土曜の夜は、テレビがつまんなくていけねぇな。せっかく明日は休みでゆっくり昼まで寝れるっつうのに、これじゃあまったく平日の深夜番組に劣ってるね。逆言えば平日の深夜番組が地味に面白いっていうのもあるんだけど。でもやっぱり朝早い社会人としては、そんなもん呑気に観てもいられないじゃん?でも観たいじゃん。ってことは慣れない地デジで録画予約してさ、無事録れたはいいけど今度は観る時間なくてさ、どんどんどんどん溜まってくわけよ。面白いけどくだらないバラエティ番組が。
休みの日曜日にまとめて観ようかな、とか思ってると馬鹿杉から呼び出されて何故かあいつの失恋話を延々と聞かされて結局一日終わるっていうパターン。俺は疲れたOLかよ。

本当に世の中は俺に冷た過ぎるね。つまんない土曜の夜もさ、地味面白い平日の深夜番組もさ、馬鹿杉もさ、鬼畜過ぎるっつうの。俺は自他共に認めるドSなんですコノヤロー。




「あーでも、そろそろあいつがくる頃か。」



多分、それから10分も経っていないと思う。ドンドンドンドンうるせぇくらいに俺の部屋のドアを叩いたそいつは、俺が返事をする前に扉を開けて部屋に入って来た。ずかずかと、そりゃもう靴脱がないつもりかよ、ってくらいの勢いで。ちなみに俺の家にはちゃんとインターホンがついてる。だけどこいつにはどうやら見えていないらしい。
だいたいこいつはいつもいつも、何の連絡も無しにやってきやがって。俺の予定も考えろっつうの。
前に一度そう言ってやったら、土曜の夜の銀時に、予定なんてあるわけないでしょ?独り身なのに。とあっさり返された。もう俺はその時誓ったね。絶対彼女作ってやろうって。で、毎週毎週土曜の夜は家を空けてやろうって。
まぁまだ出来てないわけだけど。だから今ここにいるわけだけど!
さっきも言ったけどさ、世の中は俺に冷たいんだよ。



「銀時ー慰めてえー」



わーん、と泣き真似をした名前はソファに座っていた俺の胴に抱きついてきた。
うちに来る度にこうやって俺に泣きついてくるもんだから、俺ももうこいつの慰め方をすっかり熟知している。はいはいどうした、と背を軽く叩いてやると、こたろうに振られたーと言いながら、もっとでかい声でわんわん泣きだした。
俺はそれを聞いてぐったりする。まーた俺は人の恋路に首を突っ込まなくてはならないのかと。
こんなことしてる場合じゃねぇのになぁ。俺は早くこの溜まった欲求を発散させなきゃいけないんだよ。こんな人様の恋のキューピットなんかしてる場合じゃねぇんだよ!早く彼女欲しいんだよ!



「まーた、嘘だろ?」

「本当だよーもうお前なんか好きじゃないって言われた…」

「あいつが?」

「うん…」

「どして。」

「もう飽きたって。顔も見たくないから出てけって行って裸一貫で追い出された…。」

「ひでぇな、そりゃ。」



酷過ぎるよー!と言いながら名前は俺の胸を拳で力一杯叩いた。それがもうドアと俺を同じ強さで叩いてるんじゃないかってぐらいの勢いだから、痛くてついその身体を押しやってしまった。すると名前は、銀時まで私を捨てるの?なんて目を潤ませながらこっちを見てくるから、俺は渋々その頭を撫でてやった。

こいつのこの"女"を武器にした攻撃には俺はいつだって手を焼かされている。

名前は高校の時からの同級生で俺ら四人全員と仲が良かった。俺達と仲が良すぎて、多分女子の友達なんか居なかったんじゃないかと思う。とにかく俺はこいつが女子と、女子特有のあのきゃっきゃした空気を醸し出しているところは見たことがなかった。いつだってふらふら心此処に在らずで、掴みどころのない、所謂教室内で浮いちゃってる変わった奴だった。
だけどこいつはそんなこと気にしていないようだったし、俺たちも男だらけで学生生活を送るよりは、女が一人居た方が華になるからってその状況を心地好いと思っていた。

