完おんなのこあそび












 いくら珍しい体験と言っても限度があって、夜が更ける頃には大方の気が済んでしまった。波が緩やかになるように情欲も次第に弱まり、最初の興奮が消え去ると、後は単純な興味本位の時間。
「残り一日か。長いな……」
「うん……しばらくは君としなくて済みそう……」
 あるいはイヴェールからしてみれば観察、ローランサンからしてみれば観賞、と言い換える事が出来たかもしれない。男の体とどう違うのか、半ば船を漕ぎながらもイヴェールは知りたがっているようだった。瞼の落ちかかった瞳でローランサンの掌を取り、指紋や手相は変化しないのかと不思議そうに眺めている。ローランサンはそこまで学術的な興味はなく、心地よい疲労感に身を委ねながら、ぼんやり相手を見つめていた。
 前々から線の細い印象はあったが、女のイヴェールは華奢と言うよりも可憐と言った方が近い気がする。確かに腰や手足は驚くほど細くなっているが、そこにあるのは弱々しさではなく、若木のようにしなやかな張りのある肌だ。折れそうだと倦厭するよりも、抱きついたら暖かいだろうなと誘う肢体。ともすれば冷たい印象を与えがちだった人形めいたイヴェールの容貌は、女性になった事で緩和されたらしい。
 性別だけで随分印象が変わるものだ。神様の造形って奴はとんでもないと、ローランサンは改めて思う。おそらく世界で一番いやらしい芸術家だろう。
 曲線で出来た柔らかな肩の線を眺めていると、手相を見ていたイヴェールが目を瞑り、おもむろに掌の窪みに唇を押し付けてきた。
「しばらくはしないんじゃなかったのか?」
「そう思ったけど……」
 勿体ないのだと、イヴェールは半ば寝ぼけた声で肯定する。実際、それは熱の篭りきらない中途半端な愛撫だった。だが舌をちろりと出して指の股を舐めるのは名残惜しいからなのか。ぎゅっと抱き締めてくるイヴェールはまだ眠りそうにもない。
 いくらか疲れていたが、欲を引き出そうと思えば体の底にはまだ残量がある。どうしようかと決めかねながらイヴェールの舌の動きに合わせて掌を裏返し、唇を割り裂くように口内へゆっくりと突き入れた。女になったからと言って舌の厚さまでは変わらないと、今になって気付く。
 お互いに眠かった。しかし惰性が続いていた。指をしゃぶるイヴェールに顔を寄せ、自分の指ごと噛むように口付ける。濡れた舌の先が触れ合ったところで邪魔な指を引き抜き、改めて唾液まみれの唇を重ねる頃には、迷いの天秤は着実に一方へと傾き始めていた。
 目を瞑って唇を貪る。だらだらと昼間から戯れ続けたせいで、唇が妙に腫れぼったかった。快楽への道筋が付き、少しの刺激だけで深いところまで辿り着く事ができる。女同士だと触ったり噛んだりしているだけで事が済むので、後はもう目を瞑ったままでも良かった。イヴェールなど既に眠っているのではないだろうか。普段は丁寧な舌遣いが今ばかりは拙い。ローランサンは相手の体に乗り上げて、さてどうしようかなと思考を巡らせたが。
「いっ……!」
 不意に皮膚が痺れるような、そんな感覚が走る。最初は足でも吊ったかと思ったが、徐々に痺れは熱となり、全身が強張ってきた。瞼を開ける事ができず、金縛りのような状態でそれに耐える事数秒、唐突に全てが掻き消える。
「ローランサン?」
 はっとして目を開けると、目の前にはイヴェールが唖然とした顔でこちらを見ていた。何が起こったか把握できないまま頬を両手で挟まれたが、すぐさまイヴェールの手は胸元に下り、ぺたぺたと肌を探る。それでようやくローランサンも異変の正体に気付いた。胸の膨らみがない。
「え……俺、戻った?」
「……みたいだね」
「予定より一日早いんだけど、何で俺だけ?」
「さあ?」
 思ったより呆気ない終わり方であったが、何はともあれ喜ばしかった。慌ててローランサンは体のあちこちを叩いて様子を確かめる。とびきり甘く自堕落な時間を過ごせたのは女の体のおかげとは言え、馴染みの姿に戻れた事は素直に嬉しい。
