月の果てに




Leontius×Ametustos
(Another Ending)




 雷神ブロンディスは天の高みから民へ加護を与えると伝えられている。その為、アルカディア雷神殿の最奥――水盤が置かれた祭壇の部屋には天井がなく、常に空が見渡せるように造られている。
「……呆気ないな」
 円柱が取り囲む内陣の中、水盤の縁に軽く腰掛けながらアメティストスが呟いた。ちろちろと水の溢れ出る音が響く。
 ふんわりと辺りを包む荘厳な星明りが、奇跡を告げる神子のように彼を物々しく見せていた。月色の髪、金細工の装飾、揺れる耳飾りがしゃらりと鳴る。磨かれた鉄の鎧は用済みだと脱いでしまったのか、今はキトン一枚の軽装だった。
 祭儀が終わった夜の神殿に人気はない。元から神官と巫女の他、王族と一部の重臣達しか立ち入ることが出来ない聖域である。
「どんな大仰な儀式かと思いきや、随分と簡単に済むんだな」
「無事に終わって良かったではないか」
 青年の呟きに応じ、レオンティウスは脇に携えていた雷槍を祭壇に置いた。同じような祭儀用の衣装を身にまとった王は、ほのかな安堵でもって端正な口許を緩める。
 かつて異民族に加担した奴隷部隊の将軍を正式にアルカディアに迎え入れると、そう天に報告する内々の祭儀の後であった。雄牛を犠牲に捧げ、肉を食し、雷神に連なる者として道を共にすると誓った感慨深さが確かな温かみとなって表情に現れる。
「お前もブロンディス直系の血筋なのだ。天に伺いを立てねばならぬのもおかしな話なのだが……」
「アルカディアに牙を剥いた身だ。当然だろう。むしろ雷神ならば儀式の最中に裏切り者を焼き切るくらいはするものかと、そう思っていた」
 吹きさらしの天井から覗く夜空を見上げてアメティストスは事も無げに言う。まるで天から雷が落ち、罰が下る事を期待していたとでも言うように。
「そう不吉な事を言うものではないよ。ブロンディスは正義と調和の神だ。そのような無作法な鉄槌は下さない。仮にそんな事になっていたならば、今度こそ私は運命を呪っただろう」
 レオンティウスはたしなめるように苦笑する。
「女神は戦わぬ者に微笑まぬ。しかし勝ち得たものを奪い取るような真似は、もう、私とて許さぬ」
 二十年以上だ、とレオンティウスは囁いてアメティストスの髪に触れた。彼が腰掛ける水盤の縁からは水が零れ、床の溝に入り込んで神殿の外へと流れ出る。その飛沫が踵に掛かるのも気にかけず、レオンティウスは天を仰ぐ相手の顎へ指を添えた。
「待ちかねたぞ、エレフ」
「――」
 ぴくりと身構える水晶の瞳は細められ、瞬き、やがて逸らされた。唇は無言だ。
 機知に富んだ、その瞳の動きをレオンティウスは辿る。口数の少ない彼の内面を探ろうとすれば、自然と視線を追う事になった。その目付きは狼と言わしめるには充分なもので、常に真実を見定めているように鋭い。
 だが睫毛を伏せた時にだけ、目尻が緩んで印象が幼くなる事をレオンティウスは知っていた。今、こうして選択を委ねるように瞳を翳らす彼の所作に同じような脆さを感じる。
「……ようやくお前を取り戻した」
 囁いたレオンティウスの声は喜びで掠れていた。掬い上げるように相手の顔を引き寄せて、唇を重ねる。アメティストスも抵抗はしなかった。
 彼らが風の都で剣を交えた日から、既に二年の歳月が経っている。和解の道を選んだ事で政治上の混乱も、更なる内争も起こった。けれども奴隷制の改案と和平協定も整い、謀反を起こした紫眼の狼を正式に登用するほどに国も安定の兆しを見せ、彼からの信頼も多少は取り戻せたものだとレオンティウスは信じている。
 そうして積み上げてきた証のように、恋情に近い口付けを受け入れるアメティストスの強情な沈黙が嬉しかった。
「っ、……は……」
 ほろりと、鼻にかかった小さな吐息が零れるのが聞こえる。
 未だ頑なな表情の中、細められた瞳だけが流されるのを待つように伏せられていた。
 いつの間に、こうした戯れを望むようになったのだろう。
 ひとつひとつ、開ける扉を確かめるように、どこまで彼が自分を許してくれるのか知りたかっただけなのかもしれない。次第に近しくなる距離に、互いが悲しみを共鳴させて追い縋っただけなのかもしれない。じりじりと焦がれる想いが日毎に増しても、触れる口実も思いつかず、ずっと躊躇って。
 だがそうした想いも、ようやく重なる事の出来た唇の中にとろける。
「拒まないんだな」
 そう問うと、音にもならない声で小さく笑う気配がした。唇の先が触れ合ったまま、掠れた吐息だけでアメティストスは答えを返す。
「何だ。拒まれたいのか、レオン」
「……言ってくれるな」
 挑発的な物言いが鼓膜を焼き、くすぶる焔が燃え上がるのを感じた。身体ごと唇を押し付け、息を乱す彼の姿を見たいが為に舌を差し入れる。たじろいで腰を引いた相手の戸惑いを察してやる間もない。触れてもいいのだと分かってしまえば、躊躇いも忘れて目が眩んだ。
 だが奉仕される貴人のように、されるがままになっているアメティストスに積極性などまるでなかった。羞恥心はあるようだが性的に感じにくいのか、それとも自制しているのか、彼の反応は薄い。歯列を舐め、舌を求め、湿り気を帯びたそれを追い回す間も、どう愛せば良いだろうかと不安な衝動だけがレオンティウスを後押しする。
「随分と頑なだな……緊張しているのか?」
「……やかましい」
 余計な事を聞くなと睨む目尻を親指でなぞり、私は緊張している、とレオンティウスは正直に告げた。
「まるで初めて人を抱くようだ」
 そう小さく笑い、しゃらしゃらと無遠慮に鳴る互いの装飾具を指の背で退ける。揺れる耳飾りの房を掻き分けて、髪の中に手を滑り込ませるとアメティストスは気圧されたように視線を泳がせたが、強張りを取り除く為に施される口付けを避けはしない。後頭部を引き寄せてしまえば艶めかしく息が重なり、上着の留め針に手を掛ければ、もう後戻りは出来なくなった。ひだの多い祭儀用の布が張り付くようでもどかしく、レオンティウスは半ば強引に膝の間へ身体を差し入れる。
「っ、……ちょっと、待て」
 アメティストスは眉を寄せ、服を脱がす手を押し留めた。
「無駄にがっつくな。ここで……なのか?」
 ちらりと彼は神殿を横目で見渡し、低く言いよどむ。神に捧げるアスターの花輪が雷槍と共に祭壇に供えられていた。白い小花の清涼な香りが二人の鼻先を掠めて、ここが聖域なのだと否応なく思い起こさせる。
「貴様はもう少し、その、信心深いと思っていたが」
「……そうだな。このような真似をして、私らしくもない」
 指摘されてレオンティウスは苦笑した。けれども冷静さを取り戻した事が、かえって背徳的な興奮を煽るよう。
 あの、誇り高い狼が自分の腕の中で首筋を晒し、その輪郭を縁取るように神殿を満たす星明りが降っている。身動きした際に水盤に浸してしまったのか、濡れた髪の毛先が胸元に張り付いて、薄く服を透き通らせていた。
 こうした想いを何と呼ぼう。
「どこでも構うものか。お前を愛したい」
「……俗だな」
「神々も交わって世に満ちたのだ。こうした行いも許して下さるだろう」
 思うまま告げると、アメティストスは露骨に顔をしかめた。だが苛立たしげに視線を逸らす表情の中、かっと目尻が赤く染まったのを薄闇の中に確認できれば、それもまた喜ばしい。
 気が変わってレオンティウスは服の留め金は外さぬまま、絹の布越しに胸元へ手を這わせる。
「まずは長兄神と末妹神が交わり、朝神と夜女神が」
「……っ、」
「次兄神と末妹神が交わり、太陽神と月女神が生まれた」
 幼少期に覚えた創世記を耳元へ吹き込み、薄闇に乗じて胸の先端に触れた。しなやかな筋肉を包み込んだ絹の奥、ごく慎ましやかな尖りが掌を楽しませてくれる。しかしその愛撫も刹那、嫌がるようにアメティストスが身を捩ったので、やんわりと相手の手を握りこまねばならなくなった。
「朝神と夜女神から大地女神の眷属……」
 両手が使えないのならばと、暗誦する唇は再び胸元へと近づいた。
「太陽神と月女神から、海原女神の眷属が生まれた」
「……しゃべ、るな……ッ」
