いつか透きとおる




Leontius×Ametustos
(Another Ending)




「祝福しようレオンティウス。民が、臣下が、国が、いずれお前を食い潰すだろう」
 そう父が語ったのはいつの事だったろう。初陣の地にて、人の命を奪う快感を知った少年の日か。あるいは成人の儀での事だったか。二人きりだったのは確実だ。でなければ父も、あんな話は言い出すまい。
「自由など求めるな。大抵の出来事は彼方からやってきて、我々に後始末を押し付ける。おそらく死に方さえ、我らの預かり知らぬ場所で運命の女神が決める事になるだろう。誰も同情はしてくれぬ。お前は王者となったその日から、敗者となるのだ」
 曖昧な記憶の中、毅然とした父の声だけは鮮明に繰り返される。その日の自分は一体どんな顔をして父の言葉を受け入れたのだろう。歌うような祝福の言葉を。
「覚えておくといい。――己で選べるのは愛だけだ。レオンティウス」
 あるいは哀れみのような、その囁きを。



* * * * * * * *



 逢瀬と呼ぶには、あまりにも素っ気ない訪問だった。
 レオンティウスは王としての責務を果たしながら都に居を据えており、エレフセウスは――アメティストスは長らく遠方に出向き、海辺の駐屯地にて采配をふるっていた。港町に根強く潜む奴隷商を取り締まり、反発する輩に目を光らせ、海の向こうからやってくる逃亡奴隷を着実に保護する。普段は定期報告の便りが届くばかりで、直接的な対面となれば数えるほどしかない。
 それでも数ヶ月に一度、ひょっこりとアメティストスが王都に顔を出してくる事があった。妹の墓参りを済ませた帰路だったのかもしれない。奥深い森の匂いを布地に染み込ませ、予告もなく王宮に現れる。せめて供をつけて来いと言ったが、彼はどういうわけかあの熱心な部下達を残して一人でやってくるのだった。
 墓参りと言う私的な用事に余人を立ち入らせたくなかったのかもしれない。あるいは自分を狙う暗殺者でも炙りの出したかったのかもしれない。真意は不明だ。王宮に立ち寄るのは明らかについでのようで、歓迎の宴や式典は断り、ごく簡素に訪れた。
「いくら奴隷を保護しても、奴らが働く仕事口が少なすぎる。砦に飯炊き女も増やしたが、全員を軍に入れる訳にはいかない。自由になったところで生活の当てがなければ立ち行かなくなるぞ。どうにか都合をつけろ」
 季節の挨拶もなく、いきなりそんなふうに掛け合ってくるので、レオンティウスは少年時代に舞い戻ったような気持ちになった。教官に抜き打ちで問題を出された頃を思い出す。
 実際にアメティストスは厳しい教官だった。一度でも同盟の約束を違えれば、再び剣を向ける、その覚悟のある相手である。
「農地の拡大事業は進めているが、働き手が増えた事で、今度は彼らに払う賃金が足りなくなる。金は無尽蔵にある訳ではない。どこから捻出するかが問題になっていてな。そもそも奴隷解放とはどういうものか、まだ市中に認識が広まっていないのだ」
「それが言い訳か?」
「……少し待ってくれ。ひとまず造船所で人を使ってくれるように話を通している段階だ。同盟国でも解放奴隷の話を聞き、いくらか人を雇いたいと言ってくれるところもある。レスボスでも警備の増強で人手が欲しいと言っていた」
「ならば、早いところ話を通すのだな」
「急がせてはいる。……が、いつになるか明言はできない」
 そんな頭の痛くなる議論を一通り交わした後で、よくぞまあ毎回、共寝をする気になったものだと思う。あるいは議論の後だからこそ、言葉のいらない行為に耽る必要があったのかもしれない。
 情交は炎のようだった。アメティストスは相変わらず女王のように奉仕して貰うのが当然といったふうに体を投げ出したが、時折こちらの心を推し量る物騒な獣のような瞳で、気まぐれに激しく応じる事もあった。レオンティウスはそんな彼の振る舞いを客観的に眺める事もあれば、その手を取って罪深いまでに耽溺する事もあった。彼との寝台は、自分もまた気紛れに振る舞う事が許されていたのだ。
