HONEY? U











「オルフ。お前から見て大将ってどう見える?」
「……何です。不躾に」
「いや、お前の忠誠心を見込んで教えを乞おうかと」
「はあ?」
 宴の翌日。ただでさえ痛む頭を宥めて倉庫へ向かっていたオルフは、襟首を掴まれて物陰に引きずり込まれると言う無作法と、深刻な顔で尋ねてくるシリウスの意味不明な問いかけに眉間の皺を深めていた。
 奴隷部隊がねぐらとするテッサリアの隠れ里は海に面しており、朝のうちは海から陸に吹く海軟風が人々を優しく起こしてくれる。ただし今日は宴の翌日という事もあり、どこを見ても人影はまばらだ。牧歌的な朝のまどろみが集落に広がっている。休暇中の兵も家族とのんびり朝寝を決め込んでいる頃だろう。
 だがオルフは先日の戦いで失った武具を確認しておきたかったし、シリウスだって船の整備やら何やら細々とした仕事を任されているはずだ。
「訳が分かりません。それに、戦士にとって忠誠心とは誇りその物。人に教えて貰うほど貴方が落ちぶれたとは思いませんでしたね」
「もー、余計な皮肉はいいからさ」
 振り払おうとするオルフの腕を掴み直し、相手は情けなく頼み込む。
「ほら、俺は大将よりも年上だろ。しかも結構付き合いが長いから、最近は……あー……何と言うか、弟のように可愛く思える時があってだな。それじゃいかん、初心に戻ろう、と」
 強引に持ちかけられた相談を無視する事も出来たのだが、馬鹿力で腕は掴まれているし、怒鳴ろうとすれば二日酔いの頭が痛む。手早くあしらってしまおうと考え直し、表向きはいかにも納得したようにオルフは頷いて見せた。
「成る程。確かに元から貴方は礼がなっていませんでしたからね。閣下に対して馴れ馴れしすぎだと、以前から案じていました」
「……分かった。否定はしないでおく」
「親しき仲にも礼儀あり、主従には常に畏敬が必要。良い心掛けですよ」
「……はい」
 広い肩をしょんぼりと縮めさせ、シリウスは相槌を打つ。煮え切らない態度にオルフはふんと鼻を鳴らした。
「大体、閣下を可愛いとは不届きな。賛美の言葉など世界には無数にあるでしょうに、眉目秀麗、勇猛果敢、百戦錬磨の英雄のどこをどう取ってそう侮るのですか?」
「いや、侮るとか、そういうものじゃ」
「黙らっしゃい。第一、閣下が可愛いと言われて喜ぶような男だと?」
「………」
 痛いところを突かれたのだろう。何か言いたげな顔でシリウスは口をぱくぱくと動かしたが、やがて複雑そうに黙り込んだ。
 普段は飄々として、家事だろうが軍務だろうが一通りは出来ると豪語している男である。アメティストスに対しても如才なく接していたはずだ。今になってそんな事で悩むとは、どうも様子がおかしい。気味悪げにしていたオルフは、俄かにはっとした。
「それともまさか閣下に対して、何かやましい想いでも抱いているんじゃないでしょうね?」
「…………いやっ、大丈夫、そこはまだ大丈夫!」
「まだって何ですか、まだって!」
 大問題である。
「あああああ、もう信じられません!確かに閣下はお綺麗ですし、娘ばかりかその手の男にも受けそうな方ですけど、貴方までそんな事を言い出すとは嘆かわしい!一応は護衛役も兼ねてるんでしょうが!閣下が可愛いですって?とんだ食わせ犬ですね!」
「だーかーら!そうならないようにお前に聞いているんだっての!」
「ちょっと近づかないで下さい、汚らわしい!私にはエウリディケという恋人が冥府で待っているんですから!」
「誰がお前に手を出すか、俺だってノーマルだ!」
「閣下に色目を使っておいて嘘おっしゃい!」
「だから違うって!だって大将は――!」
 危うくシリウスが秘密を漏らしかけた時、見慣れた月毛が視界を掠めた。噂をすれば影、と言うのは万国共通らしい。アメティストスである。
 話題が話題だった後ろめたさから、騒いでいた二人はぴたりと口論を止めて茂みの中へ座り込んだ。
「なんで私まで隠れなきゃいけないんですか……」
 閣下と朝の挨拶をしたかったのにとオルフはぼやいたが、静かにしろと上から頭を押し込められ、不本意ながら口をつぐむ。
 散歩だろうか。アメティストスはゆっくりと海岸の南、野原へ続く道を辿っていた。一人旅が長かったせいか寝起きが良く、酒にも強いので宴の翌日もぴんぴんしている人である。
 しかし今日は少し様子が違っていた。眩しそうに瞬かせている眼に覇気がなく、足取りも重そうに見える。
「遂に閣下も二日酔いに?」
「さあ?」
 二人が首を傾げていると話題の主は急に立ち止まり、両手で鼻と口を覆った。まさか本当に二日酔いかと危ぶんだ矢先、その肩がきゅんと窄まる。
「ふ……、くぷっ」
 飛沫が弾けたような、小さな、本当に小さな音が聞こえた。ふるりと銀の頭が震え、今度はぐずぐずと鼻を鳴らしている。さすがのオルフも面食らった。
 ……くぷ?
 全く予想も付かないような声――と言うか、本当に声なのだろうか。しかも閣下の。
 それがくしゃみだと気付いたのは、隣でシリウスがぷるぷると身悶えし始めたのを見てからである。
 しまった、と我に返る間に再びアメティストスが肩を震わせ、またはっきりと「くぷっ」と言ったものだから抑えようがない。堪えきれずにシリウスが地面を叩いた。
「くそっ……きゅんとしてしまった……!」
「駄目です、確かに可愛いと言った貴方の気持ちも多少理解できましたが、多少は多少です! 許しませんよ!」
「くしゃみがアレって反則だろ……っ」
「閣下が黒と言ったら黒、白と言ったら白、くぷと言ったらくぷで良いんですよ!」
「だって!小動物か!」
「涙目にならないで下さい気持ち悪い!」
 まさか腹心が二人揃って茂みの影で大混乱しているとは知らず、ご主人様は暢気に鼻をぐずつかせていた。





END.
コピー本から再録


TopMain屋根裏女体化



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -