その日、誕生日の人がいたら声をかける。いつの間にか一部の人々の間で恒例になった行事だった。
大きなお祝いごとはしないけど、毎日生きていくのも大変な世界ではささやかなイベントが励みになったし、龍水は士気が上がるならとほくそ笑んでいた。千空もそれで日付の感覚が保てんならおありがてえと至極合理的な返事をしていたのを覚えている。
そして一月四日。今日はそんな合理的な男の子の誕生日である。
高鳴るばかりの胸を押さえて、周りのみんなと同じように私も今日の主役に近づいた。
「お、おめでと!千空」
流石に科学王国のリーダーは人気者だ。みんな口々にお祝いの言葉を投げかけたり背中を容赦なく叩いたりしている。私の声が彼に届いたかは分からないが、こういうのがまさに『現実』っぽいなという気もした。
冬ということもあって工程を大きく進めることができないせいか、今夜は大人数で飲んだり食べたり、お誕生日パーティーと言っても過言ではない程の賑わいだ。
イベントごとは大事。年が明けたばかりとあって、まるで三が日の延長戦のようにも思えてしまう。千空はちゃんと楽しんでいるだろうか。きっといつものように悪態をつきながら笑っているんだろう。
「ったく、正月の延長戦かよ」
「うわあ!」
「……あ?」
びっくりした。急に思考を音読されたのかと思ったし、声の主は私の頭の中の大半を占めていた千空本人だったのだから。
「良いの、こんな所に来ちゃって」
自分で言うのもなんだが、私は輪の中心にいるようなタイプじゃない。今だって、どっちかというと広場の周りの林に分類されそうな位置の切り株に座っている。
「良いだろ別に。騒ぐ理由が欲しいだけだあいつら」
そんなかわいくないこと言っちゃって。村の子どもたちにプレゼントをもらったりゲンたちに持て囃されていたり、それなりにいじくり回されながら相手していたのを私は朝から眺めていた。千空の本心などお見通しだ!というやつである。
「じゃあちょっと休憩だね」
「そういうこった」
ボーナスステージのような状況だというのに私はそれ以上何も言うことができなかった。一番伝えたかった祝いの言葉は、どさくさに紛れて言った。届いた自信はないけど。
それでも別に良いかと思えたのは、最初から叶わないと分かっているからでもあるし、今ふたりきりというだけで案外満たされてしまっているからでもある。
千空が静けさを求めてここに来たのなら、私が彼に渡せるプレゼントは彼が望んだ静寂しかない。
「……テメーのはいつだ」
「ん、何が?」
「誕生日」
「なんで??」
「なんでって……」
みんなで楽しくお祝いすんだろうが。
ぶっきらぼうにそう言うと、千空はそっぽを向いてしまった。
「俺ん時だけ毎度こんなんじゃ居たたまれねえんだよ」
千空は特別だ。ここのリーダーなんだから。しかし彼からしたら情をかけてもらうというのはそこそこ擽ったいらしい。
「そっか。じゃあ、覚えてたらで良いから……」
自分の生まれた日を千空に告げると、彼は黙って目を細めた。
目まぐるしい日々の中で自分の生まれた日など感慨もなく埋もれていくような気がしていた。他人のそれは殊更に盛り上げておきながら。
「んな簡単に忘れねえよ。日付っつうのは色々と結び付けやすいからな」
「そうだね、千空は石の日だもんね。……おめでとう」
「だーからそれは今朝も聞いたっつの」
千空のその言葉のせいで、届いてた!と、自惚れるな!という気持ちがいっぺんに押し寄せて来た。
あの時はみんなが口々におめでとうと言っていた。私がその場にいて同じ言葉をかけてたんじゃないかという結論に千空が辿り着くのは全然難しいことじゃない。でも、もしかしたら。なんて色々と考えてみたところで面と向かって言えたのだから、もう私に悔いはないのだった。
「みんなで良い一年にしようね、絶対!」
「そんだけやる気があんならおありがてえ」
ぽつりぽつりと交わされる言葉と、しんしんと降り出した雪。私たちの吐く息は白く柔く、冬の空気へと溶けていく。
少し離れた所に見える明るい世界が、今だけはひどく遠い。
2022.1.4 『冬のこもりうた』
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