「何だろう、効き目に個人差があるのかな……。急に重くなったとは思ったけど、眠くて目を瞑っていたから変わる瞬間を見れなかったよ。あーあ、可愛かったのになぁ」
 イヴェールが残念そうに溜め息を吐く。押し倒している状態なので、何か言うたびに上下する小さな肺の動きがローランサンにも伝わった。元に戻ってみると女のイヴェールは可憐であり、やはり華奢でもあったのだと認識を改める。潰しやしないかと無意識に体を持ち上げると、距離を取ったぶん視界が広がり、ぱっと目が合った。
 一瞬の沈黙。お互いに何を考えたのか手を取るように分かる。
「……イヴェール」
「え、えぇえ?」
 低く名前を呼ぶだけで伝わったらしい。イヴェールは可愛げのない素っ頓狂な声を出し、こちらの真意を見極めようとしたが、ローランサンが本気だと分かったのだろう。焦って体の下から這い出そうとしたところを、手首を押さえて首筋に顔を埋める。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
「やる気だったんじゃないのか?」
「いやいやいや、女同士でいちゃいちゃするならともかく、これからなんて無理――んっ」
 とか何とか言いつつ、耳の中に舌を入れただけで簡単にびくつく様子が面白い。自分だけが男に戻った優越感はなかなか凄まじいものがあり、一回り以上も体格差が出来たのだから当然かもしれないが、イヴェールもまた何か別の役の与えられたように弱々しく見えた。懸命に頭を引き剥がそうとする手がやけに小さく感じられる。じわじわと嗜虐的な気持ちが大きくなった。
「そ、そうだローランサン、よく考えてみてくれ!」
 不利な体格差を埋めようとするように、イヴェールが声を張り上げる。滑稽なほど息を乱しながら、真面目な顔で鼻先に指を突きつけてきた。
「例えばここで僕らが男女として、事を行うとする。だが君が突然元に戻ったように、僕が途中で男に戻ったら、果たしてどうなると思う?」
「……は?」
「だから最中に挿れた穴がなくなったら、って話だよ」
 最初、言われた意味が分からなかった。苦し紛れの屁理屈だろうと話半分で聞いていたせいだが、理解した瞬間にぞっと背筋が寒くなる。
「お前……嫌な事考えるな……」
「僕だって嫌だよ、繋がったままになったらどうするんだ。間抜けにも程があるだろう?」
 だから止めようと、イヴェールはふんわりと訴えかけた。一体どうなるのかと嫌な想像を膨らませていたローランサンだったが、その笑顔に少しばかり引っかかりを感じる。いそいそと体を反転させ、肘を使ってローランサンの下から這い出ようとする背中をじっと眺めた。
 上手く誘導されてやしないか?
「……いや、ちょっと待てよ。そもそもこの効き目、あと一日は有効のはずなんだよな。俺が戻った事の方が例外で」
 試しに疑問を口に出すと、イヴェールはこちらも見ず、こくんと首を傾げる。
「……そうかな?」
「それに体が元に戻った時、数秒だけど、それなりに時間はかかったんだよ。おかしいと思った時点で止めれば、普通に間に合うんじゃねぇの」
「いや、どうかな不確かじゃないかな?」
 イヴェールの返答が妙に白々しく聞こえた。そつなく嘘を吐く演技力もあるのに、今日ばかりは何故か分かりやすい。誤魔化すなと肩を掴むと、ぎゃあケダモノと、今度こそ大袈裟に騒がれた。
「だ、だって本当に分からないのは確かだし、もう本当に眠いんだって」
「お前……そっちの方が本音だろ」
「だからって女の子に無理強いは感心しないな。そうだろう?」
 都合の良い時にだけ女ぶる。イヴェールは眉を下げて訴えたが、逃げる腰を捕まえて後ろ向きに抱き上げると、裸の肌が触れ合う感覚に呆気なく爪先を跳ね上げた。
 長い付き合いだ、本当に嫌な時の見分けは付く。なだめるように乳房をぱんと軽く叩くと、こちらが予想していたよりも切羽詰った声を上げた。体力的に辛いと言うのは明日の事を考えればの話で、まあ、先程までイヴェールもその気だったのだし、のぼせた人間のように体に力が入っていないのも、吐息に色が混じっているのも、特におかしな事ではない。快楽の余韻は長く続いていたのだ。
 うなじに口付けながら、手探りで胸を揉む。男に戻った掌には少しばかり物足りなかったが、白い肌がぴんと張り詰めて汗ばむ手触りは悩ましいほどだった。早くも胸の先端は尖っており、転がすように撫でる。イヴェールがびくりと体を丸めたが、その拍子にローランサンの膝にしっとりと湿った彼女の太股が触れ、次いで緩く立ち上がった自身に丸い尻が擦り付けられると、ああこれはお互いに歯止めが利かないパターンだ、と他人事のように未来を予想した。
「っ……、ぅ」
「ちょっと前に倒すぞ」
 胸を揉んでいるうちに大人しくなったので、後ろから覆いかぶさるようにイヴェールを組み敷いた。うつ伏せになった彼女は一瞬ローランサンを振り仰ごうとしたが、眠気と疲れでいつもの調子が出ないのか、蕩けたようにシーツに顔を埋めたまま微かに首を動かしただけである。
 ぺたんと腹を付けて腰を突き出している体勢は妖艶と言うより、怪我をした猫がなけなしの力を振り絞って威嚇しているようにも見えた。けれどもローランサンが胸に回していた手を布団の隙間から引き抜き、臍の窪みを辿って足の付け根へと潜り込ませると、背筋を波立たせて指先を甘受する。自分でもどうしたいのか分かっていないのかもしれない。あるいは熱を引きずり出される甘さに抗えないまま、翌日くたくたになる憂鬱に折り合いを付けている段階なのか。気だるそうだが、特に抵抗はない。
 先程までの戯れで既に準備は整っていた。慣らす必要がないほどその場所は潤っている。
 だがローランサンはそのまま押し入る事はせず、ふっくらとした割れ目に添い、自身を後ろから前へと擦り付けた。溢れていた蜜がまとわりついて滑りを良くする。くぷりと粘着質な音が立ち、イヴェールが混乱に身を震わせた。期待していた箇所への刺激がない事に訳が分からなくなっているらしく、間の抜けた顔で体を捩り、何なんだと目線で訴える。
「……な、んでっ……」
「挿れたらどうなるか分からないんだろ」
 ローランサンは構わず太股の間から自身を抜くと、先程よりも内側の襞に擦り付けた。貝のように閉じている部分に先端が引っかかると、しどけなく濡れそぼった淫猥な音が鳴る。
「言……っ、んっ、言った……けど」
「じゃあ、この方が良いんじゃないか」
 更に奥へ滑らせて、感じやすい小さな突起を巻き込んだ。イヴェールは喉を引き攣らせ、耐えるように上半身をシーツに押し付ける。硬い括れが花びらのような襞をなぶり、柔らかな亀裂を掠めて行き来するたび、与えられない刺激を想像して打ち震えていた。
 女の時は多少なりとも体質が変わるのだろうか。腰の窪みから背中にかけ、ほんのりと赤く火照っている。それを眺めながら腰を前後させ、柔らかな入り口を捏ねるようにした。時折ぬるりと中に入り込みそうになるのを危ういタイミングで避け、花びらに包まれた芽の部分を裏側から撫で上げる。
「サ、ン……、いい加減に、」
「駄目なんだろ」
「……っ」
 本当に具合が悪いのなら、このまま済ませてもいいと思っていた。しかし甘すぎた昼間の反動か、手酷く陥落させたい気持ちも存在しており、自然と意地の悪い言い方になる。
 イヴェールは呆れたように振り向いた。何か言い返そうと口を開いたが、すぐには言葉が出てこないようで歯痒い顔をする。だが、やがて負けを認めたのだろう。あるいは譲ってくれたのかもしれない。
 声はなく、唇の動きだけが見える。語尾は分からない。だが確かに彼女は、いいよ、と応じた。
 その静かに焦らすような許可が、頭の裏側を白く霞ませる。太股の間から自身を引き抜き、奥へ突き入れた。熱く潤んではいたが、やはりそこは狭い。それでも焦らした効果なのか、感極まってイヴェールは背中を反らした。
 額をシーツに押し付けてしまったので顔が見えなくなってしまったが、代わりに腰を上げて体を捧げる後ろ姿が鮮やかに視界に入る。強く締め付ける肉の感触に息を詰めながら、ローランサンは相手の腰を掴み直して全てを収めると、苦労しながら引き抜き、再び突き入れた。
