※「親切なスタンリー」の続き


賑やかなパーティー会場に自分がいるという現実が信じられなくて、壁に張り付いてから十五分ほどが経過していた。どうしてこうなったんだっけ……。確か、数日前に会ったスタンリーにヒマなら来なよだなんて、ちょっとそこまでみたいなノリで誘われて、案の定ヒマな私は服やら靴やらを急いで揃えたのだった。
場違いだし、急ではないだろうか。スタンリーに言われるまでイベントの存在を知らなかったので、そんな私のような人間が突然行って良いのかを彼に聞き返した。

『乾杯する回数が増えんだ。喜ぶヤツはいても文句言うヤツは一人もいねえよ』

そうやって涼しい顔で一蹴されてしまったので私は今日ここにいる。これだけの大人数の中に一人二人増えても大した問題ではなかったのだ。
世界中を飛び回る多忙な科学チームの一員であるDr.ゼノが丁度こちらに戻って来る良いタイミングだから。そんな理由でイベント好きの誰かさんが企画したクリスマスパーティーには見知った顔もいれば話したことがない人も大勢いる。どれだけのお金が使われているのかを考えるのはやめておいた。声高らかに乾杯と叫んだ龍水の顔は相変わらずキラキラと眩しい。現実離れはしていても、みんな元気に過ごしていることが分かったので、胸の内は温かかった。

折角だからもう少し飲み物をいただこう。この場所なら、緊張と興奮で味が分からないなんてこともなさそうだ。それに、私をここに呼んでくれた張本人とまだ挨拶ができていない。友人や顔見知りとばかり話し込んでしまったが、彼は彼で人に囲まれていたからタイミングをすっかり逃していた。
慣れないヒールで一歩を踏み出したのと、少し離れた人集りからするりと抜け出して来た人物と目が合ったのはほぼ同時。グッドタイミングと言うべきか、なんというか。

「こんばんは……」

拍子抜けがはっきりと声に出てしまったが、スタンリーは特に気にする様子もなく両手に持ったシャンパングラスの一つを私に差し出した。空になったグラスも抜き取られ、これまた素晴らしいタイミングで通りがかったフランソワにそのまま回収されていく。

「じゃ、乾杯でもしとく?」
「はい。えっと、メリークリスマス」

お互いにグラスを目の高さまで上げて口を付ける。しゅわりとした刺激と冷たい液体が喉を通っていく感覚が、浮かれて口から飛び出しそうな気持ちを辛うじて留めてくれているようだった。

「ありがとうございます。声、かけてくれて」

まだ終わってもいないが、今日はきっと素敵な思い出になる。私をここに連れてきてくれたのは目の前のスタンリーと言っても過言ではない。
物理的な距離が離れてしまったら、その時の縁もどんどん薄れていくものだと思っていた。今までずっとそうだったから。でも、スタンリーが私にしてくれたように、それこそちょっとそこまでみたいなノリで誰かに声をかけても良いのかもしれない。それが私にずっと足りなかった部分だと、どこかでは分かっていた。

「この前よかマシ、か。あんたなりに楽しんでんなら何よりだね」

数日前に「暗い顔」とはっきり言われてしまったので、私もかなりやつれていたのだろう。ただ、スタンリーが誰にでも面倒見の良い人だとは思っていなかったので、彼の気遣いは意外でもあった。
交わす言葉も、グラスからなくなる一口も少しずつ。壁を背にしたままの私は、ずっと彼の影に覆われている。彼がチームに加わった時に感じていた威圧感は、今はもう殆ど感じられなかった。

「……今イイとこなんだ。野暮すぎんぜ流石に」

私ではなく、恐らくはスタンリーの背後にいる誰かに向けられた言葉。突慳貪な言葉とは裏腹に、彼の声色はどこか楽しげだった。
考えずとも分かる。スタンリーの後ろから顔を覗かせたのは、やっぱりDr.ゼノだ。

「おおスタン、それは流石に酷い言いぐさじゃあないか。やぁ名前、僕とも乾杯をしてくれるかい?」

流れるように乾杯をして、スタンリーとその隣に並んだDr.ゼノを交互に見やる。いよいよ場違いになってきたかもしれない。

「オイ、忙しいんじゃねえの?ゼノ先生」
「君の心配もその忙しいの内さ。よもやスタンリー・スナイダーともあろう男が目当ての人物も捕まえられず壁に向かってお喋りしている幻覚が見えたものでね。まあ、彼女を物理的に隠したい程うまく行ってるなら安心したよ」
「…………よく喋んよ全く」

全然話についていけない。二人の仲の良さは周知の事実だが、繰り広げられる会話の内容と来たら。さっきから誰の話をしてるんですかなんて、聞けやしない。
さらっと爆弾発言をしてご満悦のまま去っていったDr.ゼノを見送ってもなお、スタンリーは私の前から動かなかった。

「そういう訳だけど、解説いる?」
「や、えっと……」
「だが言われっばなしも癪だかんね、続きは出てからやんぜ」

続き、あるんだ。続くんだ……。
首を何度も縦に振る冴えない女を、スタンリーがどんな顔して見ているかなんて分かりっこない。
私にとって、今日という日は偶然飛び込んできたラッキーイベントだったけれど、スタンリーにとってはそれなりに練られたXデーだったようである。



2023.12.24


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