後悔なんかしちゃいない。それはこの男も同じだろう。
所詮無い物ねだり。人のものほど、欲しくなる。俺はどうやら欲しいらしいんだ。




焼け跡




事の発端は、或る日突然ヅラが寄越した一本の電話だった。あいつが電話を掛けてくるのは珍しかったから、俺はあの昼下がりの事を鮮明に覚えている。いきなり万事屋に押し掛けてくる事はあっても、アポを取る事なんか今まで皆無に等しかったのだ。
今思えば、その時から胸騒ぎはしていた。だけどそんなの日常茶飯事だったから、特に気にも留めなかった。
ヅラの用件は至極単純なものだ。俺に紹介したい人が居るから週末ウチに来る。そんな感じだった。
ぶっちゃけ鳥肌もんだった。そりゃそうだろう。ガキの頃から知っている腐れ縁の幼馴染が、こんな身も心も廃れたおっさんになった今、紹介したい人が居るなどと、あからさまにいい人出来ましたアピールをしてきたんだ。しかもわざわざ家に連れて来てまで俺に紹介する?アホか。そんなのいつものくだらねぇ攘夷活動報告の一部にでも混ぜておけばいいだろう。そしたら、あーはいはいそうですね、と軽く流せたんだ。なのにあいつがいつもの電波発揮して柄でもねぇ事してくるから、全てがおかしくなった。
案の定この事を神楽や新八に話したら、なんだかんだヅラに懐いてる餓鬼どもは手を叩いて喜んでいた。桂さんもしかして祝言でも挙げるんですかね!なんて新八のやつは目を輝かせていたし、神楽はご馳走作ってパーティーネ!と飛び回った。そのご馳走とやらは一体誰が作るんですか。俺ですね。もう全ての展開に嫌気がさして溜め息しか出てこなかった。ヅラが祝言挙げようがどうだっていい。ご馳走作るのだって別に造作無い。だけどずっと不機嫌だったのは、俺に纏わり付いてくる、そう、姿の見えないどんよりとした黒い不安の所為だった。


週末、ヅラが連れてきた女を見てまず、あーヅラが好きそうな女、と思った。俺はどちらかと言うと、笑顔が可愛くて愛想のいい女が好きだけど、ヅラは昔っからどこか影のある哀愁漂う女が好きだった。そしてヅラが今連れている女も、どこか雰囲気のある女だった。初めまして、そう言った声は、高くもなく低くもなく特に印象的なものではなかったけど、その声が今でもふと脳裏を過る。


「名前だ、皆仲良くしてやってくれ。」

「なんだよその転校生の紹介する担任みたいな口調は。」

「いいではないか銀時。名前、この男が銀時だ。話はしただろう?そしてこの子供達が新八君とリーダー。」


リーダー?名前と呼ばれたその女は、そう言い首を傾げた。そうだ、リーダーだ、とヅラが答えると女は少し困ったような表情を浮かべたが、すぐに俺たちに向き合い、よろしく、と零すように言った。
愛想の無い女。そう思った。にこりともしない。本当に俺たちと仲良くする気なんかあるのかよ、なんて内心鼻で笑った。だけどそう思ったのは俺だけだったらしく、新八も神楽も女に積極的に話し掛けていたし、ヅラもその光景を微笑ましく眺めていた。だけど一瞬、本当に一瞬俺をちらりと見たその目は、いつもの屈折の一切ない馬鹿みたいに真っ直ぐなものではなく、酷く歪んだ、それはそれは卑怯なものだった。何が卑怯なのか、わからなかった。なんせ俺はこいつの事を今まで卑怯だなんて思った事が無かったのだから。


飯も食い終わって、身のない談笑も終盤に近づいた頃、神楽が格闘ごっこをしようと言ってヅラを別室へと連れ立った。面白がって新八もその後を付いて行ったのを見届けてから、俺は空いた皿やらコップを持って台所にある流しへと向かった。女もあちらに付いて行くだろうと、そう思っていた。だから残りの食器を取りに行こうと踵を返した時、そこに立っていた女を見て俺は心臓が止まる思いをしたのだ。女は食器を両手に抱えていた。これで最後です、そう言った女は俺の隣に立って、食器を流しに置いた。
変なところで気を利かせてくる女だ。別に洗い物くらい一人で出来る。家主一人に後片付けをさせるのは気が引けたのだろうが、俺としてはこの状況の方が、気まずかった。あいつの女と、一体何を話せと言うんだ。ただでさえ、口数の多い女ではないというのに。