 情交は深夜にまで及んだが、翌朝は太陽の訪れより先に目が覚めてしまう。寝台から起き上がって身支度を整えるアメティストスの、長い夜を振り払う、鋭利な佇まいが好きだった。レオンティウスの事など見向きもせず、まるで武器の手入れをするように自分の体を清め、髪のほつれを解き、ひとつひとつ服の結い紐を結び直していく手付きが、ひどく健全に思えて。
「せっかく来たのだ、少しは泊まっていくのだろう。また夜に会えるか?」
「どうだかな」
 つれない返事も小気味いい。だからこそレオンティウスは安心して彼に微笑みかける事ができた。こうして何事もなく身支度を整えていく彼を見る為に、わざわざ理由をつけて服を脱がせているのかもしれない、とさえ思う事もある。
 情を受け入れてはくれるが、同じ色に染まりはしない。そういう不動のものを眺めているのは心が安らいだ。山や雲、砦や星々のようなもの。レオンティウスにとってアメティストスはそうした象徴性を持ち始めていた。砕けた宝石の名残、守りたかったものが再び腕の中にあって、自分に毒される心配もないという事。それが、かつて思い描いた形とは違っていたとしても。


「……夜のうちに随分と荒れたな」
 今日も髪を結いながら、身支度を整え終えたアメティストスが外の景色を眺めている。彼の横顔越しに、季節外れの激しい雨が敷石に降り注いでいるのが見えていた。
 共寝をした朝である。
 城下の人々はブロンディスのお出ましだと口を揃え、家に篭り、炉辺に火を起こして嵐の通過を待っているだろう。山々の稜線は切り取ったように黒くなり、叩きつける雨は平野や山間部を潤していくはずだ。レオンティウスも寝台から体を起こし、吹き荒れる風の音に耳を澄ませた。
「さすがに今日の出発は厳しいのではないか? どこかで道が崩れなければいいが」
「……この雲、お前が呼んだ訳じゃないだろうな?」
「どうしてそう思う?」
 レオンティウスの問いに、相手はただ片眉を上げる。自分の胸に聞いてみろ、とでも言いたげだった。レオンティウスの腕が腰に回りかけたのを揶揄しているのだろう。
 アルカディオスは多かれ少なかれ天候に敏感で、雨の到来をいち早く察知する事が出来た。雷神直系となれば尚の事、天候すらも意のままだと噂されている。
「私とて、昔ほど自由にブロンディスの力を使えない。お前を足止めするほどの余裕はないよ。これは単純に天の采配だ」
「………へえ」
 アメティストスは疑わしげにしていたが、やがて視線を外に戻した。常であればさっさと部屋を出ていく頃合いだが、立てた片膝に頬杖をついたまま雨を眺めている。跳ね除けられないのをいい事に、腰に回した両腕をそのまま腹の前で組んでしまいながら、レオンティウスはその横顔に話しかけた。
「前々から気になっていたんだが、お前はどうやって部下達を説得しているのだ? よく一人で抜け出せるものだな」 
「元から一人で出歩く方が性に合っている。海に出ていた頃も、陸で戦っていた頃も、そういう事は度々あった。あいつらにとっても今更の事だ」
 それはどうだろう、とレオンは思案した。確かに彼が以前から一人で行動したがる癖があるが、部下達はそれを止める術がないだけで、毎回さぞ気を揉んでいる事だろう。アメティストスの身軽さを羨ましく思うと同時に、責任感のない行動だと非難する気持ちが、ふとレオンティウスの喉元まで這い上がってきた。それはかつて大臣達がレオンティウスの行動をしつこく批判した際のように、熱く、怒りにも似た感情だった。後先を考えて動けと――そう叱りたい衝動を、溜め息と共にそっと宙に逃がす。
「……さぞかし清々するだろうな、一人旅は」
「ああ」
 彼にしては珍しく、アメティストスは素直に頷いた。雨音に心を奪われてぼんやりしているようだ。
 一人で馬を駆ける彼の姿を想像する。戦場のような荒々しさはない。風にその髪を靡かせて、この世界から失われてしまった大事なものの面影を当然のような顔で追いかけていくのだろう。何にも憚る事もなく。
 その光景を瞳に閉じ込めるように、レオンティウスはゆっくりと瞬いた。アメティストスを好ましく思う理由、彼を厭わしく思う理由。両者は根を同じくしている。
(……いや、違う)
 心を覆ったものは憤りばかりではないと、レオンティウスは再び瞬いた。
(単に私が寂しいだけか)
 風に煽られて、ざあっと屋根に叩きつける雨音が強まった。薄い膜のような雲の隙間から金色の光がほろりと零れても、すぐに押し流されて隠れていく。世界は一刻も休んではくれない。こうしている間にも、人は死に、花は枯れ、心は別の方向へと動いていく。
 しかし今日は何故か朝になってもアメティストスが去らず、レオンティウスの腕の中に留まっていた。まるで変化する世界から与えられた自分への対価のようだ、と思う。
「――アメティストス」
 ひとつ、名を呼んだ。振り向いた彼は硬質な空気のままだが、警戒する素振りもなく無防備だ。ゆるく波打つ髪は指先に優しいが、問うような眼差しは鋭い。いつでも矛盾した要素を持ち合わせている彼が、いっそ贅沢だと思う。
 腰に回した腕を強めて引き寄せた。意味する事を察し、アメティストスは眉を寄せて呆れ顔を作る。
 それでいい。昨夜も二人でそれなりに耽溺した。それをまた朝から繰り返そうとしているのだ。レオンティウスだって自分に呆れている。それでも雨の音を聞いていたら、どうにも人恋しくて堪らないのだ。
 ――何故、自分は彼を求めるのだろう。
 これが愛なのだと言い切ってしまうのは容易い。容易いから、そうはしたくなかった。自由になるのは愛だけだと、そう言った父の言葉が耳に甦る。それを振り払うように唇を寄せた。
 軽く顎を仰け反らせて口付けを受け取りながら、やはりこの天候はお前の仕業じゃないのかと、唇の狭間で呟くアメティストスの声を聞いた。


 昨夜も交じり合った身体と身体だ。急ごうと思えばすぐにでも深い場所にまで潜り込めるのは分かっていたし、アメティストスも面倒がってさっさと済ませようとしているようだったが、レオンティウスはそう簡単に階段を飛び越える気にはならなかった。
 感傷的な雨音のせいか、頭が仕切り直されたらしい。これでもかと言うくらい丹念に唇を合わせた。最初は静かに、次第に強く。
「お前……」
 再びアメティストスの呆れた視線が突き刺さってくる――が、気にしない。両手で顔を掬い上げ、毛づくろいする獣のように彼の唇を舐める。鬱陶しそうに顔を背けようとする動きを追って、今度は唇全体で呼吸を奪うように身を乗り出した。かち、と軽く歯が当たるが、それも気にしない。唇を切ったところで血を舐めれば済む事だ。お互いそんなものを怪我と呼ぶほど柔ではない。そんな事を言い訳に、こうした不恰好な口付けで何度彼の不満を塞いだだろう。
 開いた歯列に舌をねじり込み、濡れた暖かい口内をねぶる。小さくアメティストスの肩が揺れた。一度舌を抜き、また唇の表面に浅く口付ける。そしてまた舌を絡ませた。その単純な繰り返しだけで熱が高まっていく。
 しばらくアメティストスは寝台の壁に背を預けて座り、されるがままになっていたが、いい加減にしろとでも言いたげにレオンティウスの肩を掴んで突き放した。呼吸は早くなっているが、やはり呆れの表情が勝っている顔である。
 レオンティウスは無言で微笑み、今度は彼の首筋に顔を埋めた。昨夜繋がった身体は朝を迎えて別々のものに戻っている。その境界線を確かめるように唇を落としていくと、まだ飽きないのかと、アメティストスの溜息が聞こえた。
「お前には不満があるようだね」
「……そう見えるならそうなんだろうよ」
 投げやりな返事がおかしくて、ふっと笑う。
「分かった。程々にしておこう」
 最後に軽く肩に歯を立てた後、レオンティウスは相手を組み敷いて、その膝を割った。本当はもっと時間をかけたいが、アメティストスの機嫌を損ねるのも厄介である。この体勢では膝で蹴られるかもしれないなと思いながら、汗ばんだ太腿の内側の稜線を指先で辿り、反応を引き出すように片手で包んだ。揉み合うように自分の腰を押し付けて、ふと手っ取り早く互いの、二本雄を触れ合わせると――これは初めての試みで、もしや彼は気に入らないかもしれないとは思ったが――案の定、アメティストスの膝がレオンティウスの頭を、それなりの力でゴツンと蹴り上げた。
「っ、痛いな……」
「――これだけで済んで良かったと思え」
「悪くはないのだろうに……」
 レオンティウスはぼやく。女のように優しく扱っても不機嫌になるが、だからといってこうして一直線に快楽へ促してやっても怒る。羞恥を感じる箇所が自分の感覚と違っている為、良かれと思った事が彼の逆鱗に触れる事も少なくない。
「まあ、確かにこれは見た目が際どいかもしれないが……」
 試すようにレオンティウスは二人ぶんの熱を片手で握り込んだ。くっとアメティストスの眉が上がる。まだ完全に起立していないそれらを、掌全体を使って根元から絞り出すように動かした。
 不思議な感覚だ。己の雄を介して、徐々に硬さを増していく相手の昂ぶりが直に伝わってくる。控えめに溢れ出た先走りの蜜が、どちらのものとも言えないまま掌の中で交じり合い、肌の隙間で淫蕩な音を立てた。
 同時に扱くばかりでは芸がないかと、二本を交差させるように握り込むと、どっと吐き出す蜜が増し、思いがけない刺激にうろたえる。もはや自分の掌の中で情交の全てが成立してしているような支配感に襲われ、レオンティウスはぞくりと肌を粟立てた。片手は何かに誘われるように意識しないまま動き出し、いつの間にやら親指の腹で相手の先端を押し潰して捏ね回す、といった悪戯さえも施している。
「すまない……思った以上に際どかったな……」
「っ、だからどうして貴様はそう、いちいち……!」
 アメティストスの苛立ちを含んだ声がした。確かにこれをいきなり相手にされたら怒りたくなるかもしれない、とレオンティウスも納得する。行為自体は大した事はないが、何故だろう、何故こんなに不埒に見えるのだろう。僅かな肌の色の違いさえ分かるほどに並べ合った性器の光景か、あるいは男役も女役もないまま同じ条件で乱れていく事への倒錯感か。それとも表情も熱の昂ぶりも、ありありと二人で共有していく事への高揚なのだろうか。――もしくは理性を完全に奪い取れないまま、逃げ場もなく、この現状を互いに眺めている奇妙な現実感のせいなのかもしれない。
 アメティストスは眉間に皺を寄せ、相変わらず不機嫌そうにしたまま、レオンティウスの掌を歯を食いしばって見下ろしている。次第に汗ばむ肌や、その子細な表情が見て取れて、レオンティウスは意味もなく彼の耳朶に柔く噛みついた。何となく、このまま彼の表情を見ていたのでは抑えが効かなくなるような気がしたのだ。
 首筋に顔を埋める。のけ反った喉と揺れる髪が肌に触れてくすぐったい。唇で耳元を愛撫しながら、片手は思うまま動かしていると、やがて二度目の蹴りを腰に食らった。先程よりも力が強まっている。
「……っ、またか……」
「お前の気紛れな試みは、もう昨夜で充分だ。さっさとするならしろ、もう朝だという事を忘れてるわけじゃあるまいな?」
 喉の奥で呼吸を押さえながら、アメティストスが辛辣に言い放つ。本来であれば相手のつれなさに傷つく場面かもしれないが、偽りのない彼の率直さをレオンティウスはたいそう好んでいたので、先を促された事への喜びだけを単純に味わった。それが表情に出ていたのだろう。機嫌を良くしたレオンティウスの反応に、相手は少し疲れた目をして視線を反らした。
 昨夜の情交で潤んでいるその場所を、そっと探り当てる。指の腹を押し当てれば、く、と震えるのが伝わった。彼の態度とは裏腹に快楽を素直に飲みこんでいく身体がひどく淫らに思えて、レオンティウスは一度、強く目を瞑った。そして再び瞼を上げた時には、指を離して覆いかぶさり、腰を沈めていく事も躊躇わなくなっていた。
「…………っ」
 微かに息の詰まる気配。締め付ける内壁の心地良さにレオンティウスもまた息を殺し、二人、沈黙する。吐き出した呼吸は僅かなはずなのに、室内の温度が早くも上がったような感覚を覚えた。何も言わないまま、改めて腰を掴み直す仕草でこの先を伝えると、アメティストスも顎を引いて敷き布を掴み、気だるげに衝撃へ備える素振りをする。
 ぎし、と寝台が叫んだ。一度、二度、三度……それ以上は数えない。抱かれている人間よりも反応を返す寝台の軋みはレオンティウスの耳に馴染み、時折、一人で寝入る際にこの音を聞くと妙な心地になる。確認できない夜の闇の中にアメティストスが寝転がっていて、無感情な目で自分を待っているような都合の良い錯覚を覚えるからだ。現実のアメティストスは耐えるように目を瞑ったまま、こちらにすがるでもなく敷き布を掴んで、逃げようのない快楽を寡黙に受け止めている。
 それでも、途切れ途切れに息継ぎの間があって、はく、と仰け反る喉の白さが際立った。早々に熟れていく互いの呼吸に昨夜の痕跡は現れているものの、音のない彼の喘ぎ声が、喉の動きだけで提示されるのは惜しく思えた。
「……声を、聞かせてくれないか。そうでないと、ひどくしてしまいそうだ」
 雨音が強くて、と言い訳めいた事を口にする。アメティストスは億劫そうに目を開くと、熱に浮かされた瞳にちらりと凶悪そうな苦笑を浮かべ、レオンティウスの顔を覗き込んだ。乱れた銀色の髪が額から鼻筋まで、大きく斜めに被さっている。その隙間で、彼はこれ見よがしに濡れた唇を引き結んで見せた。――歯を食いしばったのだ。
 その挑発の、なんと鮮やかだった事か。言いなりになってくれない相手の、妙に物騒な眼差し。状況にそぐわないその嗜虐めいた微笑が、かえってレオンティウスの背筋にぞくりとした酩酊感をもたらした。
 彼を、抱きたい。もう既に体を繋げているのに、煽られて燃え上がった征服欲に突き動かされ、猛った性器を浅くまで引き抜いた。ぐぷりと潤んだ音が鳴ったのも束の間、それを封じ込めるよう、より深くへと腰を打ち付ける。小さくアメティストスの脚が引き攣ったが、やはり声が漏れ出る気配はない。短く息を吐きながら、先程と同じような眼差しでぶつかり合う下肢を見つめている。レオンティウスが身体での支配を彼に施しているのなら、アメティストスは精神的な優位を持ってレオンティウスの何かを試そうとしているように見えた。負けず嫌い同士――と言えばそれまでなのだが。
 昨夜もこうだったろうか? レオンティウスは記憶も探ったが、すぐに目の前の快楽を突き詰めていく事に意識を奪われた。脚を限界まで広げさせて相手の羞恥心をなぶると、アメティストスは顔をしかめながらもレオンティウスの横髪を掴んで顔を引き寄せ、自ら口付ける事で反撃を寄こす。昂ぶっていく二体の身体を支える為、ぎしぎしと寝台の軋みが強くなった。
 相手の考えはちっとも分からないが、貫いて、貪り合って、遠慮なく振る舞う事で熱を帯びていく身体のうねりはよく分かる。彼の感じる場所、自分の感じる場所、。追い立てるように揺さぶる動きはやがて単純なものに変わり、限界に届いたかと思うと、ふっと相手の口から声が漏れた。
「――ぁ、……っ」
 瞬間、見開いた瞳、硬直した肩。それを押さえつけ、彼の震えと飛沫を感じながら、レオンティウス自身も白濁を放った。
「ふっ……」
 上がった呼吸を喉の奥で鎮める。――熱い。
 雨音がすっぽりと部屋を包んでいた。快楽によって隅に追いやられてた通常の感覚が戻ってくるのはアメティストスとて同じようで、汗ばんだ額に片腕を置き、顔を背けている。大きく上下する互いの胸を離してレオンティウスが上体を起こすと、流れ込んだ雨の湿気を含んだ空気が肌を冷やした。そのまま雄を引き抜こうとすると、ひくっと僅かに絡み付く。押し隠す余裕のない、剥き出しの反応まで引き出せた事が嬉しかった。優しくしたいと思う心に嘘はなかったが、どこかで、嫌われるほど酷い事をしてしまいたい気持ちも残っている。
 ――もしかしたら彼に対する嫉妬のあらわれなのかもしれない。
 自分がやりたいように振る舞う彼。一人で行動する事も躊躇わない彼。過去の記憶を後生大事に抱え込んでいる彼。レオンティウスとて、そうしてみたかった。自由気ままに吠えかかり、心のままに振る舞ってみたかった。暖かい家族が欲しかった。けれども自分が選び取り、背負ったものはそれではない。そして彼も既に『弟』ではない。欲しかった『家族』ではない。けれども、どうしても現在自分に彼が必要な気がして、この行き場のない熱をぶつけ、思い知らせてしまいたいのかもしれなかった。
(……我ながら支離滅裂だな)
 レオンティウスは唇を歪めた。自分の心の行方もよく分からなかった。芽生える執着の根深さに、時折、自分でもぞっとする。
 それでもいつかは、もっと上手く折り合いが取れるのではないかと願っていた。――それだけは本当だった。
「……お前の子が見たいな」
 何気なく呟くと、こちらの正気を疑うようにアメティストスが目線を向けてくる。
「男は孕まんぞ」
「ああ、そうではなくて――」
 レオンティウスは言葉を探った。
「お前はいずれ美しい妻を娶って、歌に謳われる一等地に豪勢な邸宅を建てるのだ。庭には池と東屋があって、お前の子はそこで遊んで大きくなる。シリウスやオルフには悪いが、名付け親の席は譲って貰おう事にしよう。誰に似るのかと楽しみにしながら、私は甥や姪の成長を見守る」
「……おい、何の話だ」
「夢の話だよ。私の、ささやかな」
 我ながら偽善的な匂いのする台詞だった。それでも形にして吐き出してしまいたい。言葉にすれば、いくらか胸が軽くなるような気がした。
「未来が欲しくて、お前を愛するのではない。お前はただの情人にしておくには惜しい男だ。私の腕の中だけでは窮屈だろう。幸せになって欲しいと祈る心はきちんと私の中にあって、それはこうしてお前を抱いている事と不思議と矛盾しないのだ。いずれ手放してやれる――」
 レオンティウスは喉の奥で笑った。
「けれどそれまで、お前の夜は私のものだ。恨むなよ」
 肌には触れず、視線だけで相手の顔を撫でるように見つめる。アメティストスは得体の知れないものを見る顔でこちらを見返した。彼の意表を突くのは楽しい。愉快な気持ちになっていると、やがて相手の口が皮肉げに動くのが見えた。
「……寛大なのかどうなのか、微妙な話だ」
「嫌か?」
「都合が良すぎて気味が悪い。言われるまでもなく、窮屈になったら出て行くつもりだ。お前だっていつか世継ぎを残さなければならないだろう。手放すのはお互い様なのに、何を今更」
「お互い様、か。そう言うからには、お前からも私を捕まえなければならないよ。手放す前に、きちんと、そうした実感を私にくれなければね」
「………性根が悪いな、お前」
 その言い草にレオンティウスは微笑んだ。言葉を選らばない彼の態度が好ましく、目を細めて言葉を繋ぐ。
「お前がここにいなくとも、何食わぬ顔で私は生きていくだろう。けれどお前がここにいなければ、私の幸福は薄らぐ」
「……勝手にお前の願望を私に託すな。そうやって、自分だけ行儀の良い顔をしているのが腹が立つ。随分と好き勝手に言ってくれるが、お前は猫でも飼っているつもりなのか? 世話を焼いて、勝手に愛でて。その癖、私に撫で返されるのは期待していないから、いつでも余裕面をしていられる。対価のないものは安っぽく見えるものだぞ、レオンティウス」
 はっきりとアメティストスは声に苛立ちを滲ませ始めた。彼は上半身を起こすと、視線で釘を刺すようにこちらを見る。
「私はもう、普通の、幸福な家庭というものに身を置いている自分を想像できない。それは初めて剣を取った時から変わっていない。お前が祈ろうがどうしようが勝手だが、望むだけ無駄だぞ」
「……そうか。それもまた、お前らしいな」
 気のないレオンティウスの相槌に、議論をするのも張り合いがないと思ったのか、アメティストスは舌打ちをすると、寝台の上に散らばっていた服を引き寄せた。
「まったく……いい加減、お前の辻褄合わせに付き合うのも面倒になってきた。勝手に言っていろ。私は先に下りるぞ」
 そう言って、いつものように身支度を整えていく。差し込んだ光が滑らかに彼の肌を照らしていた。レオンティウスは音のなく微笑んで、広くなった寝台の上で手足を伸ばす。こうして強引に話を切り上げられるたび、寄せる心が強くなっていくのを彼は知らないだろう。
 好ましい相手の衣擦れの音を聞くのは楽しいものだ。例えそれが立ち去る為のものであったとしても、レオンティウスの耳には黄金である。今日も彼は武器の手入れをするような無情さで、さくさくと着替えを済ませていくのだ。レオンティウスは起き上がる気になれずに枕へ顔を埋める。ゆっくりと吐いた溜め息は、幸福と切なさを入り混ぜたまま、布地の中へと満ちていった。




END.
(2017.01.22)
途中まで書いて数年放置していたものをサルベージ。レオンさんがぐだぐだ要らない事を考えている心理描写がとても好きです。



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