 いちいち喘ぎを噛み殺し、言いよどむのが愛おしい。最初こそ硬質な姿勢を緩めなかったが、じわじわと、しかし確実にアメティストスの目元が潤んできている。服から透ける淡い突起を舌先で転がし、軽く歯を立てて何度も舐め上げれば、やがて躊躇いがちに身体が揺れた。艶めく仕草に誘われて、ゆるゆるとレオンティウスは唇の位置を下げていく。
「母なる者、自ら天空双神の眷属を生み」
「……っ、」
「最後に死すべき者――即ち私達を、創った」
 熱の在り処を探り当てれば、強く息を飲む気配がする。ぴたりと動きを止めて見上げれば、上気したアメティストスの頬が更に赤らんだ。
 布越しに、両足の間へ鼻先を埋める。座り込んだ彼の太股が引きつり、腰が逃げた。そのせいで再び水盤に波が立ち、縁から零れた水滴が飛び散る。
「何を、口実に……っ」
「神々も愛がなければ誕生しないと言う話だ。ちゃんとお前も感じてくれ」
 布地を押しのけるように顔を動かせば、緩慢な刺激にアメティストスは姿勢を崩した。腰布をめくりあげて顕わになった自身に口付ければ、懸命に声を押し隠しながらも、ひとつひとつ反応を返す健気な仕草に情欲が込み上げる。
 思うまま愛したいのだと、何度も何度も、慈しんで。
 そうして丹念にしゃぶってやれば、くぷりと白濁が滴り始めた。幹を伝う雫を追いかけてゆっくり舌を滑らせると、無防備に晒された下腹がびくついて塗れそぼる。
 眉を寄せてアメティストスはこちらを引き剥がそうとしたが、弱い抵抗は時に誘惑にすり替わるものだ。一度顔を離しても、空いた手で服のひだを掻き分けてレオンティウスは秘められた奥をさぐる。
「――っ」
 先走りで濡らした指で後ろの入り口を撫でると、居たたまれないようにアメティストスは自らの手の甲を噛んだ。くちゃりと浅い部分を掻き回し、一本、また一本と長い指が入り込めば、苦痛と快楽のどちらも耐え難いと言わんばかりに食いしばる歯はきりきりと強さを増す。肌はもう感じきって、ほの赤く染まっていると言うのに。
「こんなに噛んで……痛いだろう」
 手の甲を撫で、口から取り外す。抵抗する動きをなだめる為に彼の昂りを舌全で舐めあげれば、今度は唇を噛んで耐えてしまった。喘ぎ声も出したくないのか、文句を言いたそうにしているものの無言を貫いている。愛撫を受け入れはする癖に自分が弱る所を出来るだけ見せたくないらしい。
「お前らしいな」
 レオンティウスは微笑すると、入念に彼をとろけさせ、湿っていく淫らな水音だけを聞く事に専念し始めた。そうすれば声に出さずとも、隠しようのない快楽がある事を身体が物語ってくれるはずである。
「は、……う、ん」
 果たして願いは叶えられた。前後からの刺激に甘さを隠す事が出来なくなった途切れ途切れの呼吸が、はくはくと泉のように唇の隙間から零れてくる。苦しげに指を食んでいた後孔も緩んで、くちゅくちゅと咀嚼するような音色を奏で始めた。肉の柔らかさが静かに蠢き、弱い部分を指先が掠めれば後ろめたそうに喉を鳴らす様子が倒錯した甘さを呼ぶ。レオンティウスは夢中で舌をくねらせては、揉みしだく指を増やし、彼を高みへと導いた。
「ん、ぅ、――っ」
 神殿の空気が甘く戦慄く。力の抜けた身体は水盤から崩れ落ちて、くたりと台座の下に座り込んだ。
「すまない、早急だったな。疲れたか?」
「……当たり前だ」
「だが、まだ足りない」
 レオンティウスは促すように髪に口付けて答えを待つ。眉を寄せたまま無言で眼を伏せた相手の様子を了解と見なしたのは、指を埋め込んだままの胎内がひくりと小さく反応したからだ。二人とも同じ熱の中にいるのだという安堵が、瞬く間に情欲へと摩り替わる。
 初めての行為に加え、場の神聖さを裏切って満ちる汗の甘さに互いが興奮していた。向かい合った腰を掴んで膝の上に座らせると、抑え切れない情欲を滲ませてレオンティウスは相手の首筋に顔を埋める。抱きしめた身体はしっとりと汗ばんで、震える大腿を撫でてやると期待とも怯えとも取れる動きを見せていた。言葉も発せず愛撫だけで挿入の意を知らせると、昂ぶった自身を深々と突き入れる。
「――は、っあぁ、」
 途端、ぐらりと世界が揺れた。アメティストスの強張った爪先が冷えた床を力なく蹴る。
「っ、大丈夫。息を、吐いて……ゆっくり」
「く、んぅ……っ」
「そう、脚を開いて……」
 なだめながら身体の奥を食んでいく。まだ互いに快楽よりも苦痛の方が強かった。それでも全てを収めた秘部はその質量を確かめるように戦慄き、何度も苦しげに収縮しては脈々と快を連れてくる。
 ――ああ、優しくしてやらないと。
 レオンティウスはぎこちなく息を吐き、埋め込んだ熱芯を軽く揺するだけに留めた。ようやく通じ合った相手に無体な真似をしたくない。奴隷として苦役を課せられていた過去を持つなら尚更の事、優しく扱って心地良くさせてやりたい。だが熱に浮かされたアメティストスがこちらの首に両腕を回して必死にしがみ付いてきたと知ると、薄っぺらい気遣いなど早々に吹き飛んでしまった。
「……ぃっ、あ、は……っ」
 脇を抱きながら両膝を折り曲げて、腰を前後に揺する。乱れた髪の合間から生理的な涙で濡れる白い睫毛が覗き、それがひどく扇情的だった。仰け反る肢体を背中に手を回して支え、腰を押さえ付けながら胎内を突き上げれば可哀想なくらいに身体が跳ね上がる。
 人を愛すという事は、本当に、本当に難しい。どうしてこう、甘さだけをやれないのだろう。これではきっと苦しくさせてしまう。
 レオンティウスは自制の為に前髪を掻きあげ、先ほど指で見つけた快楽の源を探し求めた。腰を抱え上げ、角度を変えて下ろす。耐えるばかりだったアメティストスが汗ばんだ髪を切なげに振り乱し、は、と喉を引きつらせて身悶えた。両者の腹の合間に挟まれた彼の雄が、ひくひくと反応を示して濡れそぼっていく。
「あ、ぁ、ぅ……っ」
 戸惑いがちに溢れ出す甘い声に、出来るなら耳を澄ませて聞き入っていたかった。けれど石造りの神殿では音が妙な具合に広がっており、響いているのか、吸い込まれているのか、それすら判断が難しい。服に巻いた飾り紐の紅玉が腰を動かすたびに鳴るのも、淡く滲んだ彼の目元が潤むのも、星明りに綺麗にとろけて夢のように思える。自分達を隔てる服が邪魔で、半ば毟り取るようにレオンティウスは相手の肩に居座る留め針に指を掛けた。
 と、そこで思考が止まる。はらりと落ちた衣の下に、幾筋の傷や火傷の痕が装飾品のように取り巻いているのが見えた。
 嗚呼そうだったと、レオンティウスは確かめるように腕を伸ばす。凹凸のある薄い皮膚だった。
「痛くはないのか?」
 ゆだった肌に手を滑らせると、しなやかな肢体には女のような弾力など一片もないのに傷跡だけが危うげに柔らかい。不自然に動きを止められてアメティストスは瞳を彷徨わせていたが、不意に醒めた口調へと変わった。
「別、に。単に痕が残っているだけで、もう治っている」
「そうか……」
 戦場で付いたものとは明らかに違う鞭の筋や、いたぶる火傷の引きつった白さが眩しかった。眼を背けたい気持ちに反して視線は緩慢に動くしか出来ない。
「……今更、何を気後れしてるんだ」
 だがそうしたレオンティウスの躊躇いにアメティストスはただ鼻を鳴らす。貫かれた身体を震わせて、重たげに首を傾ける青年は場に似合わず毅然としていた。
「過去は過去だと、そうして俺をアルカディアに迎え入れたのは貴様だろう。これはただの残骸か、あるいは墓標だ」
 もう終わった痛みだと、そう囁く。
「妙な事を言わせるな。……いいんだ、もう、レオン」
 語尾の掠れた声が熱っぽく立ち消えた。伸ばされた腕がレオンティウスの顎を上げさせ、無愛想に口付ける。その素っ気ない唇が何よりも痛ましく感じられた。
「――どうして、お前は、そう……っ」
 レオンティウスは呟き、けれどもそれ以上は言葉にならないと、弾かれたように誘いに応じるしかない。
 どこまで許してくれるのだろう、彼は。
 自分を捨てた兄を、片割れを殺した故国を、敵対した軍の因縁を、これほどまでに深く受け入れて明日からもアルカディアの為に身を削れと誓わせておいて、獣じみた性欲の渦に引き込んで尚、どうして。
 脚を抱え上げて穿つように中に入り込む。喘ぐ肌を全て溶かして欲望ごと飲み込んでしまいたいと願った。腰を動かすたび、一枚一枚重い何かを剥いでいくような恍惚がめくるめいて背筋を駆け上がっていく。繰り返しの摩擦で赤く熟れていく蕾も、彼が喉を鳴らすたび引きつって締め付けていき、身体の下で次第に乱れていく姿が見惚れるほど美しい。
「っ……、ぁ、あぁッ」
 切ない息を吐き、アメティストスは後ろに倒れこんだ。水盤から流れる水で瞬く間に髪が濡れていく。ずるずると台座を滑って頭が床に着いたところを容赦なく押し倒し、上から揺さぶって、妙な体勢のまま殺してしまわないかと不安になった。それでも眩暈は去らないどころか、かえって強くなる一方だ。
 ――なんという熱量だろう。
 身体に嵌め込んで、落とし込んでいく激情の正体をレオンティウスは知らない。ただただ湧き出てくる眩しい快楽の中に、懲りず惹かれ、混乱し、煽られて。
 これ以上ないほど深く結ばれていると言うのに、絶えず求める事を止められなかった。熱い息を掻き集め、肌に証を立てて、ようやく安心する。彼との重なりの中で正しい呼吸が出来るという錯覚が、波のように衝動を生み出して遠くへ連れ去ろうとする。
 浮き上がる鎖骨。ほころぶ気配。鼻先を押し当てる。悩ましげな官能。悶えながらも気恥ずかしげに眼を伏せる彼。切なげに寄せる眉。戦慄いた口元。
 ――全部、手元にある。
「あっ、ああぁ……っ」
「……っ、エレフ……」
 幾多の星が頭上にある事を、空を映した揺らめく水晶の瞳が伝えていた。だが遠慮のない攻め方に耐えかねて彼はきつく睫毛を伏せ、零れる涙を振り払うように身体を戦慄かせている。限界が近づけば近づくほど、熱を持て余したアメティストスの声は掠れて聞き取りづらくなっていった。しかし一度知った居場所を追い求め、逃しようのない悦楽を互いに共有しながら息ばかりが上がっていく状態では、もはや声など意味を持たない。
 硬直し、弛緩する肉体。どろりと弾き出される欲望。
 そうして脳髄を焼ききる高揚感と共に、果てた。
「……取り戻せて、良かった。私はお前を知らず、救われぬまま終わらせてしまう所だった」
 荒く胸を上下させて息を整える相手を見下ろし、乱れた髪を直してやりながらレオンティウスは囁く。達した余韻に浸りきって朦朧としていたアメティストスの潤んだ眼が、途端にぎょっと見開かれた。
「何を泣いているんだ、貴様は」
「……泣く?」
 不可解な指摘に促されて自らの頬を拭えば、確かに冷えた雫が指の背をぽろぽろと転がっていく。王としての自制心ゆえ人前で涙を流した事など記憶の片隅にさえない。だがそれほどまでに高ぶるものが自分にまだ残っていたのかと、思わず乾いた笑いが漏れた。
「本当だ、どうしたのだろう。まるで泣く為に抱き合っていたようではないか」
 転がる雨粒は組み敷いている青年の頬へと滴り落ちる。恥ずかしいと思う前に全ての想いは溢れ出てしまって、取り繕うことも無為に思えた。
「……呆れた奴だな。これではどちらが抱いていたんだか分からないだろうが」
 アメティストスはそう言って、掌を額にかざす。
「だが狼を飼い慣らすとは大したものだぞ、国王」
 皮肉る彼の口調は掠れながらも凛としていた。想いを成就させた甘さよりも共犯者に向けるようなアメティストスの微笑を前に、ただレオンティウスは眼を細める。
 人目を偲んで肌を合わせた行為すら、今では祭儀の一環であるように感じられた。足首の金輪が外れ、透かし彫りの装飾が月の破片のように光っている。それほどまでに厳粛な夜の中、両者とも涙に暮れているとは滑稽ですらあった。
 けれど。
「――アルカディアで共に生きてくれるか。エレフ」
 繋がったままの皮膚から温かなものが心を満たして、津波のように様々な想いを連れてくる。レオンティウスの発した問いに、無言で口元を緩め、薄く笑むだけでアメティストスは答えを返した。
 長い呪縛が解ける。
 切なさに近い、息苦しいまでの喜びがそこにあった。





(2014.07.07)
もし和解エンド後に二人が関係を持つとしたら、の話。レオエレR18合同誌に寄稿したものです。エレフと呼んだりアメティストスと呼んだり忙しないですが、レオンさんなりに使い分けて呼んでいるんだと思います。


TopMain屋根裏BL




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -