休憩時間中、あてもなくフラフラしていると木陰に蹲るゲンを見つけた。日中一人でいるなんてちょっと珍しい。

「何してんの?」

具合でも悪かったら大変。声をかけた所で、彼はようやく顔を上げた。

「あっ爪切りだ!」
「ピンポ〜ン正解、花まるあげちゃう」

一人でこっそりと爪を切っていたゲン。カセキか千空に用意してもらったのだろうか。胡座をかいた彼の足首の上には爪やすりのようなものまで置いてあった。
恥ずかしい話だが、石化する前ですら爪やすりをほとんど使ったことがない。いつも伸びたら適当に切って終了……なんて生活をしていたものだから、ゲンが丁寧にケアしているのを無遠慮に眺めてしまう。

「いつもやってるの?それ」
「そうそう。結構キモだったりするのよこのコンディションが、ジーマーで」

手を使う職業柄、大事にしているらしい。仕事に手を抜かない人ってカッコいい。調子に乗りそうだから直接は言わないけど。

「名前ちゃんもやってみる?」
「わ、私は別に、」
「まあまあそんな遠慮せずに。まずは見せてよ、ハイおてて出して〜」

彼の爪は綺麗だった。手入れしてるだけある。一方私はというと。

「私、手があんまり綺麗じゃなくて……笑わないでね」
「だいじょぶよ。笑わないし、そこは安心して任せちゃって」

ゲンの視線が私の両手に注がれている。そういえばこの前、親指の爪が割れてたから鬱陶しくて剥いてしまったんだった。やっぱり、あんま見ないでほしいなぁ。なんて思っている間に、ゲンの手のひらが私の右手を掬うように触れた。

「手、おっきい」
「手、ちっちゃい」

ほぼ同時にお互いの口から出た言葉。思わず顔を見合わせてしまう。

「おんなじパーツなのにね!不思議、人体の神秘だ〜、はは……」

気まずい。ただ、爪の手入れが上手な人に自分の爪を見てもらうだけのはずだったのに。ちょっと触られただけで茹で上がってしまいそうだった。
ゲンの顔をまともに見ていられなくて、でも下を見れば彼に握られたままのみすぼらしい私の手があって。

「私も、ゲンみたいに綺麗な爪になりたいな」

日頃やってこなかったくせに贅沢な望みかもしれないけど。見られたり触られたりしても引け目を感じない程度にはなりたいと思ってしまった。

「分かった。じゃあ名前ちゃんには特別にやってあげちゃう」
「え。やり方だけ教えてくれれば頑張れるよ……わっ」

握られていた手の上に、ゲンのもう片方の手が重なる。完全に包み込まれてしまった。

「もう。ここまでしてるのに、鈍いよねぇ」

手のひらが熱い。ゲンのも、私のも。

「ちゃんと綺麗で可愛いくしてあげる。今だって可愛いけど、なりたい理想があるんだもんね」

私の返事を促すように、ゲンの手に力が入る。

「よ、ろしく、お願いします……」
「ん〜良いお返事」

まんまと捕まってしまった気がしないでもない。でもそれ以上に、まだ彼に触れていてもらえることが嬉しかった。



2023.5.5


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