好きな人と会う時は最高の状態でいたい。体調や周りの環境で妥協しないといけない部分はあるけど、なかなか会えないぶんそういう気持ちは人より強くなったような気がしている。
美味しいご飯を一緒に食べて、きれいに洗った体をゆっくり温めて、その後は。
「次はいつ出発だっけ?」
「一週間後かな」
「あれっ意外と長いお休み」
「向こうのスケジュールとかもあるからねぇ。諸々片さないとだけど、ドイヒー事務作業とか」
山積みの仕事を想像しているのか、ゲンはガックリと肩を落とした。
人を相手にするお仕事って大変だ。でもそういう仕事をしてる彼はきっと誰よりも輝いてる。多少贔屓してしまうのは許してほしい。
「……っていうのも実は半分建前で」
ソファで寛いでいたゲンに招かれた先は、膝の上。
ここ乗るの?――当然!
視線だけのやりとりを交わして、そっとお邪魔する。ゲンの手がするりと腰を回って、お腹に着地した。全自動のシートベルトみたいだ。
「これね、俺がゴネてもぎ取ってきたお休み」
それは、色々と大丈夫なんだろうか。まあゲンのことだから、ゴネたというより上手いこと言ってなんとかしたのだろう。そんな貴重な休暇に、彼は私との時間をふんだんに盛り込んでくれた。
「ゲン。あのね」
「んー?」
「ごはん美味しかった?」
「そりゃもうジーマーで」
特別料理が上手なわけではない。でも、一緒に食べると美味しいね。
「お風呂気持ちよかった?シャンプー良い匂いだったでしょ」
一度ああいう生活を経験すると、何気ない日常を改めて愛おしく感じる瞬間がたくさんある。大切な人と生活ができることも、数ある幸せの中のひとつだ。
帰宅してから寝るまでのありきたりな習慣をなぞってもらっているだけなのに、いちいち感想を聞きたくなってしまう。
「うん。でもな〜んかちょっと違うよね、名前ちゃんと同じの使ってるのにさぁ」
「もー擽ったいってば……」
ゲンがうなじの辺りでもぞもぞと良からぬ動きをしている。身を捩ると、彼は笑いを堪えるような息を漏らしていた。
「もうお腹空いちゃったの?アイスあるよ」
「ジーマーで!?……んー、でも今は良いかな」
アイスを食べるなら取りに行かないといけないが、ゲンが腕の力をこれ以上ゆるめる気配がないので、どうやらそういうことらしい。
自分だったらアイスを食べてクールダウンする方を選んでしまうかもしれない。
「現在進行形で味わってる最中だし」
「ギャ〜」
「いや悲鳴棒読みだけども」
歯が浮いちゃうような台詞を平然と言えるゲンの分まで照れてあげているだけだ。
アイスか私か、などという単純な話では勿論ない。
「……ゲンはこういう時、迷わずそっちを選択できるんだなって思ったの」
慣れないなりに頑張った。私にだって少なからずそういう気持ちはあるし、そういうつもりで張り切ってきた。しかし実際こうなってみると、突然の供給過多についていけない情緒を口数で誤魔化そうとしてしまう。
空気を入れ替えるように、ゲンが私を抱く腕に力を入れ直すのが分かる。
「寂しい思いさせちゃってるよね」
察しが良すぎて困る。こういう人だ。出会った時から。
ゲンの声には素直になってしまう不思議な成分が含まれてるみたいで、とうとう「寂しかった」という弱音が口をついて出た。
「でもそれだけじゃないよ。ゲンに会えるの楽しみだった」
選んだ道をお互い後悔はしていなくて、元気に生きてることも変わらず大好きなことも、正しく余さず伝わって欲しい。
「だから、良い休日にしようね!」
時間は待ってはくれない。ゲンと過ごす一週間なんて、きっとあっという間に溶けてしまうのだ。
お腹の上で組まれていたゲンの両手に私の手を重ねて、ようやく温まってきたこの気持ちが伝わるように。
私の手のひらが熱いのと同じように、ゲンの手も熱かった。
「あら、こんなにポカポカして、名前ちゃん抱っこきもちくておねむになっちゃった?」
「ちっ、違うよ!?」
「へーえ違うんだ」
ゲンって、なんかスイッチ入ると意地悪になるよなぁ。そう考えられるくらいには心に余裕が出てきている。
好きな人と過ごす時間は、最高の状態でいたい。せっかく味わっていただくんだから、最後の仕上げは彼にしてもらおう。私がそう言ったら、ゲンはどんな顔をしてくれるだろうか。
2023.6.26『おいしい季節』
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