ソファに座ってテレビを見ていると、母がいきなりチャンネルを変えた。私だって熱心に画面を見てたんじゃないけれど、一声くらいかけて欲しいものだ。
ほどなくして映し出されたのはインタビューを受ける兄の姿。いつの間にか私の手はコマの芯を握っていて、思い出さなくても手が勝手に動いて糸を紡ぎ始めた。
ひどくつまらない夢を見ている。
何も知らなそうな、自信に満ちた顔。あの人は、兄は、何も悪くない。紡いでいた糸がプツリと切れた。
コマをテレビに向かって投げつけると、画面が粉々に砕けて、兄の顔が崩れ落ちていく。
「……、あれ」
目を開けると、ソファもテレビも母も存在しなかった。正しい世界に戻って来た。一瞬でもそう思った自分に鳥肌が立った。
連日、短く浅い眠りの中で見る悪夢。別に今に始まったことじゃない。そういえば石になっていた時はどうだっただろう。あまり記憶がないから、意識自体がなかったのかもしれない。それならそれで良かった、でも。
……頭がおかしくなりそうでならないというのも、結構疲れるものだ。
重い瞼を擦りながら南さんに教えられた集合場所に行くと、そこには既に彼女の姿があった。ゲンもいる。
柵の側には電話が設置されていた。ここで、先日完成したばかりの気球に乗って石神村に移動した千空たちと連絡を取り合っているようだ。
「仕事って電話番?」
「それ楽そう〜!俺もやりたいよ、そういう仕事があるならね……」
来るか来ないか分からない電話を待ちながら遠くに見える富士山を眺めて一人ゆっくり昼寝をする。最高の仕事だと思ったのに、残念だ。
「電話を使ってもらうことにはなるけどね。まずは情報を集めないと」
「つまり?」
「名前には、その日に仕入れた皆の様子や情報を報告してもらいます」
「はあ……」
「返事はハイ!」
「ハイ」
鼻息の荒い南さんの説明によると、復活してから彼女の助手としてあちこち連れ回されて来た経験を生かしつつ、今日からは一人で歩き回って各地での仕事の進み具合をまとめ、上に報告しなければならないらしい。
「千空たちが向こうで油田を探してる間も、こっちはこっちで動かなきゃならないでしょ?」
「でも俺たち造船素人には作業手順なんてぜ〜んぜん分かんない!」
「だから必要なの。日々状況を報告して千空たちの指示を仰ぐ人員がね」
「ええー、それ私で良いの?」
そもそも情報伝達など最初から各自で好き勝手やっているのだから、私がする必要があるとも思えない。何より得意そうなのが目の前に二人もいる気がする。つまり、これは私が動くよう強引に作られた役割なのだ。
「名前がやらないでどうするの。名前は私の助手なんだから、これからもそれっぽいことをしてもらいます」
「現地取材した情報を整理して報告する。記者の卵っぽくなってきたね、ジーマーで」
「私、別に記者になりたいんじゃな……な、なんでもありません」
南さんの髪飾りが一瞬鬼の角に見えたので、言うのをやめた。余計なことは言っちゃいけない。散々学んできたはずだ。
ただでさえ南さんには勝てないのに、ゲンにまで加勢されては逃げ道がない。渋々頷くしかない私を見て二人は満足げに笑っている。
「じゃあ、今日は名前ちゃんの記念すべき初仕事の日だね」
「仕事してなかったわけでもないけどね」
少なくとも一生分の麻糸を紡いでしまった身だ。それをノーカンにされては困る。
「南さん、私ホントに上手くできないと思う」
「なに弱気になってんの、最初からできるなんて誰も思ってないし、これから色々と経験積んでもらうんだからね」
思わず顔がひきつったのを南さんが見逃すはずもない。
南さんは両の手で枠を作り、その中に私を収めた。一連の動きを黙って見つめていると、彼女は「やめてよそんな顔」と肩を竦めるのだった。
純粋な気持ちで仕事を欲しがっているのは、私よりも南さんだ。彼女には、私がどんな顔をしているように見えたんだろう。
怠け者とかサボり魔とか。もう何年もそうやって言われ続けてきた。
私にも私の言葉にも価値なんかない。そうやって決めつけて、やる気がないフリして逃げることしか、知らなかったはずなのに。
back