用がある時に限ってその人がなかなか捕まらない。
千空が忙しいのは周知の事実だけど、明らかに避けられている。会話は仕事の指示だけ、必要最低限。私が「ねえ千空」なんて言おうものなら、彼はもう手が離せないと言わんばかりに科学クラフトに励んでいる。こちらとしても邪魔はしたくないから、口も手も出せやしない。
「それが好きな女の子にとる態度ですか千空さん」
だからって、いつまでも手をこまねいている私でもない。痛い所を突かれた千空はアニメに出てくる錆びたメカみたいな動きで、やっとこっちを振り向いた。
先に言ってきたのは千空だ。つい気が緩んだのだろう。降りだした雨のようにポツリと彼の口から零れ落ちたその言葉は、たった一滴でも鮮やかに私の心を彩った。それなのに千空ときたら次の瞬間には「あ゛ー忘れろ、今の」などとのたまったのだ。
「私の返事は、気持ちは、いらない?」
ド直球で意地悪な質問だ。さすがの千空もいらないとは言いづらいのか、観念したように肩の力を抜いた。
「大丈夫……?」
千空の顔色が悪い。まるで死刑宣告でも待ってるみたいだった。酷いことを言うつもりなどまるでないが、なんとなく告げるのを躊躇してしまう。
「クク、意外と割り切れねえもんだ。自分から告ったクセにそれらしいことが一つもできねえ俺は高確率でこれからフラれる。分かってんのにこのザマだ」
「待って千空。ちゃんと見て、こっち。見たら全部分かるから」
彼の良くない癖が出ていた。自分がどれだけ想われてるかを見誤っている節が、千空にはある。いつも自信満々でズバズバ物を言うわりには相手に無理強いしてないかをちゃんと気にしてくれている証左でもある。
「これが、これからゴメンを言う人間の顔に見える?」
こんな状況で恋人らしいことがしたいなんて我儘は言わない、千空のこと一生懸命手伝うから。なんて、そんな優等生みたいな返事はできないけれど。
「私も。千空が好き」
自分の中でもう一度、その意味を噛み締める。
「千空が思ってるより強いし丈夫だし、トクベツだよ、私。千空が思わず大好きって言っちゃうくらいだからね」
「……いやどういう理屈だ。つか大好きとは言ってねえ」
「え〜大好きじゃないの?」
調子に乗るなと小突かれて、痛くもないのに態とらしく騒いだりなんかして。とにかく、千空が本調子に戻ったようで良かった。
千空がくれた言葉が私を特別にしてくれた。それを彼に後悔してほしくなかったから。それらしいことが一つもできなくたって、私たちは二人でもっと特別な時間を過ごせる。その可能性を勝手に諦めてほしくなかったから。
私の我儘は、彼が想定している以上に壮大で、本気なのだ。
2023.9.8
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