だけどよく考えたら結局俺らは男と女で、いつのまにか名前とヅラは恋仲になっていた。
正直そのことに俺ら二人は愕然とした。だってまさかヅラが、あのヅラが名前と付き合うなんて思っても居なかったし、名前だってヅラが好きなんて一回も言ったこと無かったんだぜ?もうその事実に俺と高杉はしばらく立ち直れなくて、二人でヅラの悪口言いまくってやったよ。ハゲとかロン毛とか意味わかんない悪口だったけど。
坂本の馬鹿はめでたいめでたいとかいって、相変わらず能天気で、そんな坂本にヅラと名前は、ありがとう幸せになりますとか、冗談にもならないようなこと言ってやがった。
今思えばまだ青臭い学生だった俺と高杉は、少なからず名前に惹かれていたんだと思う。ちょっと風変わりな女に惚れちまうなんてまさに若気の至りだろ?
だけどその女は、俺らの中で一番掴みどころのないヅラに惚れやがった。掴めない者同士くっつきやがって馬鹿じゃねぇのどっかふらふら飛んでっちまえ、なんて思ったけど、この二人が予想以上にベストカップルで、またそれも俺と高杉を消沈させるには充分な材料だった。

名前とはもう長い付き合いなのに、こいつはいつまでも"女"であり続けるんだよな。



「銀時!こういう時はもう踊り明かすしかないよ!」

「踊る?どこで?」

「ここで!」

「はぁ!?馬鹿言うなよ!ここ俺んちだっつうの!こんな所でお前に踊られたら家ん中めちゃめちゃになんだろ!」

「いーや、ここは今からクラブです。貴方は今からDJ坂田です!」

「いやせめてDJ銀時にしろよ!なんでそこだけ坂田!?」

「じゃあDJ坂田、よろしく頼むよ。」

「聞けよ!」



全然人の話を聞いてない名前は、あ、お酒お酒とか言いながら俺んちの冷蔵庫を漁り始めた。こいつ本当に人の言うこと何にも聞いちゃいねぇよ!だからいつでも浮足立ってるって言われんだよ!
ビールを勢いよく飲み干そうとしている名前に手を焼かしていると、玄関からインターホンの鳴る音が聞こえてきた。
すると名前は持っていた缶ビールを俺に押しつけて、玄関へと走って行った。自由過ぎてついていけねぇとその後を追うのも諦めて、冷蔵庫前の床に座り込んでビールを一口飲みこんだ。一日一本って決めてたのによ。今日これで二本目だよ。
ちびちび冷えたビールを喉に通していると名前は玄関のドアを開けて、そこに居た人物に晋ちゃーん!と言って抱きついていた。
あぁ、やっぱり思ったよ。こんな時間に訪ねてくるのなんてあいつしか居ないって。どうせ名前がここに来る前にあいつにメールでもしてたんだろ。失恋したから慰めてってな。で、あいつも俺と同じでこいつの女の部分に弱いからまんまと誘われて来ちまったってわけだ。
本当、俺とあいつは馬鹿だよ。というか俺ら、毎週会ってる気がするのは気の所為?




「来てくれてありがとう。忙しかったでしょ?」

「名前に呼び出されたら断る訳にはいかねぇよ。」

「さすが晋ちゃんー!大好き!」




あーあ、高杉の野郎まんまとこいつの掌の上で転がされやがって。大好きーなんて言葉、名前は俺にだって言うし坂本にだって言うの。こいつにとって大好きとか愛してるは、子供が言う今日の夜ごはん何?と同じくらい口癖みたいなもんなんですー。
高杉だってそんくらい分かってるだろうに、毎回毎回こいつの言いなりになって、貴重な時間を費やしちまうんだよな。まぁ俺も、人の事言えないかもしれないけど。



「あ、そう言えば二人とも辰馬何処に居るかしらない?全然連絡取れないんだけど。」

「あー、あいつまたどっか行ったんだろ。今回はヨーロッパとか洒落たこと言ってたぜ。」

「えー!また海外!?ちょっといい加減、誰か辰馬に海外でも使える携帯買ってあげてよ!平気で一か月くらい帰って来ないんだからさー。」

「名前が一言、辰馬の声一か月も聞けないなんて耐えられないのぉ、とか言えばあいつ速攻で買ってくるんじゃね?」

「あ、そっか。今度会ったら言ってみよー。」



気の抜けた声でそう言った名前は、我が者顔でソファに腰掛けた。靴を脱いで部屋に上がった高杉はその隣に座り、途中コンビニで買ってきたであろう缶ビールをテーブルの上に並べ始める。どうせこのビールも名前に頼まれて買って来たのだろう。いつもは金ねぇとか言って俺に奢らせるくせに。ボンボンのこいつより明らかに俺の方が貧乏なのによ!



「聞いてよ晋ちゃん。私こたろうに振られちゃったよ。」

「へぇ。そうか。」



煙草をふかした高杉は、嫌ーな笑みを浮かべながら携帯灰皿をポケットから取り出した。
俺は煙草を吸わないからこの家には灰皿はない。それを知っていてこいつはぷかぷか煙を吐き出すんだから、質が悪いったらありゃしねぇ。



「へぇって。もっとちゃんと慰めてよー。」

「じゃあ俺と付き合うか。あいつなんかよりよっぽどお前のこと大事に出来るぜ?」

「晋ちゃんと?」

「あぁ。」



名前はうーん、と悩んだ素振りを見せた後、何故か急に一点を見つめて黙り込んだ。その様子を俺と高杉が注視していると、名前はテーブルに突っ伏して大声を出して泣きだした。



「やっぱりこたろうがいいー!」

「あーはいはい、そうですか。」



呆れたような怒っているような高杉の様子に、俺はぷっと吹き出して笑う。そしたらもの凄い極悪な目付きで睨まれた。おー怖い怖い。もしここに今ヅラを連れてきたら確実にあいつの命は無いね。

だけどよ、俺が思うに俺と高杉に彼女が居ないのはおかしいと思う。坂本に居ないのは仕方ねぇよ。あいつほとんど日本にいねぇんだもん。もしかしたらどっか違う国に良い人が居るのかもしれないし。
けど、俺と高杉は理由が全くわからない。俺らこんなに面倒見良いのになんで彼女の一人や二人、出来ねぇんだよ。



「あーあ、彼女欲しいねぇ。」

「作ればいいじゃん。」

「そんな簡単に言うなよ。作れるもんなら作ってるっつうの。」

「銀時は理想が高すぎるんだって。俺の後ろを三歩下がって付いてくる女が良いだの、ケーキ焼ける女が良いだの、そんなの男の勝手な欲望だよ。今どきそんな理想を絵に描いたような女の子は滅多にいませんー。」

「なっ!それを言うなそれを!」

「だって本当でしょ?」



名前は少し冷めた視線でビールを一缶手に取り、ゆっくり口を付けた。



「じゃ、じゃあなんで高杉には彼女居ねぇんだよ。」

「晋ちゃんは今居ないだけで、いつもはちゃんと彼女の一人や二人いるじゃない。まぁすぐ振られちゃうみたいだけど。」

「……。」



名前のその言葉に高杉は、痛い所を突かれたとばかりに顔を背けた。俺は何故高杉はすぐに振られてしまうのか、と問うた。



「晋ちゃんはまめ過ぎるんだよ。晋ちゃん彼女に毎日メール送るでしょ?それって嬉しい人には嬉しいけど、きっと嫌いな人からすれば鬱陶しいんだと思うよ。晋ちゃん一見そういうことしなさそうでしょ。だからきっとそのギャップが皆嫌だったんだと思うなぁ。普通ギャップって美味しいものなんだけどね。」



ははは、とか名前は笑っているが明らかにその話を聞いた高杉はショックを受けていて、俺はなんだか居た堪れなくなった。目を見開く高杉の肩に名前は手を掛け、私はそんな晋ちゃん嫌いじゃないよ、なんて呑気な事を言ってやがった。
すまねぇ、高杉。俺があんな質問をしたばっかりに…。



「でも晋ちゃんは大丈夫だよ。黙ってればもてるんだからさ。またすぐ彼女出来るって。今度はまめな晋ちゃんに釣り合う女の子だと良いね。」

「…そりゃどうも。」



軽く項垂れた高杉はもう放っておくとして、俺はこの状況をどうにかしなければならない。名前はまた、さっきと同じように一点を見つめ始めた。これはまずいと気づいた時にはもう遅く、名前はテーブルを挟んだ向かいに居る俺に飛びついて来た。その所為でテーブルの上にあった缶ビールは倒れ、零れた中身がテーブルを滝のように落ちてフローリングに水溜りを作った。
どうにかしようにも名前の所為で身動きの取れない俺は、その旨そうな滝が無情にも流れて行く様を見届けるしか出来ない。
あー俺の…酒が…



「今度は一体どうしたんだよ…。」

「私にはこたろうしか居ないのにー!」

「お前も他の男探しゃいいだろ?」

「やだやだやだやだ!こたろうじゃなきゃやだー!そりゃ銀時にも晋ちゃんにもすぐに新しい彼女が出来るかもしれないよ?でも私には長髪電波で愛しい馬鹿なあの人しか居ないのー!」

「いやお前それ、誉めてんのか貶してんのかわかんねぇよ…。」

「もしかしたらもう新しい彼女作ったかもしれない…。あの家で今頃…」



名前がこれはデジャヴュかってくらいわーん!と泣きだして、それを見ていた高杉も何故かあいつは最低な男だ!とか言いながらビール一気飲みし始め、俺がもう気を失いそうになっていたその時、なんの前触れもなく俺の家のドアが開いた。インターホンも押さずに入って来たそいつはこの状況の元凶である長髪電波馬鹿だった。



「おいヅラ遅せぇぞ!さっさとこいつらどうにかしろよ!」

「すまない銀時。しかし名前は俺の所為かもしれんが高杉は知らんぞ。」

「じゃあとりあえずこいつだけでもどうにかしろ!」

「わかったわかった。」



ヅラは俺に抱きついたままの名前の名を呼んだ。すると名前はパッと顔を上げヅラの方に顔を向けると、あっさり俺から離れて行き、こたろうー!と叫びながらヅラに飛びついた。
名前という呪縛から解かれた俺は、すぐに近くにあったティッシュで零れたビールを拭く。



「こんな夜遅くに一人で出歩くなといつも言っているだろう。世の中には悪い輩がうじゃうじゃ居るんだぞ。それにお前は女なのだから一人で男の家に上がり込むな。」

「銀時と晋ちゃんは大丈夫だよ?」

「いいや。こいつらだってれっきとした男だ。よく言うだろう?男は狼だから気をつけろと。」

「おいおいヅラてめぇ、それは俺に対する冒涜か?どう見たって俺は被害者だろ。」

「わかった、もうこた以外の男には一切触らないようにするよ。」

「あぁ。」



好き勝手な事を言いやがったヅラと名前はそのまま自分たちの家に帰って行った。
俺は溜め息を吐いて、濡れたティッシュをゴミ箱に投げ捨てた。

あーあー今日も名前のとんだ茶番に付き合わされちまったよ。あいつはああやって土曜の夜に俺の家に押し掛けて来るんだ。振られたから慰めてーってな。
振られたなんてぜーんぶ嘘。だってヅラがあいつのこと振るわけねぇし、飽きたなんて死んでも言わねぇだろ。あいつが泣いてたのだって全部嘘泣き。涙なんてこれっぽっちも出てねぇんだ。それを俺も高杉もちゃんとわかってる。わかっててあいつの寸劇に付き合ってやってんだよ。
この結末はあいつの書いた脚本通り。必ずヅラが迎えに来て二人で帰るっていうね。ヅラにその台本が行ってるのかは知らねぇけど、ヅラは必ず良いタイミングで現れる。今日はちょっと遅かったけど。
なんで土曜の夜かって?そんなの明日が休日だからに決まってんだろ。このまま二人で帰ってイイコトすんだよ、イイコト。これはそのためのスパイスみたいなもんだな。俺と高杉は隠し味みたいなもんなんだよ。



「高杉ー、お前明日暇だよな?」

「あぁ。」

「これから飲みに行かねぇ?」

「てめぇの奢りならいいぜ。」

「……。」




世の中はやっぱり、俺に冷た過ぎるんだ。


2011.12.20



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -