温度差と食い違い




Leontius×Ametustos
(Another Ending)



 
 人を想う気持ちに際限はなく、底も見えない。最初は隣に来てくれた、ただそれだけで満足だったのに、特別な何かが欲しいと常に望んでしまうのはどうしようもない人間の性と言えた。
 まして、本能を呼び起こされる寝台の上となれば尚の事。いわゆる『マンネリ化』を心配するほど多く情を交わしたわけではなかったが、ふと、いつもと違う事をしてみたいな、と思う瞬間はある。確かにある。レオンティウスとて人間なのだから。
(明るい光の中で、彼の乱れるところを見てみたいな)
 と。
 ぽんっと浮かんだ魅力的な案に、レオンティウスの心は少年のように沸き立った。
 時刻は夜。宴の後の王宮、その私室である。ふかふかに干した敷き布の香りと、油を燃やす燭台の灯かりに照らされて、組み敷いた銀色の狼は今夜もたいそう蠱惑的だった。この豊かな銀髪は木漏れ日を弾いてどう揺れるのか、この白い肌が明るい場所でどう色づくのか、不意に見てみたくなったのである。きっと今までと全く色合いが違って見えてくる事だろう。
 思い返してみれば、闇の深い夜、あるいは薄暗い朝方でしか交わった事はない。人目を忍ぶ行為なのだから当たり前と言えば当たり前なのだが、気が付けばレオンティウスは忙しい昼の日程をどう調整すれば二人きりの時間が取れるのか、どこへ行けば誰にも邪魔されずに行為に耽溺できるのか、一瞬で算段してしまっているのだった。
 ――とは言え、太陽神の見守る昼間から色欲にふけるなど、あまりに罪深い所業である。
「今夜ではないのだが、後日、少し……その、変態じみた事をしても許してもらえるだろうか?」
 おずおずと、しかし期待を込めて切り出す。既に汗ばんだ身体を重ね、肌を触れ合わせている行為の最中に次の約束を求めるのは無粋もいいところだったが、矢も盾もたまらなかったのだ。アメティストスは大きく喉を上下させて息を吐くと、上擦る呼吸を押さえながら、探るような目でレオンティウスを見返した。
「……変態じみた事とは……、――や――の事か?」
「ん?」
「それとも――か?」
 な、なに?
 レオンティウスは硬直した。急にアメティストスの唇にバルバロイが乗り移ったかのよう。何と言われたのか、さっぱり理解できなかった。かろうじて聞き取れた単語は『複数』だとか『首絞め』だとか『薬』だとか……いやいや、まさか!
 混乱したまま反応が取れずにいると、アメティストスは寝転がった姿勢のまま緩慢に首を傾げた。それに合わせて渦のように動く髪の束をやはり明るいところで見てみたいと思ったが、それはさておき。
「アメティストス、今、何と……」
「どれも違うのか? もしくは――か――か……さすがにそれを言われたら私も引くが……」
「いや、ちょっと待ってくれ、勝手に引かないでくれ」
 瞳を濁らせて天井の隅を見つめ出した相手を前に、慌てて待ったをかける。こめかみから嫌な冷や汗が流れ落ちた。
「聞きなれない言葉の羅列で頭が働かなかっただけだ。た、多分、何だかよく分からないが、お前の予想したものとは全く違う、と思うぞ……?」
 弁解をしながらも、彼のその知識は奴隷時代の産物なのだろうかとレオンティウスは暗澹たる気持ちになる。それとも荒くれ者が集う海賊時代だろうか? あるいは異国文化と出会う鉄器の国への遠征時代?
 アメティストスは性的に無頓着と言うか、斜に構えていると言うか、レオンティウスと違ってこの行為に神聖さを感じてはいないようだと知ってはいたが、こうして認識の違いを突きつけられると、今すぐ正座して懇々と「決して私は刺激を求めて、面白半分にお前を抱いているのではないのだ」と説明したい気持ちになってくる。当の本人は衝撃を受けているレオンティウスの強張った顔を愉快に思ったようで、ふふん、と鼻で笑っていた。「これだから王宮育ちは生ぬるい」と呟く声すら聞こえてくる。私の世間知らずを笑うのはせめて心の中で留めておいて欲しい。
「……無体な真似はしない。私はお前を大事にするぞ、アメティストス」
「そうか」
 様々な言葉を凝縮して誓いを立てても、あまり相手の心に響いた様子はなかった。さらりと流されてしまう。やはり正座して一から十まで説明するべきか。その場合は向こうも正座させたい。これは二人で膝を詰め合って検討すべき重大な事柄である。
 しかし間の悪い事に、会話と共に動きを止めていた腰が耐えられなくなってきた。撫でるように肌に張りつくお互いの髪や、熱い後孔や、生々しい汗の匂い。何よりもアメティストスが『変態じみた』その行為の数々を数え上げて、一応、レオンティウスとならば試してやってもよい、という態度を僅かながらでも取った事が――まあ、身体を高ぶらせるには充分なもので。
 どれだけ大事にするか見せてやろう。
 そうした意気込みで、レオンティウスはその晩、たいへん優しく、たいへん丹念に、たいへん時間をかけ――しつこいと本気で叱られるまで、己の心を証明しにかかったのである。



 指の骨までしゃぶりつくされるかと思ったと、アメティストスは火照った肌を夜気で冷ましながら毒づいた。
「嫌な例えだな。私はお前の肉を削いだりしないぞ」
「削いだようなものだ、あんな――」
 アメティストスは言葉を濁し、のろのろと布を肩まで引っ張り上げている。腰を抱き寄せても抵抗らしい抵抗もなく、大人しく腕の中におさまった。どうでもいいから早く休みたい、という気持ちが透けて見えている。これ幸いにとレオンティウスは彼の髪の中に顔を埋め、心地よい疲労感に浸りながら眠気が訪れるのを待った。
「それで結局、お前は何がしたかったんだ?」
 思い出したように、ぽつりとアメティストスが尋ねてくる。
「……いや、何でもない」
「気になるんだが」
「まずは持ち帰って検討してみる事にした。のちに再提案するかもしれないが、とにかく……今はまだ口にする気にはなれない」
「……へえ」
 明るいところで――という単純な自分の欲求が子供じみて思え、見栄を張ってレオンティウスは予防線を引いた。相手もそれ以上は追及する気がないようだ。寂しいくらいすぐに寝入ってしまう。レオンティウスも重くなった瞼を下ろし、改めて無体な真似はしないぞと思いながら、先程アメティストスが羅列した単語を脳裏で辿り――『女装』は少し見てみたいな……と思ったりしながら夢の中へと落ちていくのだった。



END.
(2017.01.22)
『変態』のイメージが違う二人が可愛いと思って。


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