器用な人はそんなことないんだろうけど、手と口をいっぺんに動かすのはなかなか難しい。
「ありがとうスイカちゃん」
「どういたしましてなんだよ」
ないないと彷徨っていた手に探していた部品を持たせてくれたスイカちゃんは本当にできた子だ。ああそういえば隣で一緒に手を動かしているあさぎりゲンくんに聞きたいことがあったんだ。流れ作業のようにゲンくんを呼ぶが、返事がない。
「あの、手止めさせてごめん。ちょっと聞きたくて……二人ともどうしたの?」
ゲンくんどころかスイカちゃんまで目を丸くして私を見ている。何か変だろうか。その答えはゲンくんではなく何故か喜色満面のスイカちゃんから飛び出した。
「名前、今ゲンのことゲンちゃんて言ったんだよ!スイカを呼ぶ時みたいに」
なんだかカワイイんだよ〜と可愛らしい声でクスクスと笑っているスイカちゃんは、漫画だったら周りにお花が飛んでいそうだ。
どうやらスイカちゃんという呼び方につられてゲンくんのことまでちゃん付けで呼んでしまったらしい。
「ゲンくん……なんかごめん」
「良いの良いの、俺なんてみんなのことそう呼んじゃってるし」
そういえばそうだったんだよと、スイカちゃんは上機嫌のままコハクちゃんのいる場所へと戻っていった。
「謝ることなんてないよ?」
スイカちゃんの後ろ姿を見送ったあと、ゲンくんは手を動かしながらそう言った。
「でも……馴れ馴れしかったよね、普通にお友だちみたいに呼んじゃった」
「お、俺たち友だちですらないの!?」
「わーッ!そういう意味じゃなくて!」
ゲンくんは仲間だ。仲間の一員だけど、私みたいなモブキャラが彼みたいな有名人の親しい人間ポジションにいるのは烏滸がましいというかなんというか。
喋れば喋るほど墓穴を掘ってしまう。ゲンくんに聞きたいことがあったはずなのに、すっかり忘れてしまった。
手先が器用とはいえ、流石にゲンくんの手も止まってしまっている。このままでは仕事が終わらない。
「結構嬉しかったんだけどな〜」
休憩を宣言し、ゲンくんは作業台に両肘をついて横目でこちらに視線を送ってきた。彼の考えていることはよく分からない。
「ホラ言ったでしょ?俺は誰彼構わずなんとかちゃんって呼ぶけど。旧現代ならいざ知らず、俺が今そう呼ばれることはないのね」
ゲンとかゲンくんとか、メンタリストとかインチキマジシャンとか。最後の詳細については聞かないでおくが、確かにゲンくんがゲンちゃんなんて呼ばれている所は私も見たことがない。
「だから懐かしかったっていうか新鮮っていうか……とにかく呼ばれるのはイヤじゃないの、ジーマーで」
うっかり間違ってしまっただけなのに、随分と手厚いアフターケアを受けてしまった。気まずくならないよう計らってくれたことにお礼を言おうと口を開きかけた時、ゲンくんの目が意地悪く光った。気のせいでなければ。
「でもまさかお友だち程度の好感度もなかったのはちょっとショックかも〜」
「う、それは本当に申し訳なかったです」
なんという事だ、ゲンちゃん呼びよりそっちの方がよほど失言だった。私はこれから何をさせられるのだろう。お詫びとして仕事を肩代わりすることくらいしか思いつかない。
「ん〜〜どうしよっかな〜……あ、そしたらさっきみたいに呼んでくれる?俺のこと」
「え」
「それで許したげる、まぁ別に全然怒ってないんだけども」
確かに、ゲンくんは怒っているというよりこの状況を面白がっている。恥ずかしくても、彼の要求に答えてチャラにしてもらうしかない。
「えっと……ゲン、ちゃん。ごめんね………………こ、これで良い?」
恥ずかしくて溶けそうだ。なんの戸惑いもなく彼をうっかり気軽に呼んでしまった数分前の自分を止めに行きたい。
ゲンくんは満足してくれただろうか。それなりに勇気を出したので、反応くらいは示してくれるとありがたい。なのにゲンくんときたら、ぽかんとした表情のまま固まっているのだ。さっき間違って呼んでしまった時みたいに。
「ゲンくん大丈夫?」
「うん。……じゃあこれから俺のことはゲンちゃんでシクヨロね」
「な、一回じゃないの!?」
「友好を深めるならまずは呼び方からじゃない?」
抗議虚しく絶妙に罪悪感を突かれ、私は彼の要求を飲むことになってしまった。
「いやぁ、なかなか効くね〜これは。早く慣れてね」
仲良くなるための一歩では逃げることもできない。ゲンくん改めゲンちゃんの言うとおり、どうやら早く慣れてしまうしかないようである。
2024.4.29
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