縁側から見る空は、真っ赤でありました。上方からだんだんと迫り来る青藍は、一刻も経たぬ内にこの世界を覆うでしょう。
恰も、それを予感させるかのような染色をされた着物を纏う男を、私は見遣ります。隣に腰掛けるその人の着物もまた、燃えるような赤に侵されているのでした。


「桂、真っ赤。」

「あぁ。目が痛いくらいの西日だ。」

「なんだか、燃えてるみたいだよ。」


真っ黒であるはずの髪の先まで赤く染める姿に私がそう言うと、日差し避けのため顔の前に掲げられた腕の下で彼は瞬きをしました。そして然も当たり前だと言わんばかりに口を開きます。


「何を今更。俺の闘志はこの世に生まれ落ちたその日から燃え続けているぞ。」

「え?あぁ、うん。…知ってる。」


至極真面目な顔でそう言う彼を見て、私は自分の言った言葉の稚拙さに溜め息を吐きました。彼の思考はいつだって、私の遥か上を行く。そんな事わかりきっていたはずなのに、またしても度肝を抜かれた己に落胆しているのです。
でもそれは、私の好きな彼の一部でもありました。突拍子のない発言や思考も、彼の持つ人を惹き付ける能力、の一つなのです。


重ねられていただけの掌は、いつの間にか五本の指が巧みに絡み合っていました。一本一本の指を弄ぶように撫でる彼の手付きに、唾を飲み込みます。伏せられた瞳や、夕日によって影を伸ばす睫毛、何故だかこれから顔を出す三日月のように歪められた口元、時偶ちらりと目線を上げるその表情に心臓が握りつぶされるようでした。


たった一人の人間に、ここまで心を掻き乱されるのは何故でしょうか。私とあなたは人間という同じ生き物なのに、ここまで愛おしいのは何か理由があるのでしょうか。


彼は攘夷党の党首ですし、革命家ですから、沢山の人々に慕われ愛されています。私はいつか、この世界が彼のものになると信じて止みません。別にそれは彼が独裁者になると言いたいわけではないのです。ただいつか、そう遠くはない未来に、彼は多くの人々の心を掻き乱すと思うのです。ただ、漠然とした私の思いですが…。
そうなった時、彼の隣に居る人が私であったら良いのにと、切に願っています。

彼は再び私をちらりと見て、少し意地悪な顔で口を開きました。

「まるで夕日のようだな。」

「え?」

「まるで夕日のようだ。」

「着物の色?」


いいや。
そう囁いた彼は絡めていた指を解き、両の手で私の頬を包みました。急な行動に身体を強張らせた私を、彼は目を細め笑います。
また、心臓が握りつぶされました。


「色の問題じゃない。」

「じ、じゃあ何?」


少し強気にそう言い放った私の耳元に顔を寄せ、彼は、眩しくて見ていられぬ、とそう囁きました。
途端、この西日に負けず劣らずの赤さに染まった己の頬は嫌という程熱を持ちます。しかしその頬すら彼に捕らわれているものですから、私はもうただ項垂れることしか出来ませんでした。
彼は声を上げて笑い、色もそっくりだ、と私の頭を撫でます。
沸々と腹の底から込み上げる何かが、全身を駆け巡ります。もう居ても立っても居られなくなった私は、目の前で腹を抱えて笑うその人の心臓に、全体重を乗せてしがみつきました。


「あーもう駄目だ!好き過ぎて死んじゃう。」


おっと、と少し驚いた様子で私の身体を受け止めた彼は、また真面目な声で、それは困るな、と唸ります。
私はそんなのお構いなしに、うりうりと彼の胸に頭を擦り付け、ただひたすらに愛おしい彼の存在を全身に刻みつけました。
是非死ぬのなら死因には、桂が好き過ぎて死にました、と書いて欲しいと思います。そうなったなら、私の生涯に何の悔いもありません。
しかし、なら俺もその、好き過ぎて死ぬ、とやらを試してみるか…と零した彼を残していく事は出来ないように思いました。


目の前が桂の着物の色で真っ青になった頃、桂は両手で私の身体を包みました。私の真っ赤な着物と彼の青藍の着物が混ざり合って、それこそ夕暮れ時の空のようだと思います。


彼はこの世界に必要な人であり、そして彼もこの世界を愛する人であります。
だけど私は知っています。



たとえこの世界が貴方のものでも、
(貴方は私のものですから。)



2012.02.17



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