「ヅラ達んとこ行かなくていいの?」

「えぇ。」

「洗い物くらい一人で出来るし。」

「手伝います。新しい洗剤はありますか?これ、もう残りが無いようです。」


女は空の洗剤容器を持ってそう言った。俺は買っておいた詰め替え用の洗剤を戸棚から取り出す。
それ貸して、そう言って女から受け取った空の容器に中身を注ぐ。注ぎ終わった洗剤をスポンジに出し、俺はそのスポンジの代わりに女に布巾を渡した。


「名前はこれで皿拭いて。俺が洗うから。」


女は、え?と少し驚いた顔をした。きっとそれは俺に急に名前を呼ばれた事に対してだろうと思う。俺は何事も無かったかのように皿を洗っていき、洗剤を流したものを女に手渡していった。
無言でその作業が行われていた時、ふと女が口を開いた。


「銀時さんは、」


そう言った女に俺はふっと笑ってしまう。銀時さん、そんな呼ばれ方をしたのは久しぶりだった。


「銀さんでいいよ。」

「銀さん?」

「そう。銀時さんとかなんか恥ずい。」


わかりました。皿を拭きながらそう言った女は、俺を見上げて、初めて微笑んだ。
俺は息を飲んだ。初めて見た女の笑顔は、普段からにこにこ愛想を振りまいている輩のものより、断然破壊力があったからだ。
それに見惚れて固まっていた俺に女はこう言った。その言葉を聞いた時から、あの女は、旧友の恋人ではなくなったんだ。


「銀さん、あの人の事、よろしくお願いします。」




=========




元々、惚れ易い方ではない。それにどちらかというと、恋愛に貪欲でも無かった。モテたいなーなんてそんなの男なら誰だって思う事で、俺もその程度だった。だから正直、あんな些細な事で好きになるなんて思ってもみなかった。それもあんなリスキーな相手を。
タイプなんてあるようでないものなのだ。じゃなきゃおかしい。おかしいんだ。あれから、ずっと考えている。そして思い返している。あの時浮かべた一瞬の微笑みが忘れられなかった。そしてその後の言葉が、ずっと木霊していた。絶望的であるあの一言を聞いて、好きになった。馬鹿じゃねぇの。あんな言葉、自らがヅラのものである事を主張したも同然なのに。
なのに、やっぱり好きだった。

名前に再会したのは、あの日から一ヶ月程経った日の事だ。
仕事もない予定もない、そんな午後、玉でも打ちに行くかとふらふら街を歩いてる時に名前を見掛けた。名前は片手に大きな紙袋を抱え、もう片方の手には野菜が沢山入っているのだろう、大根が顔を覗かせた重そうなビニール袋を持っていた。額に汗を浮かべながら、それらを運ぶのに必死になっている姿を見て、胸がざわつく。あぁ、俺のこの一ヶ月間燻っていた感情は嘘では無かった。どうやら俺は本気で、あの女が好きなようだ。
微かな希望を託していた、勘違い、という可能性は消え失せた。まいったなぁ、なんて頭を抱えているといつの間にやら名前がすぐそこまで近づいてきていた。名前はどうやら俺に気づいていないようだ。まいったなんて微塵も思っていないくせに、そう自笑しながら俺は名前に声を掛けた。


「そこ行くおねーさん。随分重そうな荷物ですね?」


俺がそう言うとやっと俺の存在に気づいた名前は、少し驚いた様子で俺を見上げる。こんにちは、お久しぶりです、そう言った名前の抱えていた紙袋を覗くと、中には米が入っていた。こりゃ重いはずだわ。


「なに、食料調達?」

「はい、そうです。」

「こんな重いもん女一人に買いに行かせるなんざ、ヅラの野郎も冷てぇ奴だな。」


俺は名前の腕から紙袋を奪い取った。あ、とそれを奪い返そうとしてくる名前をひょいと躱し、俺は足を進める。


「重かったんだろ。持ってやるよ。」

「でも…」

「いいからいいから。」


上手い事名前を言いくるめて、俺は上機嫌で真昼間の歌舞伎町を闊歩した。
好きな女を傍らに携えて、気分が悪いはずがない。それが例え古くからの連れの、女だとしても。名前を横目で盗み見ると、複雑な表情を浮かべたまま歩を進めていた。


「なぁ、名前ってヅラんとこに一緒に住んでんの?」

「いえ、一人です。」

「だよな。あいつ住む所ころころ変えるしいちいち付いてくの大変だもんな。」

「…本当は、付いていきたいんですけどね。」


桂さん、また何処かに行ってしまったんです。
その言葉に俺は足を止めた。すると名前は、憂色の漂う表情で俺を見た。なんだか今にも泣き出しそうなその表情に、またもや胸がざわつくのを感じる。これは、さすがにまずい。多種多様な表情を見せられては参る、ではないか。


「…あいつ、どこ行ったの。」

「さぁ、わかりません。幕府にアジトを嗅ぎつけられたからしばらく潜伏すると言って、何処かに行ってしまいました。場所は、教えてはくれませんでした。」

「そうなんだ。」

「えぇ。」

「名前は、あいつが帰ってくるの待ってんの?」

「はい。いつになるのか、わかりませんが。」

「へぇ。寂しくねぇの。」


寂しいです。その言葉を聞いて、内心笑いが止まらなかった。ヅラのずる賢さを目の当たりにした気がしたからだ。長年付き合ってきたが、あいつがこんな策略家だとは知らなかった。いや、もしかするとただただ恋愛に無頓着なだけかもしれないけど。
あいつは恐らく名前が己を待っていてくれる自信があるのだろう。だから行き先も告げず、期限も告げず、姿を消す事が出来るのだろう。どこから湧いて出た自信か知らないが、第三者である俺ですら、あいつの自信は間違いではないと確信が持てた。実に天晴れだ。そしてありがたい。そんな、何者にも靡かない、女を残していってくれた事に感謝していた。
そうか、わかった。俺はその辺に転がっている石ころなんかに興味は無いんだ。固有名詞が欲しい。自由じゃない、そんな女が良いんだ。


「そう、寂しいんだ。」


俺は歩く速度を速めた。何故なら名前に顔を見られたくなかったから。だって、顔がにやけてしようがない。
気づけば万事屋がすぐ目の前に見えた。後ろから名前が俺を呼ぶ声が聞こえて来る。銀さん、銀さん、何度も呼ぶ声を無視した。


「銀さん!」

「なぁに。」


声に怒気が含まれていたから仕方なく返事をした。もう少し、名前を呼んで欲しかったのだが怒らせてしまってはつまらない。
振り返ると息を切らした名前は、ここで良いです、と俺の持っていた紙袋を奪おうとしてくる。だが容易く帰るつもりなど毛頭ない。再び背を向けた俺に名前は困惑の声を上げた。


「どういうつもりですか。」

「どういうつもりも何も、こんな重いもん持たせたまんま、はいさようならとはいかないっしょ。家まで送る。」

「別に大丈夫です…」

「俺が大丈夫じゃないの。」


名前の顔には、戸惑いと俺に対する不信感が滲み出ていた。多分、名前は気付いている。俺が名前に好意を持っていることに。だから俺と一定の距離を保とうとしている。そんなことさせるかよ。恨むんだったらヅラを恨め。俺にお前を紹介しておいて、己はどっかに消えちまったお前さんの恋人が全ての元凶さ。

なおも苦言を呈する名前を軽くあしらって、無理矢理自宅へと案内させた。さすがに足掻くのをやめた名前は途中から口数が少なくなった。困っているんだろうなぁ、と思うと俺のS心が擽られる。俺のことを今すぐにでも突き放したいけど、恋人の旧友ということもあってあまり無下には扱えない。だけど旧友だからこそ、恋心をあからさまに向けられては立場上問題があるのだ。
でも名前は俺のことを嫌ってはいない。表情を見ていればそれくらいわかる。だからこそより戸惑っているんだろうけど。


「ここ?」

「はい、そうです。」


ありがとうございました、助かりました。自宅の前に着くと名前はそう言って、俺から荷物を受け取った。助かったなんて思ってねぇくせに、そう思いながらちっこい名前の頭に手の平を乗せる。露骨にびくりと揺れる肩にくすり笑った。



「また米買いに行く時は俺の事呼ぶよーに。」

「でも、」

「名前、俺の職業知ってる?」



…万事屋。そう小さく呟いた名前の頭をわしゃわしゃと撫でる。嫌がる素振りを見せながらも俺の手を払おうとしないその微かに染まった頬に、珍しく素直に癒された。



「そう。頼まれたらなんでもやるのが万事屋さ。」



じゃあな。そう言って背を向け手を振り、その場を後にした。家も知れたし、何より見たかった顔も見れた。照れた顔可愛いなー、なんてごく当たり前な感情を抱いて、我に返った。あぁ、あの女はあいつの女だった。人のもんだった。あーやべぇ、もっと好きになりそうだ。



それから数週間が経ったけど、名前が自ら万事屋を訪ねて来る事は無かった。まぁ、想定内だった。仕方なく俺から名前の家を訪ね、新八や神楽が会いたがっている、と餓鬼どもを出しに使ってみたが、それでもやっぱり来る事は無かった。なかなかガードが堅い。恋人が自分をほったらかしにして仕事に励んでいる今こそ、浮気の絶好のチャンスだというのに。浮気と言っては聞こえが悪い。始まりはそうだとしても、結果的に俺のものになれば、なんの問題も無いはずだ。それにほら、あいつ言ってたじゃん。好きだって、そういうの。俺は忘れちゃいねぇよ。




そんな日々が鈍く感じるくらいゆっくりと過ぎていったある日。
今日も特に、普段と変わりない。はずだった。いつものようにふらっと立ち寄りましたよ感を出す為気の抜けた顔で引き戸に手を掛けたその時、俺が戸を開けるより前に慌てた様子の名前が目の前に飛び出してきた。鼻緒を引っ掛けた程度に履いた草履にバランスを崩し、倒れこんできた名前を両手で受け止める。あまりに動転したその様子に、どうした、と問いかけると、桂さんが帰ってきたんです!と、嬉々とした声色で答えた。こんな表情を見たのは初めてだった。俺と話してる時には一度だって顔を出さなかった、感情。それが気に食わなかった訳では無い。ただここでこのまま名前を逃しては、何も始まらないまま終わる気がした。俺はヅラの元へと向かおうとする名前の腕を掴み、家の中へと連れ戻した。訳がわからないといった様子の名前は、強く反抗するわけでもなくただただ俺の出方を伺っている。玄関の中に入ると、天気が悪い事も相まって一層薄暗かった。俺は名前を見下ろす。名前も俺をじっと見上げていた。


「なんの真似ですか。」

「別に。ただ行かせたくねぇなーと思って。」

「退いてください。」

「やだ。」


ふざけないでください。そう言って俺の脇を通り抜けようとしたその腕を、力一杯引き寄せた。


「行かせたくねぇって言ったじゃん。」

「何を言っているんですか。」

「そのままの意味だけど?」

「私はあの人に会いたいんです。」


その言葉を聞いた後、気づけば名前を壁に押し付けていた。暴れないように腕を抑えれば、刃物のような鋭い瞳で睨まれた。こういうの、嫌いじゃない。むしろ好きな方だ。だけど、名前の思考に一ミリも俺が居ないのは嫌だった。


「名前さ、俺の気持ち知ってたよね。」


その言葉に、顔を歪める。そこにあるのは後悔だった。


「じゃあさ、なんでもっと俺のこと突き放さなかったの。あんな中途半端なやり方、狡くね?」

「それは…あなたが、桂さんの、友人だから」

「それだけじゃないでしょ。」


後悔の色は濃くなるばかりだった。もっとはっきりさせるべきだったんだ。それが例え己に嘘を吐く形だとしても。
俺は名前に顔を近付ける。


「名前は俺のこと、嫌いじゃないから。」


そう言って、口付けた。


名前は抵抗しなかった。しなかったけど、そこにあるのは絶望だという事は唇越しに伝わってきた。その証拠に、顔を離した直後に飛んできた平手打ちは、余韻など一片たりとも残さなかった。刃物のような瞳に涙が溜まる。次に後悔すべきは俺のはずなのに、俺の中には後悔のこの字も無かった。やってやった、そんな思いが募るばかりだ。


「ごめんね。」


思ってもいない事を言った。多分名前もそれは重々承知なはずだろう。
名前は俺を見上げて重い口を開いた。


「…あなたは、勘違いをしている。」

「ん?」

「私はあなたの事が嫌いじゃない。」

「ほら。」

「だけど!…好きじゃない。私が好きなのは、あなたじゃない。私が好きなのは桂さん、ただ一人、ですから。」


そう言って名前は、俺を押し退け出て行ってしまった。俺はその後ろ姿を追う訳でもなく、ただ見ていた。そして少し、笑った。
ほら、嫌いじゃないんじゃん。好きじゃなくてもいいよ別に。今は、でしょ。明日はどうなってるかわからねぇじゃん。

なんだか気分が良い。そう思ったら飲まずには居られなかった。ふらふらと飽きるまではしごして、家に着いた頃には時計の針が0時を過ぎていた。
鼻歌混じりに千鳥足で階段を上る。そういえば今日は神楽も居ないんだったな、なんて思いながら階段を登りきると、扉の前に見えるはずのない人影が見えた。体が数センチ跳ね上がる。だが幽霊かと思ったその人影は、よく見ると見知った男のものであった。


「っ、ヅラかよ…ビビらせんなよ…」

「なんだ、幽霊でも出たと思ったのか?」

「うるせーよ。なんだよこんな夜中に。」

「たまには世間話でもしようと思ってな。」


こんな夜中に世間話?馬鹿の相手はしてらんねぇ、そう思った時、俺は何故自分がこんなにも心地よく酔っているのか、その原因となる出来事を思い出した。もしかしてこいつもう知ってんのかな。そう思ったら気になって、不本意ながらもヅラを家の中へと招いていた。
酔いが気持ち良く回っている所為で、普段は絶対に出さない茶なんかも出していた。ヅラはその茶を遠慮も無しにずずっと啜り一言、薄い、と文句を垂れた。


「贅沢言うんじゃねぇよ、黙って飲め。」

「茶もろくに入れられんとは。だから貴様はモテないんだ。」

「お前まじうっせぇな。こんな夜中にそんな話ししに来たのかよ。」

「いいや。」


ヅラは再び茶を啜ると、真っ直ぐな目で俺を見据えた。その目に少し背筋が伸びる。


「名前が世話になったな。」

「は?」

「随分と可愛がってくれたようじゃないか。」


ヅラはしれっとそう言った。動揺などどこにもない。
やっぱりこいつは策略家だ。こうなる事がわかってたんだ。


「知ってんだ、お前。」

「あぁ。」

「名前から聞いたの。」

「まぁ、そうだな。」


当たり前と言った様子のヅラに、少しだけいらっとした。でもそれは冷静な態度のヅラに対してではなく、ヅラと名前が会話をしているその情景を想像して、だろう。名前は俺を突き飛ばした後真っ先にヅラに会いに行って、泣きついたのだろうか。俺に好かれて困っていると、そう言ったのだろうか。


「俺、あいつにキスしたよ。」

「ほぉ。そこまでは聞いてなかったな。」

「怒んねぇの。」

「怒っているさ。」


嘘だ。こいつは怒っちゃいない。それどころかここまで想定内なんだろう。俺が名前を好きになる事を見越して万事屋に連れてきた。そして時期を見計らって歌舞伎町から消えた。その間に俺が更に名前に夢中になる事は、こいつのシナリオ通りだったんだろう。出来が良すぎて、笑っちまうよ。


「お前こういうの好きだったもんな。」


NTR?とかいうやつ。そう言うとヅラは、そういうのではないさ、と腕を組みながら言った。じゃあなんなんだよ。気持ち悪い性癖の所為じゃなかったら一体この状況どう説明するんだよ。
俺はヅラが名前をここに連れてきた日の事を思い出した。あの日のヅラのあの目、あの卑怯な目は本当だった。こいつの卑怯を初めてみた。


「譲らんぞ。」

「へぇ。」


譲るつもりもないのに、俺を落とした。卑怯以外の何者でもないだろう。俺はまんまとヅラに釣られたんだ。だが俺はこいつを釣り師のまま終わらせるつもりはない。こいつも一緒に引きずり落としてやろうと思っている。


「あいつはさぁ、俺の事好きじゃねぇけど嫌いでもねぇんだってさ。」

「そうか。」

「だから譲らなくていいよ別に。奪うから。」


嫌われてねぇならいくらでも奪えるから。俺そっちの方が燃えるんだよね。そう言うと、ヅラの目が一瞬ギラついた。あの目の色は、本気になった時のものだ。やっと本気になりやがったか。
あの暗い玄関で口付けた時にわかってた。名前は俺の事を好きじゃないけど、でもこの先、俺の事を忘れる事は出来ないだろう。好きでもない、でも嫌いでもない恋人の旧友に触れられたという事実を忘れられないだろう。


「名前が好きなのは俺だ。銀時、奪えるものなら奪ってみろ。」

「あぁ、望むところだ。」




愛や恋なんて、あぁ憎らしい。


2016.02.08
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