毎晩ストレッチをしているのに、ちっとも効果がないような気がする。やり方が悪いのか、体が硬すぎるのか。
今日も今日とて太ももを伸ばしたり股関節をほぐすために膝を回してみたり、気の向くままにそこかしこを動かしてはみるものの、どうせ寝て起きたらガチガチになってしまうのは分かっていた。これはもう、やり方が悪い。

「あ」

軽いけど室内にはよく響く、関節が鳴る音。ストレッチをしていて聞かない日はないが、今夜は聞かれたくない人が同席していた。
寝転がったまま首だけを動かしてみると、やっぱり羽京くんがこっちを見てた。しかもちょっと笑ってるし。

「あのね、しょうがないの、すっっごく硬いの毎日」
「まだ何も言ってないよ」
「言ってた!目が!」
「理不尽だなぁ」

もう笑いたきゃ笑え。膝を抱えていじけていると、羽京くんはこっちに寄ってきた。しめしめ。

「ストレッチは大事だよ。それを毎日やってるのって、実は結構凄いことだし」

拗ねた女のご機嫌を取る、気の毒な羽京くん。でも声色で分かる。彼はこうやってめんどくさくなってる私の相手をするのが、案外気に入っている。変わった人だ。

「痛かったり違和感とかはない?」
「それはない、かな……」
「なら大丈夫。恥ずかしがることないよ、お腹みたいに誰でも鳴るものなんだから」

お腹の音の話はちょっと余計なような……。日常生活で出てしまう音って、やっぱり気になるし好きな人に聞かれたら恥ずかしい。でも羽京くんが言うように、元を辿ればみんな同じ人間なんだから誰だって鳴るものは鳴る。いちいち全てを恥じていたら生きるのも難しくなってしまうに違いない。

「そういうもんか」

結局うまく丸め込まれてしまった。
人よりよく聞こえる羽京くんからしたら、世界は想像以上に生き物の音で溢れ返っている、なんてこともあるのかもしれない。私は羽京くんにはなれないから本当のことは分からないけれど。

「そういうものだよ。はい、続けて」
「えーこの流れでまだやるのぉ?」
「あ、飽きちゃったら筋トレでも良いよ」

しまった。この人、プロだった。こうやってかわいい顔して飴と鞭を使い分けるんだ。
だけど羽京くんに教えてもらえるなら、私が適当にやるより何倍も効果がありそうで断るわけにもいかない。寧ろ健康面では好都合と言ったって良いくらいだ。

「じゃあお手柔らかにお願いします」
「うん、任せて!」

なんで人のことなのにこんなに楽しそうなんだろう。
寝る前に少し体をほぐすはずが、普段使わない筋肉まで動かして布団に潜るころにはヘトヘトになる未来が見えて、一瞬だけ目眩がしたのだった。



2023.7.5


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