私の前に立ちはだかり、額に青筋を浮かべる彼女からどうしたら逃げられるのか。
人手が足りないからと言ってやる気のないメンバーがいたら全体の士気も下がるというもの。だから立場をわきまえて静かに大人しくしているのが私の仕事というわけだ。会いたくない人もいるし、ちょうどいい。
「あのねえ、サボるにしてももうちょっとマシな言い訳ってもんがあるでしょ!?」
せっかくの美貌が台無し。人類が突然石になるまでは記者としてあちこちで働いていた彼女。名を、北東西南という。名が体を表し過ぎだ。
私がこんな世界で生きていかなくてはならなくなったのも、もとはといえば彼女の持つ情報網が原因である。もっとも、決定的な要因はまた別にあるが。
「お腹が痛い」
「それは昨日も一昨日も聞きました」
「今日も痛いかも」
「それじゃあ千空にでも診てもらう?医者ってわけじゃないけど、顔色くらい見てもらえば……」
「それは無理」
千空に会いに行くわけにはいかない。何をやらされるか分かったものではないからだ。
「やっぱりただのサボりじゃない」
「私のことはもう構わなくて平気だから。食べ物くらい自分でなんとかするし、南さんだって忙しいでしょ」
「だから!名前に動いてもらわなきゃダメなの!」
地団駄踏んだってこっちこそダメなものはダメだ。
南さんが拘るのには理由がある。司の下で復活者の選定役をしていた彼女にとって、私の存在はどうしても引っ掛かってしまうものなんだろう。
必要とされていたのは、私の兄だった。私は、兄がどうしてもと司に頼み込んで復活液をかけてもらった取引材料で、所謂オマケである。
「今日という今日は名前がうんと言うまでここを動かないから」
「あ〜南さんも昼寝したいの、本当は」
「んなわけないでしょ!?」
司がいた時はここまでじゃなかったのに。逃げ回っても逃げ回っても、南さんは私の居所を突き止めてはやって来る。これが敏腕記者の執念というやつなんだろうか。連日の押し問答に疲弊しているのは私も彼女も同じ。南さんを諦めさせられるような力すら、私にはない。人生何事も諦めが肝心である。
「……兄は」
「日の出前から現場に直行。そのまま夜まで働くんだから恐ろしい体力と精神力ね」
「似たようなすごい人いるじゃん。ほら、大樹」
「もう、やる気ない癖に人の顔と名前はちゃっかり覚えてるんだから……勿体ないって言ってるのに」
「いや大樹を知らない人なんてここにはいないと思うけど。元気だし声大きいし」
ちゃんとって言われてもせいぜい百人とちょっと。名前と特徴くらいは分かる。相手が私を認識しているかは知らない。
「私、重労働はちょっと……」
「誰が名前に力仕事なんか頼むと思ってるの、名前には私の助手をしてもらうから!」
また歩き回らされるのだろうか。しかし復活液はもう残っていない。南さんが黙っているようだからそういうことなんだろう。チクりなんて面倒なだけだ。第一、私が言うほどのことでもない。
千空たちが喉から手が出るほど欲しがっている復活液を、南さんが一人ぶん隠し持ってるだなんて。
「分かんないな。私がこうしてるのは南さんのせいじゃないし」
「……何か勘違いしてない?まあ、それを知るのも名前の仕事かもね」
南さんは今、いわゆる「仕事のデキる人間」って顔をしている。
ここにはそういう人が山ほどいる。実力を買われてここにいるのだから当たり前だ。私の兄も、そうやって選ばれた。
「あーあ。ねえ南さん、就職祝いに奢ってくださいよ。私一文無しなので」
「あれ?さっき食べ物くらい自分でなんとかするって言ったのは誰だったかな〜」
どこかの誰かさんが通貨を作ったせいで生活に困窮していたので、どっちにしろここが諦め時というやつだったのかもしれない。
ひどく憂鬱な昼下がり。欠伸を噛み殺しながら重い腰を上げてようやく歩きだした私の背中を、南さんがグイグイと押していく。
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