一週間ほど前から続いている浮かれた空気に、またこの季節かと気が重くなる。
一夜限りのパーティーのために相手を探したり衣装を何十着も試したりメイクの研究をしたり噂話で盛り上がったり。目の前で大口開けてピザに齧りついているスタンリーは、そのあたりどうなのだろう。想像しただけで胸焼けがしそうだが、彼はもうパートナーが決まっているらしい。そう言って誘いを断っているのを友人が見かけたんだとか。
「スタンリーはもう相手いるんだってね」
「何、相手って……あぁプロム」
口の端にピザソースが付いていても何故だか絵になるこの友人、自ら行かずとも女子が勝手に吸い寄せられていく映像が目に浮かぶ。しかし肝心の相手が誰なのか、未だそのような噂だけは耳にせず、つい聞いてしまった。なんだかんだで気になっている自分が少しばかり嫌になる。
「声かけられたんでしょ?ホラあの……チアの子」
「とっくに断ってんよ。まあ他のヤツと行くらしいぜ」
「えッなんで、じゃあ誰と……」
俺はそんなん興味ないね、みたいな顔をしながらやっぱりやることはやってるらしい。だが私の予想は外れてしまったようだ。
喋りながらも巨大なピザを早々に食べ終えたスタンリーは、人の気も知らず紙ナプキンで口を雑に拭っている。
「つか名前は。今年もダチと?」
「き、聞いてよそれがさぁ〜〜」
逆に質問されてしまい、一番聞いてほしいけど聞いてほしくない不安と不満が止める間もなく溢れ出す。
昨年「男の子なんて分かんないよね!」とお互いを慰めあって一緒に参加した友人。今年はなんと意中の男の子からお誘いがあったらしい。それはとてもハッピーなことだ。素直に祝福したが、自分だけ崖っぷちに取り残されていることにも気付いてしまった。ちなみに他の友人はほとんど彼氏持ちで声をかけづらい。
「私、今年は行かないかも」
さり気なくアピールしても、今日まで声がかかることはなかった。いっそ数撃ちゃ当たる!な子でも知らない子でも良いから話しかけてくれないだろうか。そう思っていても一向に状況は動かない。
このままでは学生時代に華々しい思い出の一つも作れずプロム当日の夜は寂しく家で過ごすことになるだろう。いやいっそバイトでも入れようか。仕事ならば仕方ない、うん、仕方ない。
行かなくたってなんともない。そんな理由やメンタルも持ち合わせていないが自分から動く勇気もない。中途半端な自分が、自分の足を一番引っ張っている。
まだ時間はあると適当に慰めてくれるスタンリーから漂うのは強者の余裕そのものだが、女の子はそれなりに準備時間が要るのである。
「いないなら紹介してやっても良いけど、相手」
「ほんと?」
「名前に行きたい意思があんなら」
「せっかくだもん、行きたい!お願いスタンリー」
突如現れた救世主に全てをかけて泣きついた。持つべきものは親切な男友達かもしれない。どんな人を紹介してくれるんだろう。
「なら話は簡単だ。俺と行きゃ良いじゃん」
「………………はい?」
俺。俺って、俺?まさかスタンリー?
脳内でぐるぐる回る言葉に目が眩みそうになりながら、でもスタンリー相手いるんじゃないの?という疑問がふっと湧いてきた。
「約束してないの、本当に?他の誰とも?」
「してたら誘わねえよ」
「そっか」
確かに、そんなことが明るみに出たら、いくらスタンリーでも叱ってやらねばなるまいと思うところだ。
「でも相手いっからって断ってんのはマジ」
「ほう」
「分かってんの?」
私の生返事に眉をひそめる、それすら様になっている。ただの友人だからとどこかでストッパーをかけながら共に過ごしてきた身には、毒以外の何ものでもない。
「わ、私がノーって言ったら、どうするつもりなの」
「断られたら?そん時は……」
二つの瞳に食い入るように見つめられ、吸い込まれてしまいそうになる。その時はどうするんだろう、どうなってしまうんだろう。それなりにつるんでいながら、思考が読み取りづらい人だとつくづく思う。
「俺も行くのやめる」
そんな勿体ない。彼が来ないだけで、いったいどれだけの損失になるだろう。
普段はクールな彼は輪の中心にいるようなタイプではもちろんないけれど、そこに居れば雰囲気を変えられる程度には存在感がある。
「最初っから決めてんだけど、俺は。……名前はどうする?」
私はパーティーに行きたい。スタンリーは、私となら行きたい。それならば返事は「喜んで」に決まっている。
スタンリーに意思を伝えると、彼は心なしかほっとしたように表情を緩めた。それが分かってしまったのが何故だか照れくさくて、つい憎まれ口を叩いてしまう。
「スタンリー、私がモテてなくてラッキーだったね!」
「やっぱなんも分かってねえな」
ため息を隠すこともなく、しかしこの上なく機嫌が良さそうな友人をしり目に、私はこれから準備に追われる忙しない日々すらも楽しみに感じていた。
2022.9.1 『ダンスパーティーの夜』
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