「そっか。私、もう自由なんだな」

千空たちが宇宙から帰って来て数週間。本格的な復興に向けて求められる人材はやはり様々な分野のエキスパートだった。いくら千空や龍水が欲張りとはいえ、石化前に染み付いてしまった後ろ向きの思考をゼロにするのは難しい。自分のやることはいつかなくなる、いつか必要とされなくなる。そんな日がすぐそこに迫っているような気がしていた。

「ご自由なのは結構なことじゃねえか。どこ行ってもやることはたんまりあんだ」

千空の言う自由と私の思う自由は違う気がする。頼んでもいないのに世界のあちこちでやりたいことをツラツラ並べ立てる彼の顔は、それはもう楽しそうだ。
区切りというものは千空にとってはあまり重要ではないのだろう。彼には一度きりの人生じゃ足りないくらい唆ることが山ほどあって、そんな人だからこそ皆も私も一緒になって走って来られた。
喜ばしいことだ。食べ物がない、資材がない、あれもないこれもない。いつの間にかそんな生活でもなくなって、代わりに身の振り方ばかり考えるようになった。明日生きられるかどうかより、明日どう生きれば良いのかを考えなきゃいけなくなった。

「千空は身体一つじゃ足りないだろうね、こっちが半分あげたいくらい」
「何わけわかんねえこと言ってんだテメーは……」
「ん〜なんか、虚無期?というかなんというか」

分かってる。そんなヒマないって、失礼だって。今ここで生きているだけで相当恵まれているのだ。私が踏んでいる土の下にも、石像が埋まっているかもしれないというのに。

「ああ、石像の発掘とか修復作業やろうかな。人手がいくらあっても足りないだろうし」
「やる気以外に大樹並みの体力と杠並みの器用な手先があんならな」
「うっ……それは、それ言っちゃったら何にもできないじゃん、私」

私は何かの専門家ではない。ずば抜けて得意なこともないし誇れる物もない。そういう人間でも取り敢えず必要だからと役立てて使ってくれたのがほかでもない千空だ。

「焦って決めるもんでもねえだろうが。さっきから何が怖ぇんだ」

千空は、遠慮とか気遣いとかそんなもの全部吹き飛ばして私の手を取ろうとしてくる。それが私のたった一つの生きる理由になってしまうくらい重い行為なのだと、千空に伝わって欲しい。いや、そんなこと一生知らなくて良い。

「千空、私、まだもうちょっと皆の近くで出来ることがしたい。それなら大丈夫だと思う」
「あ゛?」

何者でもない自分が忘れられていくのが怖い。それぞれ進むべき道を知ってる皆が、その場から動けないくせに一人きりで生きる自信もない私に失望する未来が怖い。乱暴に一言に丸めたら、きっとそれは「寂しい」になる。

「ワガママ言ってごめんね!……怖いもの、減らしたいから」

彼に寄りかかっても、多分楽になんてなれない。差し伸べられた手の上手な握り方も分からない。自信はないくせにプライドだけは一丁前にある。これまでもこれからも、私はきっとそういう人間だ。

「ったく、昔っからそうだよな。いつだって楽じゃねえ方取りやがって」
「あはは、そうなのかな?」
「いや俺に聞くなバカ」

これから先、私がどんな選択をしても彼は呆れながら受け入れてくれるんだろう。
本当はいつだって楽な方に転がりたいし、守られたいし、決めてほしい。だけど現実はそうじゃないし、何一つできないままの自分じゃ恥ずかしくて皆とまともに話すことすらできなくなってしまう。それに、私にとっての「楽な方」を理解してくれている人がいるというだけで、大概のことは何とかなりそうな気もしてくる。

「まあ、では、そういうことで!」
「あぁ…………って、ハイそうですかで引き下がれっかよ」

格好つけて立ち去ろうとしたのに許されなかった。千空の手が、私の腕をしっかりと捕まえている。

「名前が考えて決めたこと自体には口出ししねえ。しねえが、一人で全部背負い込めとも言ってねえぞ」
「うん」
「……頼りねえか。俺は」
「えっと」
「クソ、散々ワガママ聞いてやったんだ。俺のもちったぁ聞きやがれ」

千空が頼りない?そんなわけない。だって大袈裟でも冗談でもなく、千空がいるから自分も頑張ろうと思って私は生きてきた。私の腕を掴んだままのその手だって女のものとは明らかに違う、しっかりとしたものだ。
だけど、そうか。口にせずともなんとなく伝わってしまうだろうと思っていたし、直接言ったことはなかった。伝わっていないならそれはそれで、いっそ知らないままで構わない。ついさっきまでそう考えていたくらいだ。
何も言われなければ、いくら千空でも不安になったりするのだろうか。そう思いながら上げた視線の先で、彼の瞳はただ強い光を湛えていた。真一文字に結ばれた口も、熱い掌も、私の答えをただ待っているようだった。

「頼りにしてるよ、千空のこと。今までも……これからも」
「おー……なら俺も、おありがたく頼らせてもらうわ」

腕を掴んでいたはずの彼の手がいつの間にか私の手に重ねられていて、涙が出そうになった。
千空は私に「自分を頼って欲しい」と明確に伝えてくれた。頼られたところで彼の足枷にしかならないかもしれないのに。

「あのっ、私の『頼る』って、千空よりずっとずーっと重いから!」
「クク、今は張り合わねえよ。……ここでバカになったら困んだろ」
「バカになる自覚あるんだ」

うるせえと悪態をついて、千空はようやく緊張を解いてくれたように見えた。

「じゃあ、今度こそそういうことで。千空がちょっとくらいバカになっても良いように頑張るから、そしたら百点、ちょうだいね」
「あ゛ぁ。百点どころか百億点用意しといてやるよ」
「あのー、もしかして千空って、私への採点基準めちゃくちゃ甘い……?」
「いやおっせえんだわ気付くのが」

結局、私に都合が良いように誘導されてしまった。だけど実は千空にとっても好都合で、お互い欲しいものが一致している。そんな奇跡があるならば、自由な未来も捨てたもんじゃないと思えた。



2024.9.16



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