やがて夜を行き過ぎて




Laurencin×Hiver








 どうも自分達は致命的に酒に弱いらしい。
 再会で気が高ぶっていたのは認めよう。しかし酒場で祝杯を上げ、肩を貸し合って宿への帰路を歩いていたのにこんな事になっているとは――いよいよ病気だ。
「ッ……ふ……」
 イヴェールは閉まった店の外壁に背を預けて、押し殺した息を吐く。獣が戯れるように襟元に顔を埋めるローランサンに応える事へ疑問はなかった。背後の壁に付いた両腕に閉じ込められたような格好だが、その狭さが熱い酔いに拍車をかけている。
 人気のない暗い夜。そして裏道にしては小綺麗な突き当たりの路地とくれば、まるで許されない男女が人目を忍んで逢引しているようだ。抜けない酒の匂いが心地よく、密やかにイヴェールは笑う。
「三回目となると、もう事故だとは言えないぞ」
「……そうだな」
 盛ったローランサンは余裕がない癖に、顔つきが引き締まって精悍に見えた。相変わらず口数は少ないが、返答する声は苦笑している。耳朶にかかる息に思わず身をすくめると、うなじから後ろ髪をするりと撫でてきた。
 ――ここが弱い事を覚えているのだろうか。
 肉体関係を持った事でこじれた喧嘩だったのに、二週間ほど経って再び行為に及ぶとは自分達も随分と若いらしい。
 どうこうしようと、いずれ成るように成るだろう。他に方法を知らないだけかもしれないが、とにかく相手に対して変に緊張感を持たずに済んだ事が嬉しく、イヴェールは目の前の衝動の予感にだけ集中する事にした。
 産毛を逆立てて背骨から頭蓋を辿るローランサンの指の感触に、ぞくぞくとして身体が強張るのが分かる。猫の尻尾でも触ってるみてぇ、と耳元で呟かれて反論しようとしたが、自分でも確かに似ている気がしたので言葉を呑んだ。髪紐が外れてしまったのか、今は襟元から流れ込む自分の髪でさえくすぐったいのだ。
「ローランサン……」
 一方的に愛撫を施されるのも悔しく、イヴェールは名前を囁くと身動きの取れない体勢から腕を伸ばして、相手の下肢をまさぐる。衣服越しだったが彼が少し息を呑んだ事に気を良くして、煽るように下肢から腹を撫で上げた。
「……ッの野郎」
 ローランサンも早急にイヴェールの襟元を広げにかかった。裾を留める編み上げに時間を取られるのがもどかしかったのか、右肩がはだけた程度で這わせてきた舌は熱い。
 野外で抱き合っている事も興奮を後押ししているのか否応なく熱が増す。既に二人とも息が荒く、身体の奥がじんと痺れてきた。
 少しの間、互いに噛んだり舐めたりして心地よい場所を貪り合っていたが、不意に胸元から顔を離したローランサンが不自然に動きを止める。中途半端に煽られた快楽からの歯痒さも手伝って、どうしたのかとイヴェールは怪訝に首を傾げた。
「何……?」
 が、そこでハッとした。何だかんだで昨夜の事をすっかり忘れていたが、身を売って見知らぬ男と寝た痕が残っていても不思議ではないのだ。
 何を見つけたのか、さすがにローランサンも勘付いたらしい。青ざめたイヴェールに鼻先が触れ合うほどの距離で低く尋ねてきた。
「……何かしたのか?」
「あー……まあ、金がなく、て」
「……変なとこで思い切りがいいのな……」
 馬鹿かお前、と肌に食いつき、鬱血の痕をなぞるようにして歯を立てられる。罰しているのか、彼なりの嫌味なのか。荒っぽい歯の刺激の次はべろりと舌が舐め上げて、言い訳を見つけられないままイヴェールは身をよじった。
 怒っているのか呆れ返っているのか口調からは読み取れなかったが、その後、愛撫が直接的になり容赦なく追い詰められてしまった事から見ると前者のようだ。手荒に剥かされた下肢は夜風でひやりと冷えているのに、陰茎を扱く片手が射精を促すように亀頭に爪を立てられると、頭が追いつかないうちに呆気なく絶頂へと導かれてしまう。
「っ、ちょ、待っ……ぁん、――…ッ!」
 何とか息を殺して悲鳴になるのを食い止めたが、足元がふらついて相手に抱き付かなければならならず、その上、太股に飛び散った生温い液体を察すれば情けない状況に赤面するしかない。
「さ……すが、に、乱暴じゃないのか……?」
 喘ぐような呼吸の合間に責めれば、さも当然とばかりに無言で指先を舐めるローランサンの表情が壮絶で息を呑む。
 ――こういうのを「喰われそう」って言うんだろうな。
 気質的に自分が女役に徹するはめになるのは薄々勘付いていたが、それが相手の迫力に飲まれての事になろうとは、少し見くびっていたかもしれない。忙しなく早鐘を打ったままの鼓動が更に落ち着きを失くした。
 押し黙っているを肯定の証と受け取ったのか、崩れかけたイヴェールの身体を抱き込むようにして背後から臀部へと伸びた手が、遂に体内へ侵入する。昨夜の行為で慣らされている為、精液に塗れたローランサンの指は抵抗なく中へ入り込んだ。
「……っ、ふ……」
