瑠璃谷隊長は、あたしが捜すから! じゃ、よろしくねぇ〜♪」
 乱菊は強引に雛森を後ろに退くと、一人走って病室から出て行った。
 呆気にとられたように、日番谷と雛森は目をぱちくりと瞬かせた。
「ど…どうしたんだろう、乱菊さん…?」
「さあな。っつか、別に俺を看てるって、ここに座ってボーッとしてただけなんだがな、あいつ…」
 突っ立っていた雛森は、つい先ほどまで乱菊の座っていた椅子に腰を下ろし、チラリと日番谷の下腹部を見やった。幸い、もう随分良くなってきているようだ。
「……隊長、大丈夫かなぁ…」
 今にも泣きそうな顔で、雛森は俯く。
 何て、声をかければいいだろう…。
 日番谷が思案したところで、既に治療は終えた勇音が、相変わらずそこで固まっていることに気付いた。瞳を揺らしている辺り、迷っているらしい。
「…虎徹」
「え? あ、す、すみません! 終わりましたよ!」
 慌てて作り笑いをしているのが、余計に怪しかった。
「お前、ひょっとして瑠璃谷のこと、何か知ってんじゃねぇか?」
「え!?」
「…っ……」
 顔が強張った。図星だったようだ。
 暫く狼狽した様子で、落ち着かず方々に目をやっていたが、やがて諦めたように詰まらせていた息を吐き出した。
「…夜光ちゃんの背中に…大きな傷跡があるのは知ってますか?」
 日番谷は首を横に振り、雛森を見た。しかし、彼女も全く同じ反応だ。
「…その傷は、夜光ちゃんがまだ六番隊第六席に配属されていた頃に虚につけられた傷で…実は、そのときの虚が、西流魂街一地区・“潤林安”を半壊させたんです…」
 その事件は知っていた。何でも、突如として現れた凶暴な虚が、多くの“潤林安”の魂魄を喰らったとか。もう二年近く前だ。
 “潤林安”には、日番谷と雛森を育ててくれた老婆がいたが、当時その安否を確かめることはできなかったし、必要はなかった。老婆は漸く現世に転生し、最早流魂街にその存在はなかったためである。
「…あれ………夜光ちゃんのせい…なんです…」
 二人は同時に眉を顰めた。
 瀕死の重傷を負いつつも、席官の死神だけで虚を撃退した話は聞いていたし、現場に最初に駆けつけた夜光が、隊長へ昇進となった原因の一つでもある。
「あの事件が起きる数日前…夜光ちゃんは流魂街の外れで、子供の虚を発見したらしくて…優しすぎたんです、あの子…。斬魄刀は持ってたのに、斬れなくて…拾っちゃったらしいんです…」
 日番谷は、小さく言葉を漏らす。
「……瑠璃谷はそいつを可愛がったが、やがて凶暴化し、暴れたって訳か…」
 勇音は頷く。
「泣きながら叫ぶ、夜光ちゃんの言葉を聞いただけなので…これくらいしか知らないし、あのときは錯乱していたといってもいいので、正確かも分からないんですけど…少なくとも、あの子が事件発生に関与していたことは事実だと思います」
 そこで言葉を切り、考え込む仕草をする。
「ただ……いつまで自分に、その責任を負うんだろう・って…」
「どういうことですか?」
 雛森は納得ができない様子で首を捻った。
 そのような被害の大きい事件の発端となってしまったと思えば、自分を責めるしかないのはよく分かる。だが、まだそれからたったの二年だ。罪を忘れるには早すぎる気がしないでもない。
「それ、は………」
 躊躇い、口を閉じる。
 一瞬、彼女が雛森に目をやったことに気付き、申し訳ないと思いつつも日番谷は口を開いた。
「雛森。席、一旦外せ」
「えぇ!? ど、どうして?」
「いいから。…ついでに、甘納豆持って来い。十番隊の執務室に置いてある」
 少しむくれた雛森だったが、日番谷に「早くしろ」と急かされたのと、勇音の困惑した様子を見て、仕方なさそうに頷き、席を立った。
 霊圧が遠ざかっていくのを確認すると、彼は視線を戻す。
「……で、何だ?」
 勇音は暗く、沈んだ様子で口を重く開いた。
「……その傷が原因で、夜光ちゃん…余命宣告…されてるんです……」
 寒気が、した気がする。
 …余命宣告? 普段あんなに元気で、仕事もこなしているような奴が?
「……どの程度なんだ?」
 落ち着きを装い、低く尋ねる。
 知らず知らずのうちに、震えた。
 だが、決心したように一度口を固く、真一文字に結ぶと、勇音は言葉を紡いだ。
「ついこないだ……あと一年を切ったところ、です…」
 ゴクリと息を呑む。思わず、上体を起こした。痛みはないので、傷はもう塞がったようだ。
「………本当か? それ…」
 頭に、雛森が浮かぶ。
 このことを聞いたら、彼女はどのような反応をするだろう。やはり、取り乱すだろうか。もう辛い思いはして欲しくないのに。
「…今でこそあんなに元気にしてる夜光ちゃんですけど…実は毎晩背中の傷の痛みも増してるみたいで…一ヶ月に一回は必ず、卯ノ花隊長に直に治療してもらってるんです。でもできるのは、隊長でさえ鎮痛と安定…回復の見込みはなく、弱っていくしか……」
 キィ、と扉の音がして、二人はあわててそちらに目を向ける。
 涙を堪えるようにして口を結び、俯き気味に歩み寄ってくる雛森。手に、甘納豆ののった器は持っていなかった。恐らく初めから、扉の外で霊圧を徐々に消し、聞き耳を立てていたのだろう。
「そんな体で…隊長は仕事してたんだ…」
「雛森、なんで!」
「折角気を遣ってくれたのに…盗み聞きしてごめんね、シロちゃん…」
 ポニーテールが揺れる。
 以前隊長に手ひどい裏切りを受けた彼女だ。自分の隊長関係の話を秘密にされることだけは嫌だったのだろう。
 顔を上げた彼女は、悔しそうに顔を歪めていた。
「……どうして…言ってくれなかったんですか? 私、これでも五番隊の副隊長ですよ?」
 雛森が勇音に詰め寄る。
「…公にしないで欲しいって、夜光ちゃんが」
「隊長が…?」
 コクリと頷いた。
「“最期まで死神でいたいから、このことは四番隊の心中に止めておいて欲しい”・と…。ただ、乱菊さんだけは、知ってるみたいですけど…」
 日番谷が眉を顰めた。
「松本? 何でそこで…松本なんだ?」
 そういえば、彼女は夜光を捜す役を雛森から自分へと移し、早々にいなくなってしまった。
 何やら様子がいつもと違うとは思っていた。
「夜光ちゃんが運び込まれた前日の夜、京楽隊長と吉良副隊長、檜佐木隊長の三人と飲み会をしていたらしくて、二日酔いに効くものはないかって、乱菊さんが次の日に四番隊来てたんです。そのときに、乱菊さんはうっかりその話を聞いちゃってて…」
 勇音は目を閉じた。
「…ひょっとすると、夜光ちゃん…いつも怒ったり笑ったりしてるけど…全部、空元気なのかもしれませんね…」
 やがて、雛森はしゃがみこみ、涙を落とし始めた。小声で、「隊長、隊長」と呟くばかりだ。
 日番谷は窓の外に目を向ける。
まだ高い位置にあったはずの日が、低いところにまで落ちてきていた。
(…夜になるな…)
 どうでもいいことを思う。
 それは、無意識のうちの現実逃避に相違なかった。


 トン、トン、トン。
小気味よく屋根を蹴って、五番隊隊舎の屋根にまでたどりつく。そこに、斬魄刀を背負っておらず、隊首羽織の「五」の字が目立つ、小さな背を発見した。
乱菊はできるだけ明るく声をかける。
「瑠璃谷隊長っ♪」
 ピクリ、と肩が振るえ、頭に包帯を巻いた夜光が振り向いた。
「だめじゃないですか〜、一応、怪我してるんですから、詰所から出たりしちゃ。雛森も心配してましたよ?」
「……桃が…。そっか、そーだね。ごめん」
 立ち上がり、暫し伸びをすると、ニコリと笑った。
「ありがと、乱菊さん。わざわざ呼びに来てくれたんだ」
「…夜光」
 “瑠璃谷隊長”ではなく、“夜光”と呼ばれたことに少なからず反応を見せた。
 夜光が七番隊下級隊士であったとき、そして六番隊第六席であったとき以来だ。
「あんた、一体いつまで皆に隠す気なの?」
「……」
 視線を落とす。
 真剣な問いかけに、答えることができない。
「一昨日で…余命、一年切ったんでしょ?」
 ズキン、と。背中の傷が痛んだ気がした。
「…あー…よく知ってるなぁ…」
 苦笑する。
普段あんなにだらけているのに、いざとなるとこう鋭いから敵わない。
「――――あたしのせい、だから」
 言葉を零す。
「たった数日だけど、子供の虚を可愛がって…懐いてくれて…きっとこれなら、大丈夫だなんて思っちゃった、あたしのせいだよ」
 脳裏に蘇る、凶悪な虚。
 自分に呼びかけにはもう答えてくれず、流魂街を破壊した。あんなに大人しかった虚が、いきなり覚醒したように暴れ出して、住民を襲ったのを見た時は自分の目を疑った。あのとき、すぐに斬りかかって昇華してしまえば良かったのに、自分はお人好しで、それができなかった。挙句の果てに大怪我を負い、救援を要請することしかできなかった。
 お人好しの自分が、あの事件を引き起こした。
「あたしなんか、本当ならあそこで死んじゃえば良かった」
 あれから、夜光は敵の心を感じてしまう前に、滅していくよう努めた。どんな任務でも、氷の自分を作ってきた。
 恋次とルキアを連れ戻す時も、あまり彼等の声を聞かないよう、気持ちをそらしていた。だから、私情で邪魔をした日番谷が恨めしかった。自分だって、本当はこんなことをしたいわけではない。
 二度目のときは、恋次ともルキアとも、友達としての縁が切れてしまうことを覚悟して、実力行使に走った。
「頑張ってたつもり…」
 しかし、今日の真昼。破面の一護が現れ、彼の心を感じて、夜光の気持ちは揺れてしまった。お人好しの自分が、体の中で動いた。
 あの、可愛がっていた虚が凶暴化したときと、全く同じだった。
「でもっ、あたしっ、変われてなかった…っ!」
 非情になれない自分が、憎い。
「…一護は、仲間なの…瀞霊廷通信でも、時々記事になっているのは見たでしょう? でもあんたは私達と違って、面識がない。……凄いことよ。知らない相手なのに、何かを感じられるなんて」
「凄くなんかない! あたし変われてない! また何かを壊すことになるに決まってる!」
 拳を震わせ、下唇を噛み締める。
 そんな様子の夜光を見て、乱菊が突然両腕を広げた。
「ほーら、来なさい、夜光! 今ならギュッとしてあげる!」
 ぽかんとする彼女に、言う。
「何なら、私から行ってもいいわよ??」
 瞬間。唐突に、夜光の目から大粒の涙が零れ始めた。そして、彼女は乱菊の胸に飛び込む。
「ひっ…く…! ふえ…ぇ…〜…!」
 しゃくりあげて泣く夜光を、優しく包み込む。いつもは感じない、幼い女の子だった。
「あた…し、の…せいっ……なんだ…!!!」
 ボロボロと涙を流す少女は、副隊長の位を担うにはどうしたって小さすぎた。抱きしめて、乱菊は囁いた。できるだけ、優しく。できるだけ、労わるように。
「はいはい、もういいから、泣いちゃいなさい」――――と。


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