例えばそれは、暑い色は赤で寒い色が青なのと同じくらい当たり前のこと。
私があなたの事を好きで、あなたも私の事が好きで、それをお互いが承知しているのもそう、当たり前のこと。
あなたが男に生まれて私が女に生まれた。その事実に私は心底感謝している。あなたがもし女に生まれていたら、私達は良い友達になれていたのかな。一緒にショッピングに出掛けたり、おしゃれなカフェに入ってお茶したり、互いの恋人の愚痴なんて零したりするのかな。なんだかそれはそれで楽しそうだけど、私はやっぱり男に生まれてきてくれたあなたにお礼を言いたいよ。異性として生まれてきたあなたに。








「名前、その荷物を貸せ。」

「大丈夫だよ。これくらい持てる。」

「いいから。早く。」



彼は片手で自転車を押しながら私にそう言った。彼の押す自転車の前カゴには6個入りのBOXティッシュが入っている。彼はその重みで不安定になった自転車を上手く片手で操りながら、もう片方の腕で私の持っていた荷物を奪い取った。



「ありがとう。自転車、私が押そうか?」

「いや大丈夫だ、これくらい。それにしても今日はまた沢山買ったのだな。」

「うん、ついね。」



私達が住むアパートから最寄駅までの間に、昔ながらの商店街がある。八百屋に魚屋、惣菜屋に薬局、文房具屋から靴屋まである便利な通りだった。もちろんスーパーもあったが私達は好き好んで専門店を選んで買い物をした。二人の密かなお気に入りは、こぢんまりとしたレンタルビデオショップだ。

ふと八百屋の前を通った時、色鮮やかな夏野菜が目に入った。茄子に南瓜にトマトにピーマン、ついこの季節になるとこれらの野菜が恋しくなってしまう。夏野菜は夏バテなんかにも効くというし、何より食卓を華やかにしてくれるから、私は手当たり次第にそれらを購入した。



「こんなに沢山の野菜で何を作るのだ?」

「うーん。一応カレーにしようかな、と思ってる。一気に全部食べられたほうがいいでしょ。」

「ほお。それは随分夏らしいな。」



カレーと言ったらやっぱり沢山野菜が入っているものが良い。だけど今日買った茄子は、焼いても煮びたしにしても美味しい。南瓜も甘く煮たい気もするし、ピーマンも炒めて食べたい。トマトはやっぱりそのまま齧り付くのがいいかな。八百屋のおじさんが一つサービスしてくれたから、小太郎と一つずつ齧りつけるなあ。真っ赤な真っ赤な熟したトマトは彼の白い肌によく映えるんだ。



商店街を抜けて帰路を辿る途中に、大きな公園とそこに隣接した屋外プールがある。プールといっても子供しか入れないような地域の施設のもので、毎年ここが開くと夏が来たな、と感じる。
今年もまたその季節がやってきて、暑さが厳しい今日は沢山の子供達が水を浴びながらはしゃいでいた。時より監視員の、飛び込みは危ないからやめなさい、という声がメガホン越しに聞こえてきた。だけどその後にすぐバシャーンと水しぶきが高く上がったもんだから、私はクスッと笑ってしまった。



「いいねぇ、プール。」

「入りたいのか?ここは子供しか入れないぞ?」

「わかってるよ。」



高いフェンスの向こうに見える子供たちは、真黒に日焼けしているくせに、とても涼しげに見えた。子供のころは日焼けなんて気にしないから、プールに来たら来ただけ良い色に焼けていく。だけどそんな健康的な少年少女が水浸しになっているのを見ていると、なんだかこちらも多少ながら熱が引いて行くような気がした。
あぁ、懐かしい。私もよく、こういったプールに来たものだ。



「ねぇ小太郎は、こういうプール小さい時来たりした?」

「いや、俺はこういう場所には来た事がなかったな。」

「へぇ。どうして?」

「髪が濡れるのが嫌だったんだ。」

「髪?」

「あぁ。」



彼の人間性を表すものとして、その特徴的な長い髪があった。男の人としてはかなり珍しいものだったが、私と初めて出会った時から彼はこの髪型だったから、特になんの違和感もなく接してきた。逆に髪の短い彼は想像が出来ない。見てみたい気がしなくもないけど、それは彼ではない生き物になる気がする。
彼は子供の時から髪が長かったのだろうか。私は飽き性ですぐに髪を切ってしまうけれど、彼はずっとこの綺麗な長い髪を維持していたのだろうか。



「どうして濡れるのが嫌だったの?」

「濡れたままの髪は何だか気持ち悪いじゃないか。それにあのプール特有の塩素の匂いが髪に染み付くしな。あの匂いはどうも好かん。」

「小太郎は子供の時からずっと髪が長かったの?」

「あぁ、4、5歳の頃から伸ばし続けている。」

「いじめられなかった?」

「女女とからかわれはしたが、そんなものは別に気にしなければ良いだけだ。俺は自分の意志で髪を伸ばしているのだからな。」

「へぇ。」



子供の時の小太郎を想像して少し母性本能に目覚めそうになった。小さい頃の小太郎はさぞかし可愛かったのだろう。今みたいなちょっと頑固な性格で、真面目で、たまに抜けてて…私が担任の先生だったら確実にお気に入りの生徒にしていたに違いない。何か悪さしてもその子だけ大目に見てしまう、そんな子いつだってクラスに一人や二人居た気がする。きっと小太郎もそんな子供だったのだろう。



「でも、小学校くらいだと授業で水泳ってあったじゃない。それはどうしたの?」

「逃げ回ってサボった。」

「え?小太郎がサボり?信じられない。」

「それくらい嫌だったんだ。」

「小太郎にも苦手なものってあるんだね。意外。」

「あるさ、それくらい。」



プールが嫌で逃げ回る小太郎か。想像出来ないな。この人に怖いものなんてないと思っていたけど、そんなことはないようだ。重い荷物をさりげなく持ってくれたり、どんなに引っ掻かれても近所の野良猫に立ち向かっていったり、何故か痴漢捕まえたりひったくり犯捕まえたりして弱き者を助けたり、そんなヒーローみたいなこの人にも苦手なものがあるのだ。

ひったくり犯を捕まえた時はさすがの私もびっくりした。私がその事を知ったのは翌日の新聞だった。小さな小さな真剣に読んでいないと見逃してしまいそうな記事だったが、そこには彼の名前が記されていた。ひったくり犯を捕まえた勇敢な青年、なんて書いてあってがっつりフルネームも載っていたもんだから、私はびっくりして本人にどういうことだと問い詰めたのだ。
そしたら当たり前の事をしたまでだ、なんてあっさり答えたから私は全身の力が抜けて床にへらへらと座りこんだ。相手は未成年の少年だったようだが、それだって立派な犯罪者だ。刃物とか金属バットとか持っていたかもしれないし、それによって小太郎が危険な目に遭って居たっておかしくない。そう思ったらなんだか馬鹿みたいに悲しくなって私は大声で泣きながら、手に持っていた新聞をぐしゃぐしゃに丸めて目の前の小太郎に投げつけた。
何故私が泣いているのかわかっていない彼は私の背を擦りながら、今度は銀行強盗を捕まえるから、なんてふざけたことをくそ真面目に言いやがってそれに私はもっと声を上げて泣いたのだ。この大馬鹿もの!って。

そんな昔の事を思い出しながら熱すぎる気温の中を歩いていると、私達の横を制服を着た男女が自転車に二人乗りをして通り過ぎて行った。後ろに乗った女の子がペダルを漕ぐ男の子の身体に腕を回して身体を密着させる、よくある光景だ。
だけどなんだかそれをみた私はその光景が羨ましくなって、彼から夏野菜のいっぱい入った袋を取り上げた。



「あれ、私もしたい。」

「あれとは?」

「二人乗り!」

「二人乗り?」

「うん。荷物私が持つから小太郎が前乗って?」

「あぁ、構わないが…」



私は重い荷物を抱えて荷台に乗った。前に座った彼の服を片手で掴んでバランスを取る。本当はその背中に腕を回してしがみつきたい所だが、生憎今は夏野菜が私達の間に距離を作っていて、私はその野菜たちを存分に調理することでこの仇を取ってやろうと決心した。



「重くない?大丈夫?重かったら途中で代わるからね。」

「これくらい大丈夫だ。名前こそ落ちないようにしっかり掴っていろ。」

「わかった。もし落ちても置いて行かないでね。」

「馬鹿を言うな。置いて行くわけないだろう。」



彼が力一杯ペダルを踏み込むと、向かい風が吹いて小太郎の髪の毛が私の顔に容赦なく降り注いだ。それが酷くくすぐったくて、私は束ねるように小太郎の髪を握りしめた。彼の髪はサラサラしているから上手く掴みきれなくて数本は風に舞ったけど、先程よりは多少ましだ。



「髪が邪魔か?」

「大、丈夫。ちょっとくすぐったかっただけ。それにしてもこの髪、すごく暑そうだけど、小太郎こそ大丈夫?熱中症にならない?」

「俺は大丈夫だ。もう慣れている。」

「そっか。長い付き合いだもんね。私、小太郎の髪好きだよ。ずっとこれからも伸ばしていって欲しい。」

「そうか、それは良かった。」

「あ、そうだ小太郎。八百屋でトマト一個余分に貰ったんだ。帰ったらそのまま食べよう?良い色した真っ赤なトマトだったからきっと美味しいよ。」

「あぁ、そうだな。そうしよう。」





熱いくらいの彼の体温を感じる。

駆け抜ける、夏の日。夏はまだ、始まったばかり。

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