「よう、無気力女」
突然かけられた不躾な言葉。振り向いてみると、そこに立っていたのは人使いの荒い男だった。
「千空。南さんになんか言ったでしょ」
「あぁ?この人手不足時に貴重な暇人様がいたら引き摺ってでも連れて来るに決まってんだろ」
嫌味な言い方である。でも千空の言ってることは正しくて、押し黙るしかなかった。
引きこもって日陰でできる仕事はないんだろうか。お昼には睡眠時間が確保できると更にありがたい。
「それにしても似てねえな」
「……あーハイ、それ久々に言われた」
千空が思い浮かべているのは私の兄の顔だろう。同じ両親から生まれて育てられたはずなのに、兄とは笑ってしまうくらい似ていなかった。
兄妹だなんて嘘なんじゃない?その一言を放てるほど腐ってるつもりもなかったけど、周りには散々そうやって蔑まれて、かと思えばご機嫌とりをされていたような気がする。
「絞りカスみたいなもんだからね」
「いや誰もしてねえわんな話。単純に顔面が、だ」
「それはそれでどーなの」
千空は目に見える気遣いが下手だ。でも変に「そんなことない」とか「君だってやればできる」なんて言われたら二度と外に出てこなかったかもしれない。事実を嘘で取り繕われたって、惨めなだけだ。
「兄妹なんてそんなもんだよ。司と未来だってそんな似てないでしょ。強いて言うなら目くらい?」
「あー確かにな」
あの司に妹がいただなんて寝耳に水だった。
司が兄に懇願されて私を復活させたのも、その後何をさせるでもなく自由にしておいてくれたのも"そういうこと"なんだろうか。
何故、司は兄の自分勝手な我儘を聞いてくれたのだろう。司は私たち兄妹を一体どんな気持ちで見ていたのだろう。今それを聞く術はない。あっても聞けないけど。
「名字がすんのは力仕事だ。今んとこは木ィ切ったり運んだり削ったりな」
「……名字ってあの人のこと?まだそんなこと拘ってたんだ」
「あぁ、テメーも名字か。そういや」
苗字なんて今じゃあってないようなものだが、兄にとっては違うらしい。その名で大勢の人間に呼ばれて来たのだ。なかなか捨てられないのかもしれない。
「気味悪いんだよね、私まで呼ばれてるみたい」
「クク、案外それが狙いかもしんねえぞ」
千空の言うとおり、容姿も似ていなければ性格も似ていない私と兄の血の繋がりを現時点で証明できるのは、苗字くらいしかない。
「しぶとい」
しぶとくて強かだ。兄も、南さんも。何万キロという糸を紡いで布を作ろうとしている杠たちも、一度滅びた人類を救おうとしている千空も。誰も彼も、ここにいる人はみんなそうだ。
こんな人たちに囲まれていたら、私もオセロみたいにひっくり返って変わるのだろうか。
朝早く起きて仲間と協力して一生懸命やるべきことをやって、夜には自然と眠くなって太陽が昇るまでぐっすり眠る。そんな人間に?
「テメーも人のこと言えないくらいしぶとくて頑固だろ」
「そうかな」
確かにサボりたいという気持ちはなかなか捨てられないし、ある意味頑固かもしれない。でもそれが褒められたことじゃないのも、分かってる。分かってるだけだ。
オセロじゃなくて相手の石に囲まれたら消えてしまう碁石の方が私っぽいかもしれないなぁなんて、つまらないことを思った。
「名前。テメーだって言われりゃそれなりにできてんだ。やる気ねえフリは中学生までにしとけよ」
いくら気遣いが下手だからって、褒めてるんだか貶してるんだか分からない言葉をこれだけ言われるのもどうかと思う。
存外深く刺さってしまった千空の言葉も空気を読まずに込み上げてくる欠伸もすべて飲み込むように、手のひらで口を覆った。
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