南さんに押されるがままに歩いていくと、作りかけの船が見えてきた。さっき兄がいると言われたばかりの現場だ。兄のいる所へは行かないとハッキリ言わなかった私も悪い。でも南さんだって知ってるはずだ。

「ちょ、南さんそっちは無理」
「そーじゃなくてこっち」

海岸の隅で、一列になってひたすらコマを回す集団がいる。もしかしなくても、あそこの仲間入りをしろということか。

「とにかく量がいるの。詳しくは杠に聞くように、以上!」

まずはその鈍った頭と体を動かせと言われ、私は過酷な現場作業に加わることとなった。
眠気と戦いながら長時間地道な作業を続けていると自分が何をしているのか分からなくなり、動きがおかしくなってくる。隣人もどうやらそのようで、しまいには疲労困憊で倒れこんでしまった。コロコロと転がっていくコマを追いかけて、再び作業に戻る。
誰も一言も喋らない。あの陽ですら汗水を垂らしてひたすらコマを回しているのだった。手芸だなんてかわいいもんじゃない。明日は絶対に筋肉痛だ。糸を作ってるだけなのに。
一方、豪勢な織機を淀みなく動かしている杠はやはりプロというか職人である。手先の器用さも勿論だが、あの凄まじい集中力こそが千空や皆に一目置かれる理由なんだろう。


「あの。……これ、飲む?」

杠の動きが止まったのを見計らって、水を差し出した。睡魔が襲ってくるたびに水を飲んでやり過ごしていた私とは違い、さっきまで働きっぱなしだった杠。彼女は「ありがとう」と水筒を受け取ると、そのままあっという間に水を飲み干してしまった。

「ぷはー、生き返りますなぁ」

五臓六腑に染み渡ってそうな言い方である。

「ちょっと休んだら。座りっぱなしも良くない、多分」
「そうだね」

私だけ休んでばかりでは悪目立ちするからという思惑も否定しないが、杠も案外素直に頷いて席を立った。

「ありがとう名前ちゃん。前から色々助けてくれて」
「……え?」
「ほら、千空くん達が来る前。良い感じに人目につかない場所とか教えてくれたし、電話のことも」
「いや、あれは別にそういうんじゃ……」

千空達が司の拠点に乗り込んで来る前、思い返せば兆候はあった。私が日中寝床にしていた洞穴に杠が入って来たのがきっかけだった気がする。服を作るのに集中したいのだろうと、人目につかない場所をいくつか杠に教えた。彼女が本当にしていたことを知ったのは後になってからだし、何人かが墓地に集まって騒いでいたのも遠くから眺めていただけだ。
その時はあまり関わらない方が良い、巻き込まれたくないと思いながら見て見ぬふりをしていた。感謝されるようなことは何一つしていない。

「良いから良いから、ちゃんと言いたいなって私が思っちゃったってことで」

言葉は柔らかいくせして押しは意外と強い。そう言われては黙って首を縦に振るほかなかった。
ありがとうなんて、本気で言われたのは久し振りだ。どういう顔をしたら良いのか、分からない。

「さて、そろそろ仕事に戻りますか」
「もう?」
「うん。……大変だけど楽しいから大丈夫、全然!」
「すご」

私には絶対に真似できない。でも手工芸チームのリーダーがそう言うならそうなんだろう。

「手芸は根気!名前ちゃんの糸も、布になるよ。ちゃんと」

またあの作業に戻るという現実を突きつけられ、気が遠くなる。気球を作るだけの布ができるまで一体何日かかるのか、考えたくもない。だけど、この途方もない仕事を請け負った杠も、いくら楽しいとはいえいずれは疲れが溜まってくるはずだ。

「えーと。私、お手洗い済ませたら戻るから」
「了解!頑張ろうね」

往生際の悪い私を笑顔で見送ってくれる杠。長い間、大樹と共に千空に付き合ってきたというこの人を絶対にぶっ倒れさせてはいけないような気がした。





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