 イヴェールは目をつぶる。だが先程とは打って変わって胎内を探る仕草は丁寧だ。荒っぽく施されるかと覚悟していただけに拍子抜けするほどで、こちらの呼吸に合わせて慣らしていくつもりらしい。
 中指と薬指とを根元まで埋め込んで掻き出すような動きで、再び腰から甘い痺れが這い上がってきた。額にもじわりと汗がにじみ、前髪が張り付くのが分かる。剣を握る硬い指の腹が抜き出しに合わせて弱い部分を擦り上げると、違和感など失せて、どうしようもなく焦れてしまった。
「っゃ、……ラン、サン……!」
「……何。痛い?」
「違……っ、も、いいって……!」
 また指だけで達かされるのは矜持に関わる。必死に首を振るとローランサンは少し思案するような顔を見せたが、彼も切羽詰ってきているのか問い返すことなくイヴェールの左足を軽々とすくい上げた。
「た、立ったままするのか?」
 そのまま本格的な行為に至る気配を察し、イヴェールは慌てる。そのうち安定した場所に移動するのかと思っていたが。
「駄目か?」
「……駄目……と言うか、した事がない。せめて座れる所とか……」
「ああ……そんなに変わんねぇよ」
 戸惑ったイヴェールに苦笑を浮かべ、宥めるようにローランサンは耳を舐めた。いつの間に欲情していたのか、下腹部に押し当てられた物は確かな熱量を持っている。確かにここでお預けするのも酷だろうと仕方なしに頷くと、真剣な顔で腰を進めてくる顔を最後にイヴェールは再び目を閉じた。
「あ……あ……っ」
 唇が震える。斜め下から押し広げていく圧迫感に仰け反って頭が背後の壁に当たったが、髪が散々に乱れて肩に絡むのも気にならなかった。
 ――苦しい、以上によく分からない感覚が背筋を抜ける。
「……大丈夫、か?」
 やはり息を詰めているローランサンの問いにも瞼を開けられず、声の方向だけを頼りに何とか頷いたが、慣れた所を見計らって軽く突かれただけで馬鹿みたいに喘ぐ事しか出来ない。苦痛と快楽なら、既に後者が勝っていた。
「さ、サン、どうしよ……ッ、これ、おかし……!」
 声を上ずらせてイヴェールはうろたえる。いくら高揚しているとは言え、この状態だけで目が眩むほど善がってしまうとは妙だった。気持ちは良いが、度が過ぎる。
 ――この上、動かれたらどうなってしまうんだろう。
 以前抱かれた時はこれほど感じなかったはずなのに、緩く揺さぶられただけで肌が総毛立って仕方がない。堪らず子供のように片手で顔を覆い、どうにか気を紛らわせようとしたが効果は薄かった。涙が溜まって睫毛が重たくなるのが分かる。
「っ……ゃ、やだ、動かさな……ぁあっ」
「無理言うなよ……!」
 今更止められるか、と吐き捨てるローランサンの欲情に燃えた声は殺気にも似ていた。イヴェールだってこんな状態で止められたら辛いが、だからと言って続けるのも気が狂いそうだ。
「あっ、ああ……だッ、止め……ふっ、ぁんン!」
 崩れかけた身体と右足まで抱えられ、律動を早めた腰を揺さ振られて頭の中が霞んでいく。
 駄目だ、気持ちがいい。いつの間にか探り当てられた弱い箇所を押し潰され、無我夢中で暴れても結局すがりつくのは相手の背中しかなかった。熟れた果実を潰すような卑猥な音が鼓膜を犯していく。浅い場所から一気に奥まで貫かれると、舌先が痺れるほどの快楽に苛まれて、どうすればいいのか戸惑うほど。
「っんぁ、ぅ、んぅ……ッ!」
 呼吸の合間に涙で覆われた目を開けば、向かいにローランサンの顔がぼんやりと見えた。眉を寄せて目を閉じた彼の表情は快楽を感じて切なげで、途端に妙な心地になる。
 ――祈るように抱くんだな。
 それ欲情したのは、たぶん彼が滅多にしない真摯な表情だからだ。イヴェールは目を逸らす事が出来ず、甘い律動に促されるまま絶頂まで駆け上がる。
「――…っ」
 息すら忘れる瞬間の中で胎内に熱い物を感じ、ローランサンも達した事を知った。イヴェールはぐたりと脱力して覆い被さるように相手の肩口に額を落とし、気だるい余韻が抜けるのを待つ。驚くほど体が熱かった。
 生来は性欲に対して淡白な方なのだが、汗ばんだうなじを撫でる指を知ると、やはり自分は押しに弱いのかもしれない。
「おい、イヴェール……」
 ようやく顔を上げれば、そのまま口付けてしまった方が自然な距離でローランサンが薄く笑っていた。どうせ何か皮肉でも言うつもりなのだろう。イヴェールは意趣返しに彼の唇を塞ごうかとしたが思い直し、その言葉を待った。
 自分達がどうなるのか、その言葉にかかっているような気がした。









END.
(2008.10.04)

なし崩しすぎる。削ったんですが長すぎる。
でもようやくエロらしいエロを書けて良かったー!という訳でこのシリーズ今度こそ終わり!


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