「あ、ぅ……ん……」
 イヴェールは安堵と疲労と快楽がごちゃまぜになった、芯のない声で喘ぎ始める。寝台に抱きつくような体勢で強く胸を押し当て、ふやけた体で何とか律動を受け止めているのだ。彼女の膝が崩れるとローランサンの物も抜けてしまうので、今のは強すぎた、もっと腰を掴んでいなければと、目まぐるしく様々な事を考える。今ある快楽をできるだけ途切れさせないようにと。
 もう言葉らしい言葉は出なかった。男同士の時、あるいは女同士の時と比べてどうなんだろうかと気になったが、イヴェールも声が嗄れているらしく、今となっては忙しない呼吸の音しか聞こえない。一度、背中に張り付く邪魔な後ろ髪を己の手で一つにまとめ、ざっと右肩から垂らした仕草が手馴れた商売女のようだったが、媚びている訳ではなく単純に暑かったのだろう。切羽詰った手つきだった。汗ばんだ首筋が露出するとイヴェールは再び頭を落とし、寝台に身を伏せてローランサンの好きなようにさせている。唐突に、甘やかされていると感じた。
 昼間、浅く指をくぐらせた時は柔らかいばかりだった襞も、今はローランサンを包み込んで誘うようにうねっている。溢れた蜜で滑りが良くなり摩擦は感じにくくなっていたが、結合部から泡を吐くような音を聞くと、ああ凄い事になっているんだろうと想像できた。腰を押し込みながら背中の筋に歯を立てると、弓なりに仰け反った背中がこちらの腹に艶かしく触れる。一瞬でも動きを止めてしまえば飲まれてしまいそうだった。彼女に。
「……ひぅ、ん、ぁん……っ」
「っ……」
 やがて呼吸音だけだったイヴェールの唇から再び声が漏れ、一際甲高くなったと思うと、遂に頂を極めた。心地よく狭まった胎内にローランサンも熱を吐き出し、そう言えば子宮はどうなっているのだろう、と考える。
 瞬く間に様々な考えが過ぎったが、イヴェールとて一日が経てば男の体に戻るのだ。どうにもならないだろう。小刻みに収縮する場所を味わいながら、ローランサンは奇妙な感慨に浸り、ずるりと自身を引き抜いた。垂れた白い精液が意味のない代物だとは言え、今日ばかりは神秘的に映る。
「何かもう、くたくたんだけど……」
 体全体で喘ぐようにしながら、イヴェールが恨みがましく言った。まだ余韻が抜けないらしい。一発だけ派手に肩を殴られた。これで帳消しにしてくれるのだから、やはり本気で嫌がっていたわけではなかったのだろうが、しかし体力が持たないと言ったのも事実のようで、目元がとろんとしている。
「悪い。でも結局お前、途中で戻らなかったな」
「戻ってたら酷い事になってたよ……ああ、もう、眠い……」
 しばらくはしたくないと言うので、遊び納めに触れるだけのキスを贈ってやった。男女としての具合がどうだったのか興味があったが、のんびり会話するほどの余裕はない。イヴェールは離れていくローランサンの唇をひと舐めしてから布団を手繰り寄せ、顎の先まで埋まると、体を丸めて目を閉じている。
 例えば本当に自分たちが女で――いや、片方だけ女だったとしても、今のような関係になったのだろうか。
 うとうとしているイヴェールの腹の中には、今もローランサンの精が眠っている。体を丸めた彼女の様子が卵を抱いた鳥か何かのように見えて、ローランサンは不思議と空恐ろしくなった。それが悪いものなのか、良いものなのか、上手く判断できない。あまりに突飛な想像だ。不思議で奇妙なばかりの。
 少なくともイヴェールが女だったら、盗賊として組む事はなかっただろう。ローランサンは布団の端を引っ掴み、強引に眠る場所を確保する。そうして長い長い遊びに終止符を打ち、まとまらない想像を闇の中に沈めた。一日経てば、どうせいつもの二人に戻る。





END.
(2011.11.21)

既に百合じゃないですが、某様が美味しいネタ振りをして下さったので完結編を!


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