自分の欲しいものがハッキリしているというのは、ある意味才能だ。別にこれで良いんじゃないかだとか、何かが足りないけど何が足りないかは分からないとか、結局何もしないままぼんやりのんびり生きてきた私。対する龍水くんは、自分の欲望に忠実で、それを叶えるために手段を講じて的確かつ大胆に動ける人だ。
そんな雲の上の存在のような龍水くんが私にあれこれと出来た物の感想を問うのは、どうやら市場調査の一環とは違うらしい。気付いたのは一体いつだったか。
「お米美味しかったね!久しぶりに食べたなぁ」
「そうだな」
お米もだけど、龍水くんの顔を見るのも久しぶりだった。短いがその実すべてが詰まったような相づちも、私の意見というより純粋な反応を求めているがゆえの結果なのかも。自覚をすると恥ずかしい。
「あと、お兄さんにも会えて良かったね、ほんと」
龍水くんが自分の兄だと紹介してくれたその人も、少しだけ照れくさそうな顔で彼の隣に立っていた。
世界中を旅して、欲しいものを集めてきたんだろう。これだけのことをやり遂げてしまう彼らを誇らしく感じていた。ご褒美と言ったら偉そうに聞こえるけど頑張ってきた彼らに、龍水くんに、私も何かを与えたい。そう考えてはみるが、欲しいものは自分で手に入れる人だとこれまで散々見てきたから、出過ぎたことはしちゃいけないと思い止まってしまうのだ。
「お、お米があるだけで食のレパートリーが広がるね。お餅とか炒飯とか……炊き込みご飯も食べたいな」
もう、これじゃあただの食いしん坊だ。間違ってはいないけれど。
「フゥン、腹が空いてるのか?だが安心しろ!全部作る!」
何故なら俺も欲しいからだ!と元気よく指を鳴らして龍水くんは笑った。
こういうやり取りに、もはや懐かしさすら感じる。本当に帰って来てくれたんだと、胸の奥底が熱くなる。あまり多くを求めてはいけない。普段はそんなふうに思っている自分も、今は少しだけ欲を出してみたかった。
「龍水くん」
ただ名前を呼んだだけなのに頗る嬉しそうな顔をしてくれるものだから、喉がキュッと締まって涙が出てしまいそうになる。
「ちょっとだけ。顔見てても良い?」
本当にそれだけで良い。言葉がなくても、ただこの人が生きて隣にいてくれるだけで。
私が龍水くんを見つめれば、当然龍水くんも私を見つめてくる。そのまま瞳に吸い込まれそうだ。
むず痒いなんて言葉、きっと龍水くんの頭の中には欠片もない。早速圧倒されそうになりながらも、この時間を精一杯大切にしたいと思えた。
「名前」
「なあに?」
「ずっと、こうしていたいな」
「ずっと……」
進み続けることを是とする彼が、敢えて留まりたいと言う。その意味が分からないほど彼を知らないわけじゃない。
「だが実際はそういうわけにもいかん!だからまた、いや、何度でもこうして良いか?」
「うん」
やっぱり、龍水くんはこうでなくては。肩を抱き寄せられたところで、草木が揺れる音と小さな悲鳴が聞こえて我に返った。
「ん?どうしたSAI、こんな所で」
「いやっ、僕は偶然通りがかっただけで……」
依然私の肩に手を置いたまま喋りだす龍水くんに、私もSAIさんも二の句が継げない。
「あの、なんかごめんなさい」
「なぜ名前が謝る?」
「そうだよ君は何も……じゃなくて龍水っ!お、弟のそういうシーン見るこっちの身にもなってよ!」
顔を真っ赤にしたSAIさんはそのまま物凄いスピードでどこかへと走り去ってしまった。
そういうシーン?だなんて龍水くんは首を傾げているが、私はしばらく彼のお兄さんとどんな顔をして話したら良いのか分からない。
「大丈夫だ。また話す機会を作れば良い、違うか?」
龍水くんがそう言ってくれるなら大丈夫なんだろう。ただし、少しくらいのフォローはしといてあげてほしいものだ。
▽
数日ぶりに顔を合わせた龍水くんのお兄さん、SAIさんは私の顔を見るなり気まずそうに目を逸らした。
「えーと、こ、この前はすみません」
「いや、僕の方こそ……」
二人して「いやいや」と両手を胸の前で振っていたのがおかしくて、気が付けば笑っていた。
「嫌なわけじゃないんだ。それだけはっ!それだけは……分かって欲しくて」
頬を掻きながらはにかむSAIさんは、龍水くんとは一見似ても似つかない。
「龍水を見てたら、あぁ本気なんだって分かっちゃったから。だからっ見てる僕の方が照れくさくなっちゃって……!」
喋っているうちに恥ずかしくなってしまっている彼も彼だが、言われている私も恥ずかしくてたまらない。こんなやり取りを龍水くんに見られたら、笑われてしまうだろう。
「でも、すごく嬉しいです。SAIさんにそう言ってもらえて」
恐らく、出会ってから初めて彼と目が合った。どこかで見たような、いや、もう何度も見た気がするような。
「……あ、瞳がそっくり!SAIさんと龍水くん」
「わ〜〜ッ、ゴメンそれ以上は」
「えっ!?ごっごめんなさいジロジロ見て」
再び頬を染めて頭を抱えるSAIさんと焦るばかりの私は、もうしばらくこのフワフワとした空気を味わうことになったのだった。
2022.1.8
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